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2016年5月4日水曜日

休日の意識の流れ その1 ロイヤルホストで朝食を



 朝食を作るのが面倒だったので、ふと、中心部にある蕎麦屋まで車を走らせることにした。休日だから、それほど混んではいないだろう、朝7時からやっている蕎麦屋である。
 ところが、同じようなことを考える人間はたくさんいるのだろう、蕎麦屋まで行ってみると周辺には路上駐車の車がずらりと並んでいる。蕎麦屋に駐車場はなく、車で来た客は駐車違反を承知で路上に車を駐める。蕎麦屋のそばならともかく、どう考えても数十メートルも離れたところに車を駐めることはできそうになかった。それこそパトカーが来たら問答無用で切符を切られることだろう。店から見えるところなら、まだなんとか言い訳ができそうだけれども……。
 ということで、わざわざ札幌中心部まで出てきたというのに、目的の蕎麦屋を諦めるしかなかった。
 そこから少し離れたところにあるロイヤルホストで朝食を取ることにした。
 ここも、というより、こここそ、休日だからなのだろう、混んでいた。

 運ばれてきた目玉焼きは、焼いてから2日ぐらい置きっ放しにされていたかと思うくらいにパサパサで、ベーコンも焼いてから半日は経っていてるかのようで(そんなことはないのだろうけれども)燻製のように固くなっていた。
 トーストが半分しか出てこないというのも、メニューを見て知っているとはいえ、どうしてなのか不思議。まぁ、蕎麦屋に入れなかったのだから諦めるしかないのだけれども。
 私の後ろの席は、夫婦に女の子が5人、小学生から中学生くらい。女の子5人育てるというのも、大変だけど楽しいだろうな、などと考える。その5人の女の子が、とても静かにお喋りをしていた。男の子5人ならどれほどうるさいだろうか、女の子5人はこうも静かなのかと、認識をあらたにした。
 通路の向こうの目の前の席には、くたびれた雰囲気の老人が一人。その向こうには、30代の夫婦もの。その横には、でっぷりと太った(コーヒーメーカーのところで一緒になり十分観察できた)、まるで下腹部が富士山のように迫り出して、何かの病気かと思わせるような50代の男と、その奥さん。この奥さんも夫と同じように固太りしていた。夫婦で休日、こうしてゆっくりと朝食を取り、ゆっくりとコーヒーを飲んでお喋りをして、店から出ていった。
 20代の若いカップルもいれば、2人の孫(小学生の女の子)を連れた老人(男)も、楽しそうにその孫たちに話しかけている。店内は静かで、2日前に焼いたような目玉焼きが出されるとはいえ、平和な朝の時間が流れている。スマホで見るニュースでは、熊本県の様子が報道され、アメリカではトランプが共和党候補指名確実のニュースが流れている。もう、アメリカは狂気の時代に突入してゆくのだろう。
 コーヒーメーカーの近くの席では、60代後半といった感じの夫婦が、互いに相手には無関心に、夫は性奴隷新聞を読み、妻は単行本を読んでいる。さっきまで私と同じメニューを食べていた夫婦で、食べているときも笑うでもなく言葉を交わすでもなく、むっつりとして向かい合ったまま食事をしていた。こうして休日の朝、ロイヤルホストで時間を潰しているのだろう。一日でも早く時が流れて、一日でも早くどちらかが死ぬのをじっと待っているような夫婦だった。


 会計でレジの女性の顔をふと見たとき、その女性が後期高齢者領域に余裕で入っていけるほどの高齢の老人であることに気づいた。制服が若作りなものなので(?)、働いている女性全員が若いのかと勘違いしてしまっていた。レジの老人の顔を見るまでは、これほどの高齢者が働いているとは思ってもいなかった。
 先日見た、軽井沢バス事故のNHK番組。あの65歳の運転手は、年金も何もなく、生活のため仕方なく、あの大型バスのハンドルを握った、握らざるを得なかったという説明があった。こうして、働かざるを得ない老人がどれほどいるのだろうか。もちろん、ロイヤルホストのこの老人が、働かざるを得なくて働いているのか、それとも働けるうちは働いていたいという前向きな考えからやっているのか、そのどちらかなのかは私にはわからないけれども。



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