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2016年9月19日月曜日

大戸屋のダメ社長・窪田健一







 俺んとこの店の接客は2流だからな、と、大戸屋の社長・窪田健一が素敵なお知らせをしているわけではない。実際は2流以下だと私は思うけれども。





 17日、土曜日の昼過ぎにコーチャンフォー(大型書店)まで本を見に行く。欲しい本はアマゾンで注文することが殆どだけれども、どんな本が出ているかはアマゾンでは探しにくい。実際に本屋に行って本棚を覗いてみることが必要になる。それで、土曜日、店の中をブラブラと見て回り、気になった本を4冊買った。とはいっても、早く読みたい本は他に何冊もあるので、これらの4冊を読むのは半年先かそれ以降になるだろう。こうして買っておくのは、本というものの「入れ替わり」がとても早く、後で買おうと思っていても、そのうち絶版になって手に入らなくなることが多いからである。何度もその経験がある。だから、気になったら即座に買っておく、そして机に積んでおく、ことにしている。

 で、36号線を自宅に向かって戻る途中、大戸屋が目についた。大好きな「真鱈の黒酢あんかけ」弁当を買っておいて、それを今夜の夕食にしよう、と思い、駐車場に車を入れる。
 店の中に入っていつものように弁当を注文すると、弁当の販売は衛生検査のために(?)やっていないという。この店に何十回となく来ているけれども、そしてその多くの場合弁当を買ってゆくけれども、こんなことを言われたのは初めて。
 玄関に戻ると、確かに、弁当の販売を中止している旨の張り紙が出ていた、気づかないくらいに素っ気ないものだったけれども。
 その時はお腹が空いてはいなかったので、店内で食べる気にもなれず、諦めて家に戻った。
 それが土曜日。
 今日は月曜日、でも休日。敬老の日。
 ホームセンターにトイレットペーパーなどの買い物に行き、隣の東光ストアで「生の筋子」などを買い(イクラを造るため)、ふと気づいてみるとそこは大戸屋からそう離れていない場所である。ちょうど昼飯時に近い。お腹も空いている。2日前に「食べ損なった真鱈の黒酢あんかけ」を食べにゆくことにした。
 店に着いたのは11時10分。
 相変わらず、入り口には弁当販売中止の張り紙が出ていた。
 直ぐに「五穀米大盛りで真鱈の黒酢あんかけ」を店員に注文する。
 店は半分ほど埋まっていて、後から後から客がやってくる。私の目の前の2人掛けの席にも一人、隣の大きなテーブルカウンターにも一人、といった具合に。
 図書館から借りていたショルティ自伝を読む。腹が鳴る。しかし、この店でそれほど待たされた記憶はない。でも今日は休日で、混んでいるし……
 私の後からやってきた2人掛けの席の一人のところに、注文された料理がやってきた。
 もちろん、料理の種類によって運ばれてくる順番が変わることは「常識」なので、おかしいとは思わない。
 しばらくして、隣のカウンターテーブルの客、私よりも少なくとも5分以上後にやってきた男性一人のその客のところにも料理が運ばれてきた。
 まぁ、料理の種類によって運ばれる順番が前後することは「常識・常識!」と自分を慰める。
 しかし、それ以後も、後から来た客のところに次々に運ばれてくる。
 じっと、ショルティの自伝を読んで、待つ。
 ところが、カウンター席の男性が食後のお茶を飲んでいる姿を見て、さすがに店員に声を掛けることにした。30分近く経っていた、注文してから。
 背の高い女性店員に、「そっちの人や、あっちの人より前に注文しているんだけど、まだ料理が来ないんだけど」
 と声を掛ける。
 背の高い女性は、「今、みてきます」と行って調理場の中に入る。
 で、この大戸屋は、仕切りに透明のガラスを使っていて、調理場のかなりの部分が見えるのである。
 背の高い女性は、調理場の男性と何かを話している。調理場の男性は、「あれー、やっちまったか」と困った表情になりーーは、しない。それどころか、不愉快そうに何か答えている。その顔の表情まですっかりガラス越しに見える。
 背の高い女性と何度か言葉をやりとりしている。
 背の高い女性が戻ってきて、「申し訳ありません、手違いがありまして、ただいま早速お作りしますので少々お待ち下さい」ーーてなことになるのだろうな、しょうがないな、まぁ待つしかないんだろうけれど、と私は思って見ていた。
 ところが、そんな風には、この大戸屋ではならない。
 背の高い女性は、調理場から出てくると、私の方とは反対方向へと、盆の上に水の入ったコップを2個置いて、そのまま別の客のところに注文を取りに行ったのである。
 で、いくら待っても誰もやって来ない。何の説明もない。
 仕方がないので、テーブルの上の呼び出しチャイムを鳴らす。
 誰も来ない。
 何度も押す。
 すると、困ったような顔をした別の背の低い女性が調理場から出てきた。
「注文、忘れてたの?」と私。
「すいません」と背の低い女性。

 注文を忘れる、ということは、仕方がない、珍しいことではない。

 でも、それを「みてくる(調べてくる)」と言って立ち去った背の高い店員は、何の説明もせずに別の客の注文をそのまま取りにゆき、私のところには、チャイムを何度も押すまで、誰も何の説明にも来ない。
 これが、大戸屋、なのである。
 情弱老人を「食い物にしている」という悪い噂が流れたPCなんとかという会社をよいしょしていたことで悪名高い加藤浩司の番組に、以前、大戸屋の社長である窪田健一が出演していた。料理について、熱く語っていたこの社長だけれども、そしてその番組を見たときには感心したものだけれども、接客がここまでダラシない・杜撰だと、どんな料理を出しても無意味だろう。
 繰り返すけれども、注文を忘れたことは、仕方がない。
 しかし、その後の店員の態度は、最低のものでしかない。
 テレビに出てきてエラソーな御託を並べている暇があったなら、窪田健一はもう一度、社員や従業員やアルバイトの人間に、接客業とは何かという基本を教えるべきだろう。

 ということで、注文は取り消して、店を出た。空腹を我慢してただ無駄にしてしまった30分の時間(まぁ、本は読んではいたけれども)の憤りが、私をしてこうした文章を自分のブログに記させることになった。

 私にとってもこの大戸屋清田店にとっても一番幸せな未来は、私が二度とこの店を利用しないということである。でも、大戸屋の途中まで溜まっているポイントはもったいないし ......別の店舗でもっと溜めてから使い切ることにしよう。


附録・イクラ造りについて

 ということで、北海道に生まれ育った私が、エラソーにイクラ造りについて御託を並べる。
 イクラというのは、生鮮食品である。
 造ってしまったなら、一日か二日、遅くとも三日以内には食べてしまわなければならない。イクラの形で売りに出ているものは、従って、保存料を使っているか、冷凍しているものかのいずれかである。保存料を使えば味は落ちる。冷凍して解凍しても味は落ちる。そもそも時間が経てばどんどんイクラは「崩壊してくる」。だから、遅くとも3日以内には食べる、できれば造ったその日のうちに食べてしまうことである。
 昔、沖縄に行って、居酒屋に入った。握り寿司を注文したのだけれども、そこに出てきたイクラは、柔らかいプラスチックのように「変質したものだった」。
 イクラは生の筋子から造る。生の筋子は日持ちがしないので、新鮮なものしか売りに出ない。つまり、鮭の産地である場所でしか売ることはできない。もちろん、冷凍解凍したものなら東京のスーパーでも手に入るかもしれないけれども、それではイクラは造れない。
 札幌なら、生の筋子はたくさん売っている。それを使ってイクラ作りはごく普通に行われている。何も難しくはない、40度ほどのお湯に塩を多めに溶かして、その中で筋子を膜から丁寧に外す、それだけである。後は真水で洗って、タレ(醤油と味醂で造ることもできるし、出来合いのタレも売っている)に漬け込めば、2時間か3時間でできあがり。この新鮮なイクラを、炊きたてのご飯に載せて食べると、もう、大戸屋での不愉快な事件のことはほとんど忘れることができるような幸福感に満たされたのだった。
 北海道に観光に来る人は、100円ショップでプラスチック製のザルを買い、スーパーで生の筋子を買い、ホテルで「本物のイクラ」を造って食べてみるといい。「イクラの形で売りに出ているもの」が、いかに不味く劣化して、あの弾けるようなイクラ独特のプリプリ感を失ってしまっているものなのかを認識することができることだろう。