ページ

2016年9月7日水曜日

小名浜のミョウバン海鮮丼


http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1859
戦後如鳩は福島県いわき市の小名浜で、日本古来の神道を背景にキリスト教と仏教を習合した代表作を生み出します。不漁に悩む地元漁師の依頼により描かれた《魚籃観音像》は、鰯の稚魚が入った器を手にした魚籃観音が小名浜港上空に飛来した様が描かれ、画面左側に天使とマリア、右側には菩薩と天女が配置されています。完成したこの絵を人々はトラックの荷台にのせて町を練り歩き、以後港では大漁が続いたと言われています。(引用終わり)

 小名浜は以前から一度行ってみたいと思っていて、まだ果たせないでいる。

 牧島如鳩の魚籃観音像を観て、この小名浜港の空の上に忽然として現れた(?)観音様を観て、この絵をトラックに載せて街を練り歩いた漁師たちのいるその漁港町を是非とも見たいと思っている。
(引用終わり)

 上の文章は、今年の3月のブログから引用したもの。

https://restfultime.blogspot.jp/2016/03/blog-post_58.html

 ここに書いていた通り、小名浜は是非とも一度訪ねたい場所だった。やっと念願叶い、Nとこの地を訪ねる。
 牧島如鳩が『魚籃観音像』を描き、それをトラックの荷台にのせて町を練り歩いたという「純朴な漁師たちのいる田舎町」という先入観は、町に入ってすぐに一部が壊れた。
 漁師たちの漁港、ではなく、工場が所狭しと立ち並ぶ工業地帯だったからである。
 まぁ、そんなもんだろう、数十年前とは違うのだろうから。
 と心の中で呟き、それでも「純朴な漁師たち」という美しい言葉の響きを心の中で鳴らしながら、
『いわき・ら・ら・ミュウ』
 という、変わった名前の海鮮市場の大きな建物の中に入った。
 海鮮丼を食べるためである。
 ここの海鮮料理専門店の中に入り、Nと私はその名もズバリ、海鮮丼、2700円を注文した。
 運ばれてきたのが、これである。




 店の入り口付近では、濁声の老婆が客の一人の老人と大声で話をしていた、老人に向かい合って座席に座って。ときどき、近くのレジに立って客から料金を受け取っていたので、この店のオカミなのだろう、両耳に直径5センチくらいの銀色の輪のイヤリングをしていた、宝石付きの。もう、このオカミの姿からして異様だった。

 上にアップした海鮮丼の写真を見ただけでも判ると思うけれども、この真ん中に置かれたウニ、もどき、は、「黄色い粘土」みたいだった。つまり、ウニの味なんかまったくしないで、何か化学薬品の味なのである。ベターっと舌先に腐った粘土(?)のように絡みついて、気持ち悪かった。それでも、2700円、と呟いて、我慢して食べきった。赤身も安っぽい不味いマグロである。こんなもので、2700円。
 これには、松前町で生まれ、函館に住むNが怒ってしまった。もちろん、彼は海産物には「うるさい」。
 怒っていたけれども、もちろん、店の中で不満は話さない。
 店を一歩出た途端、
「ふざけやがって! なに、あのウニ! ミョウバンの味しかしなかったじゃない」
 つまり、保存料のミョウバンをたっぷり使って、古い崩れたウニでも使っていたということ。これで、2700円。
「阿漕な商売しやがって、二度とこんなところには来ない」
 とN。
 ――純朴な漁師たちの街
 というイメージは雲散霧消し、ミョウバン海鮮丼で阿漕な商売をするようなイカサマの町、それが小名浜、という印象を胸にしっかりと刻んでから、隣にある「アクアマリンふくしま」に入った。

ここで一句
 小名浜は ミョウバンウニの 聖地なり

ここで一首
 小名浜の 阿漕な商売 あさましや 観音様も 今は見捨てむ


 下の写真は、北海道に無事に戻りついたその夜に、函館五稜郭近くのNの行きつけの居酒屋で食べた刺身。海産物は、北海道函館が一番であるという、いつもの故郷の自慢話になってしまうけれども、函館でミョウバンウニなんてものは、ない.......
 と言いたいところだけれども、数年前、函館にある『函太郎』という回転寿司屋で、同じような黄色い泥のようなウニ(ミョウバンウニ)を食べさせられた経験が私にはある。
 回転寿司屋では、ウニだけは注文しないのが賢明である。
















作成途中