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2016年7月18日月曜日

天使はなぜ堕落するのか 八木雄二 (2009)

 久しぶりに面白い本を読んでいる。



P114~

 このように見てくると、たとえば「人間」という「普遍」を選んでみても、ことばが意味するものは、心の外に広がる存在の地平でどのようにあるか、まったくわからなくなる。
 アベラールはこの事実に気づいていたのだろう。かれが出した結論は、何らかの普遍を意味する「ことば」は、存在とはかかわらない、つまり「普遍者を示すことばは存在にコミットしない」というものであった。
 かれはその証拠として、「ここにバラはない」というとき、このことばは、一切のバラがない状態を指していながら、にもかかわらず、意味あるものになっていることを挙げる。つまり「ことば」としては有意味で、その対象は無である。したがって、「ことば」は本質的に存在にコミットしない。
 これが唯名論の基本的なスタンスである。「ことば」を、あくまでもことばの世界にとどめて、存在にコミットさせないのが〈唯名論〉である。そして、ことばを用いる論争において、存在にコミットするものたち=実在論者に対しIては、その矛盾を突いて攻撃するのである。
 しかしながら、このような唯名論の立場に立つなら、いかなる命題であれ、その真偽は存在において決定されるのではなく、あくまでも論理の内側で決定されるのでなければならない。だとすれば、「神の存在」という「ことば」も、真に存在にコミットできない、ということでなければならない。
 けれども、もしそうだとすれば、神の存在を信じることで成り立つキリスト教信仰は、どうなるのか。神の存在を語ることは「ことば遊び」にすぎないことにならないだろうか。信仰はことば遊びなのか。これは大問題である。
 このように考えれば、著名な神学者たちが、〈実在論〉の側に立って、〈唯名論〉に反対した理由は明らかである。「ことば」が存在にコミットできないのであれば、神の存在について論じる神学は、けして成り立たない。おそらく戯れ歌にすぎなくなる。
 では実在論は、唯名論から繰り出された難問に対してどのように対処するのか。
 じつは、これは中世哲学の研究者によってまだ研究されていない問題である。したがって、わたしの見解をと力あえず述べておくほかないだろう。
 実在論者側の答えは、「ことば」が存在にコミットできるという保証をしているのは、まさしく「神」にほかならない、というものである。すなわち、「ことばは神である」。これを信じるのがキリスト教徒である。この世界の存在もわたしの存在も、その「神」が作ったのであるから、「ことば」は存在にコミットできるし、そうでなければならない。それゆえ、実在論者によれば、あなたが信仰をもつなら、ことばの真偽は存在において規定される、と考えなければならない。逆にいえば、唯名論者は不信仰の徒である。
 ほぼ1000年の歴史をもつ中世において、アリストテレスの論理学が知られるようになってから、〈唯名論〉に対抗した〈実在論〉にもとづいて、華々しく「神学」が形成され、それでも〈唯名論〉が哲学のくびきとなって、結局、神学は崩壊した。よく知られているように、一四世紀の哲学者ウィリアム・オッカムは唯名論者である。かれに至って、キリスト教神学は創造的役割を終えた。かれ以後の哲学にはあまり見るべきものはない。

 唯名論の哲学性
 簡略に述べたように、たしかに〈実在論〉が神学を可能にするのであるから、伝統的な立場では、〈実在論〉こそが哲学である。じっさい中世に限らず、近代以降、あるいは古代においても、形而上学も、存在論も、実在論の立場であってこそ意義をもつのであるから、哲学は実在論によって成り立ってきた。
 したがって、哲学の歴史を一般的に知ろうとする読者は、実在論の立場をまずは理解しなければならない。つまり「人間」にしろ、「花」にしろ、一般的にことばは何らかの存在にコミットして述べられている、と考えなければならない。
 しかしながら、古来、哲学にさまざまな問題を持ち込み、哲学を活かしつづけてきたのは、むしろ〈唯名論〉の立場であった。すべてを矛盾の中に投げ入れるソクラテスの論法は、プラトンを悩まし、それがイデア論を生み出し、アリストテレスを育てた、ということができる。近代や現代の哲学世界も、「論争」はいつも唯名論を土台にしている。いわば存在に執着しない態度が哲学論争を枯渇させない力になってきた。したがって、動的な哲学(むしろこちらのほうが本物の哲学の活動自体であるともいわれる)をつくっているのは、むしろ唯名論なのである。



P148~

 唯名論と実在論の立場の違いを、再度、明確にしておこう。
 神学を形成する実在論の立場に立てば、キリスト教信仰は、三位一体の神がじっさいに「存在する」と信じることを起点とする。「存在する」というその誓いが信仰告白として儀式化しているのであるから、これは疑いようがない。
 他方、唯名論の立場に立てば、キリスト教の信仰は特別のものである。信仰において特別に「存在にコミットする」としても、そのコミットする力は、むしろ信仰によって神から与えられる恩寵なのである。人間理性はもともと脆弱であって、神の存在にコミットする力などない。この理性の限界の受け入れこそ本当の信仰である。
 つまり信仰とは、人間理性の傲慢を戒めて、謙虚に「人間の使用することば」は、目に見えない神の「存在にコミットできない」ことを認めることだ、というのが唯名論の立場である。これが唯名論者が主張できる信仰のありかたである(誤解のないように付け加えておくが、アベラール自身はこの立場を明確に示していない)。
 このような唯名論と実在論の立場の違いは、おそらく乗り越えられない。お互いはそれぞれ相手を誤解するほかに非難できないし、議論することができない。
 人間理性のうちに神の存在は映し出されていると信じて、その存在に向かって祈るのか、それとも、映し出されていないことを認めて、自己の無力さを意志による「祈り」としてあらわすだけで満足すべきなのか。どちらが本当の信仰なのか、いずれも完全には否定できないだろう。
 しかしわたしたちは、ヨーロッパの中世哲学の世界を理解するために、かれらが考えている信仰と理性の関係を整理しておかなければならない。

 信仰と理性

 原則として、信仰は何らかの認識を前提にしている。しかもその認識は理性的なものでなければならない。もしそれが感覚的なものであれば、信仰を支える自由意志が感覚的欲求であるという、理性を誇る人々にはがまんのならない結論が出てしまう。
 この点を考えるために、中世ヨーロッパにおける人間精神の理解の常識がどのようなものであったかということを、まずはっきりさせておく必要がある。
 古典ギリシアの時代を通じて、感覚的であるか理性的であるかの区別は、人間精神の枢要な区別であった。のちには、この区別にしたがって欲求も区別されるようになった。感覚認識による単純な欲求が感覚的欲求であって、これはほかの動物と共通であるとされ、他方、理性認識にもとづく欲求は「意志」という特別の名前で呼ばれるようになった。
 したがって、意志と呼ばれる欲求であるかどうかは、それが理性的認識を先立たせているかどうかで区別されていた。
 いうまでもなく、西洋の常識では、神の信仰は理性的認識である。人にもよるが、日本では宗教は幻想のようなものであって、ときに非理性的であると思われがちである。しかし西洋では、キリスト教信仰をもつことは、人間が理性の持ち主であることの証明ですらある。したがって、信仰の熱意は意志と呼ばれる欲求でなければならない。
 ところで、「信仰と理性」といわれるように、信仰は理性とは区別される。信仰は単なる認識ではなく、認識を前提として欲求を合むものでなければならない。
 しかし、この場合の理性的認識の内容が問題になる。
 すでに検討したように、人間理性のはたらきは「神の存在」にコミットできるのかどうか、神の存在にコミットすることは、傲慢ではなく、信仰にたいする誠実さとして認められるかどうか、という選択が判断の分かれ目になる。
 唯名論の立場では、信仰が前提する理性認識は、神の「実在」ではなく、それについての「ことば」にとどまる。
 実在論の立場では、信仰が前提する理性的認識は「神の存在」をじっさいに合む。ただし、傲慢にならない限度を守る、ということがこの立場でも必要になる。なぜなら、キリスト教信仰の要諦は人間の傲慢を戒めることにあるからである。したがって実在論の立場でも、神学者は、人間理性が神の存在に完璧に到達することはできない、という立場を堅持する。
 一方で到達を主張し、他方でそれを否定するのであるから、これは微妙なバランスである。しかしこの立場は、厳密な論理を振り回す立場と違って、世の中の常識を学問的に権威づける立場だった。じっさいキリスト教信仰において神を信じるとは、神が実在していることを信じることだ、というのは常識的な理解だからである。
 わたしたちはこの常識がどのように理解されるか、さらに検討することにしよう。
 まず信仰の前提になっている理性的認識は、漠然としたものであって、よく吟味されたものではない、とされている。すなわち神の存在は、人間理性が十分に到達しているとはいえない何か、としてのみ把握されている。信仰について理性の吟味を認めるとしたら、このあとに来る。そして、この理性による吟味が神学を形成する。アンセルムスが「理解を求める信仰」という名で呼ぶものが、これである。
 要するに、漠然とした理性認識にもとづく信仰にたいし、理性的吟味をはたらかせて信仰を明瞭な認識に変えていくことを、アンセルムスは「信仰の理解」と言っているのである。
 しかし信仰が漠然とした認識のみで成り立っているとすると、はたしてその信仰は真実のものかどうか、その保証は何なのか、と疑問が出るだろう。
 実は、その保証は教会が行う。つまり教会に儀式とともに伝えられてきた権威が、その信仰の正当性を保証する。そして、その教会の権威は神が保証しているという信仰が、またキリスト教の信仰なのである。それゆえ信仰の世界は一つの円環のなかにある。
 それゆえ、信仰についての理性の吟味は、信仰が求めているものではない。理性の吟味は、信仰とは別の世界から、信仰に学問としての権威を与えようとするはたらきである。
 別の言い方をすれば、理性の吟味をからませるキリスト教哲学ないし神学は、キリスト教信仰の本質から出たものではない。むしろキリスト教哲学は、理性の吟味を第一のものと見なす哲学主義のヨーロッパ文化が、キリスト教信仰を受け取るときの「必然的な様式」、言い換えると、ヨーロッパがキリスト教に対して要求したものなのである。


P186~

神の永続性の型
......そこでわたしは別のアプローチを示しておきたい。すなわち、アンセルムス以外の哲学者の見解を加えて、神の永遠性が一般的に中世においてどのように考えられたか、いくつかの永遠性の型を紹介しておこうと思うのである。これによって、12世紀から13世紀の哲学者の間でのアンセルムスの位置も、現代の時間論との関係も、見やすくなると思われる。
 永遠性の第一の型と見られるのはつぎのようなものである。
 神は、過去、現在、未来のすべての外にあって、過去の出来事も、現在の出来事も、未来の出来事も、すべて、神にたいしては現在として現前している。つまり神の目の前にはすべての時間にわたる出来事が、今ある。すなわち、神はすべての時間にわたって、それを今現在において見ている。
 このとき神は、過去に介在しても、過去が現在であるときに介在している。したがって、わたしたちから見て過ぎ去った過去が、あとから変更されることにはならない。なぜなら、どの時点も、神は現在においてかかわっているからである。つまりわたしたちが過去において経験しているとき、過去についての神の介在はそのときに起きている。同様に未来に神が介在しても、その介在がわたしたちに現れるのは、未来が現在となったときのみである。つまりわたしたちから見て神が過去にたいしてあとから介在しているのではないし、未来にあらかじめ介在しているということでもない。いずれの場合も、それが現在となっているとき、介在も実現しているからである。この神の様態を永遠性と見る。
 アンセルムスはこの見方をとっている。また中世哲学の大御所トマス・アクィナスもこの見方である。なお、現代の「四次元主義」と呼ばれる科学哲学の立場も同じ型である。
 第二の型はつぎのようなものである。
 神は、わたしたちと同じく、つねに現在にのみある。わたしたちにとってと同様に、神にとっても過去はすでにないし、未来はまだない。神もまた時間の外にあるのではない。時間を制限とみなすならこれは神にふさわしくないが、この考え方では、時間は神の存在を含むのであるから、神の存在を制限しているのではなく、ともにあるだけである。
 わたしたちが特定の時刻を指定するのは、ほかの時間もあると見なしてのことである。実際には、過去も未来も今は実在しない。過去は記憶上の存在であり、未来は想定上の存在にすぎない。しかし実生活においてわたしたちは、過去も未来も現在も一つにしたうえで、そのなかに在って実際的現在を、むしろ現実の時間の全部ではなく時間の一部と見なすことで、特定の時刻を、たとえば二四時間のなかで指定している。それゆえ観念上の時間には過去も未来もあるが、実在としての時間は現在のみである。
 そして実在としての時間が現在のみであるなら、実在する神は現在とともにあるだけである。なぜなら、もし神が過去にも在るというなら、人間が「過去」を記憶として想定しているのにすぎないように、神の存在も想定上のものにすぎないことになるだろう。したがって、過去に在る神は想定のものであって実在ではない。神はただ過去が現在であったときにのみ実在している、といわなければならない。
 これに対して、空間は時間とは違い制限になる。なぜなら、空間的位置は、じっさいに、ここも、あそこも、現に在るからである。それゆえ、神は空間的な位置を特定して存在することはない。神は完全に空間を超越している。
 しかし、このことから、時間についても空間的に理解して、過去と現在と未来を紙の上に描かれた時間軸のうちに置いて、時間は空間と同じ制限をもつ、と見るのは間違っている。なぜなら、未来と過去を現に存在すると見なして時間を空間的に理解するとき、たしかに時間は制限的に理解されるがそれは頭のなかの仮想であって、時間そのものは、今においてしか実在しないからである。
 ところで、実在することが、実在しない過去や未来に対して制限されることはない。なぜなら、無に対して実在は制限されないからである。したがって、時間のうちに実在することは、空間のうちに実在することとは違って制限を受けることではない。そういう考え方が背景にある。
 したがって、神が時間とともにあることは、神が制限を受けていることを意味しない。神は時間とともにあっても、神は永遠の過去から変わらないし、永遠の未来に至るまで変わることがない。それゆえ神は時間とともに、時間のうちにあっても「時間的」ではない。つまり神は、時間の持続を過去から未来へとつづく線上に理解するとき、まったく変わらないでいる。神は不可変であるかぎり時間的ではない。神は過去から未来に至るまで同一に存続し、なおかつ、永遠的に変化をいっさい彼らない、という意味で、永遠である。
 これはヨハネス・ドゥンス・スコトゥス(1265~1308)がとっている見方である。またボエティウスが天使の永遠性を神の永遠性と区別して述べた継続性の永遠、「時代的永続」の概念が、久遠の存続性の点ではこれと似た意味を持つ。
 ただし、天使は神と違って変化をいっさい彼らない存在とはいえない(じっさいに一部が堕落したといわれる)ので、天使の永続性は神の永遠性と、けして「同じ」ではない。
 第三の型はつぎのようなものである。
 時間とは、厳密にいって物質的な変化の関数である。ところで、神は純粋精神であり、精神的に変化しても物質的な変化をしているのではない。その意味で神は時間の外にいる。それゆえ神は永遠である。
 この見方はイスラムのガザーリー(アルガゼル)がとっている見方である。しかしこの見方では、神の永遠性と天使の永続性の区別がつかない。イスラムではキリスト教のように純粋精神という天使の存在はないので、ガザーリーの主張も可能なのであるが、キリスト教としては無理な説明である。
 同様に、神ではなく、神によってつくられた「世界の永遠性」も、当時考えられていた型をここで区別しておこう。
 第一の型は、世界をつくった神は、永遠に世界をつくるはたらきを変えないと考えられるから、世界は永遠の過去から永遠の未来まで変わらずに存続する、という見方である。このように考えたのはイスラムのアヴィセンナとアヴェロエスである。しかしこの見方は、イスラムでも、後にヨーロッパ
でも、信仰にまったく反する見方として、批判された。
 第二の型は、神は世界に対して多くの変化を引き起こすから、世界は不変ではない。しかし、永遠の過去から永遠の未来に至るまで世界は存続するから、世界は永遠である、という見方である。これも神による無からの創造説に反する、ということで批判された。しかし、だからといってその反対が証明できるか、ということになると、ヨーロッパでも多くの哲学者が、世界の時間的始まりについては論証できないことがらであると見た。トマス・アクィナスも世界の時間的始まりは論証できないという意見だった。
 第三の型は、過去はあるときから始まっているが、未来は永遠の先まであるので、世界は永遠である、という見方である。この見方は信仰に適合すると理解された。
 以上のように、神の永遠性についても、世侭の永遠性についても、複数の理解がある。アンセルムスはその一つをとっている。ただし、世界の永遠性についてのアンセルムスの意見はよくわからない。


P238~
 したがって、13世紀のヨーロッパに大きな影響を与えた「アヴィセンナの哲学」とは、アヴィセンナ自身がイスラム信仰に忠実に考察したアリストテレス流の哲学ではなく、アヴィセンナがいろいろな方法で手に入れたアリストテレスのものとされる哲学書から、アヴィセンナが「真実のアリストテレス」として解釈し構成したものである。
 しかし話はいささか複雑であるが、アヴィセンナがそもそも受け取ったアリストテレスのものとされた著書は、西暦紀元の三世紀から六世紀にかけて主流となった新プラトン主義の哲学の解釈が施されていたものだった。
 もともとアリストテレスの『形而上学』は、アリストテレスの死後数百年たって見つかった著書を、かれの弟子筋が編集していくうち、他の著書のなかに入れ込むことができなかった手稿を『白然学のあと』に置いた論考の集成にすぎない。アリ‘ストテレス本人が『形而上学』として書いたものではない。したがって統一的な解釈がどれだけできるか、はじめから保証がなかった。遂にいえば、だからこそ、さまざまな解釈が積極的に作り出されてきたのである。
 現代でもアリストテレスの『形而上学』の研究は一定の解釈に到達しているわけではない。それゆえ、アヴィセンナ当時、アリストテレスの『形而上学』が現代とは違った特定の解釈(新プラトン主義)に強く影響されていても、いっこうに不思議はないのである。
 ところでアヴィセンナが真正のアリストテレスとして受け取った新プラトン主義の哲学とは、今ではその著作が失われているアンモニオスという哲学者が企てたプラトンとアリストテレスの総合である。アンモニオスの弟子にあたるプロティノスがその内容を伝えていると考えられている。きわめて簡略化して説明すれば、自己の魂の由来を存在界における最高の「一者」に求め、その一者に融合する希求をもっている哲学であり、神を求める宗教心に合致する性格を濃厚にもつ哲学であった。
 その希求的態度は、プラトンの著作『饗宴』にあらわされたものに近いが、プラトンでは、魂はイデア界をふるさとにしていても、魂自身がイデアの原理:田来であることはない。イデア界は、魂とは截然と区別されて独立に考えられている。しかし新プラトン主義の哲学では、魂を含めて、魂とイデアのすべてが「一者」からの流出によって存在する。
 逆にいえば、すべてが一者から生じたものであるかぎり、究極的に、すべては一者において、つまり一者に帰還して融合する。それゆえ、「一者」からさまざまな存在がどのような過程で流出してくるか、ということが新プラトン主義の焦点となる。
 このように新プラトン主義の哲学は、プラトン的であってプラトンではない。いうまでもなく、まったくアリストテレスから生まれたものではない。それゆえ、新プラトン主義の哲学によってアリストテレスの『形而上学』がどのように理解されたか、ということが問題である。
 まずアリストテレスの『形而上学』は、すでに述べたようにアリストテレス自身によって完全に統一されたものではないが、今日から見ると「実体を追求する論考」という側面を強くもつ。それに対してアヴィセンナは、新プラトン主義の哲学の世界を背景にして『形而上学』を「すべての存在を、存在であるかぎりで論じる」学であると見なした。つまり実体に特化しない存在全体の研究が「形而
上学」であると考えた。
 具体的には、存在を理解するためのもっとも大きな枠組みとして「範時」を論じることや、「存在の様態」として可能態や現実態を論じること、実体や実体を構成する質料や形相を論じることが、アヴィセンナによれば形而上学に属している。つまりアヴィセンナは、アリストテレスの形而上学を、実体論か、それとも一者論か、あるいは存在論か、あやふやなままにとどまらせずに、明確に「存在論」にしたのである。
 すべての存在が一者から流出したものであるなら、存在の第一の性格は「一者性」である。あらゆる存在を存在としてとらえられるかぎりで論じるとき、一者性はそのうちに類比的に含まれてくる。そして存在の秩序は、存在の完全性の段階として理解される。こうして一者から流出する存在全体の秩序が「存在論」として、範疇論や、可能態や現実態、質料や形相の概念で描かれることになった。
 一方でアヴィセンナは、プラトンもアリストテレスもけして考えなかった視点をもった。ただし、それは新プラトン主義の視点である。すなわち、存在の手がかりを自己の存在確信によって確実なものとするという考え方、つまり自己の存在は、他のいかなる存在を欠いていても直接に認識して確信できる、という主張をした。
 具体的にはかれは、暗闇のなかで宙づりとなり、何ものにも触れず何ものも感覚できない状態でも、人間は自己の存在を見いだすことができるに違いないと考えた。ほとんどありそうにもない状態を仮想してこのような結論を見いだしたわけだが、これはおそらく、千夜一夜物語を生んだ想像力豊かなイスラム的思考であろう。とにかくかれは、近代のデカルトのように、存在の実存的(自己主体の反省的)解釈を示したのである。
 このようにして、「一者」につらなる〈存在〉は、魂の自己反省を通して直接的に感得できるものであり、もっとも根源的なものとアヴィセンナによって考えられた。そしてさまざまなものは、根源的な存在である「一者」から遠ざかるにつれて、さまざまに限定された本質ないし実体として現出している、とかれは見た。
 その一方でアヴィセンナは、人間のすべての認識は感覚を通してのみある、という立場をアリストテレス哲学として示している。
 ただし、ここですべての認識といっているのは、個別の存在を意味する本質ないし実体、あるいは偶性等についての認識であって、それらに共通に属する「存在」自身は、すでに述べたように、知性が内的に直観することができるものである。なぜなら、すべては魂も含めて自己の魂を通じて一者につらなる「存在」だからである。
 したがってアヴィセンナは、人間がもつ認識のうち外的経験を通して認識するものについては、アリストテレス的「経験論」を深めているし、他方、内的経験のみから来るものとしては「存在」経験のみに限定して認めている。つまり「存在」の把握においては新プラトン主義が影響していると見られるが、基本的には現代と同様に、アリストテレス哲学を感覚を基礎とした経験主義として解釈しているのである。
 しかしながら、新プラトン主義によって解釈されるアリストテレス哲学には、アリストテレスが思いもよらなかった解釈が顕著に現れる。それは物体的な性格のない天使的存在についてである。
 アリストテレスも、天体は天体の霊魂という、人間より上位の優れた霊魂によって動いていると理解している。キリスト教やユダヤ教の伝統がそれを知ったとき、天体を動かしている霊魂は天使と考えられるようになった。しかしアリストテレスでは、霊魂の間に流出関係は考えられていない。ところが、新プラトン主義では、すべてのものは「一者」から、どの段階でも上位のものへのあこがれ(希求)を背景として流出している。
 たとえば人間の霊魂も自分の直接の上位にあたる霊魂から流出し、上位の霊魂へのあこがれを背景としてその上位の霊魂へと還流する。それゆえ、一者から人間知性の霊魂に至る途中に現れる知性のはたらきにも、やはり発展段階が区別される。
 人間知性に接するすぐ上の段階の知性には、アリストテレスがめったに使わなかった用語「能動知性」が当てられた。そして「一者」に始まる存在全体のなかで知性の最低段階、つまり人間の霊魂に与えられた知性は、ただ可能的でしかない可能知性である。その可能知性は、上位の能動知性に触発されて、感覚表象から何らかの認識を獲得して、それによって、はじめて認識をもつ知性へと現実化する。アヴィセンナによれば、人間知性はこの段階において、はじめて上位のものへの希求の性格をもつことができる(つまり一部の知性的な人間は哲学者になれる)。
 さて、認識をもつものとなった知性は、反省を通じて対象のもつ本質と、本質と区別される「存
在」を確認する。
 アヴィセンナは新プラトン主義を通じて、「存在」については「一者」からの流出の結果として、知性が上位のものから直接に受け取ることができるものと考えていた。それが自己存在の確信に現れた存在である。また、同じく一者から流出するにしても、知性とは異なって生ずるさまざまな本質については、感覚を通した経験からしか認識できないと見た。なぜなら、人間知性もひとつの本質にすぎないからである。
 つまり「存在」は特定の本質に限られないが――言い換えれば、どの本質が存在するときにも、その「存在」自体は同じであるが――本質のほうは「存在」を特定の仕方で、さまざまに限定しているのである。たとえば事物は、人間であったり、鹿であったり、桜の本であったり、その本質においてさまざまである。
 この存在と本質の区別が、神の創造行為を説明することになる。すなわち、神の知性のうちにつくられた抜道物の本質に、「存在」が与えられるとき、神の外に「世界の事物」が現実に存在するようになる、という説明である。