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2016年5月17日火曜日

地獄の行列・天国の絵画・東京2016・5月

 週末に東京と千葉の美術館などの展覧会を、たった2日間で9つも観てきた。
〈土曜日〉 恐竜展(!) カラヴァッジョ (若冲・未遂) 黄金のアフガニスタン 黒田清輝 吉田博(千葉市立美術館)
〈日曜日〉 若冲 ルノアール 太平洋展 高島野十郎(目黒美術館)

 新千歳から夜に成田へ。上野に近いホテルにチェックイン。中華料理を食べて寝る。中華料理店は朝の5時までやっていて、ウェイトレスや料理人はもちろん全員中国人で、ずっと中国語を話していた。ウェイトレスだけは日本語も流暢だった。気に入ったので、翌日の夜もそこの中華料理を食べたけれども、上野界隈は中国人の中華料理店と(おそらく)コリアンの焼肉料理店がとても多い。
 翌朝、上野駅前のガード下にあるプロントに入り朝食を取る。カラヴァッジョ展は9時半開館なので、30分くらい前の9時頃着くようにすればいいと考えて、1時間半くらい店の中で本を読んでいた。甘い考えだった。
 国立西洋美術館に近づくと、入り口のところから200メートル以上の長い列、しかも4列で(5列?)その長蛇の 列が続いていた。まぁ、これは少し時間を潰してから入ったほうが良さそうだと判断して、少し気になっていた国立科学博物館の恐竜博2016に入った。ここを1時間半くらいゆっくりと見物してから、カラヴァッジョ展へ。今度はすんなりと入ることができた。
 カラヴァッジョの後は、都立美術館でやっている若冲展へと向かったのだけれども、炎天下に続く長い長い列を目にする。カラヴァッジョの列の数倍はあろうかという列。入場まで200分待ち、つまり3時間20分待ち、ということだった。
 その長い列は入場券を持っている人の列。入場券を買うブースのほうも数十メートルの列。係員に訊くと、今日入場券を買っておけば、翌日でもいつでも期間中は使えるとのこと。私は入場券を買い、翌朝並ぶことに決めた。
 昼食を取ってから、黄金のアフガニスタンと黒田清輝展を国立博物館で観て、京成で千葉中央へ。吉田博展を観る。
 再び京成で上野に戻り、前夜の中華料理店で再び夕食を取ってホテルに戻る。

 翌朝。7時から開店するプロントに入り15分でモーニングセットを食べ、すぐに都立美術館へ。7時半には・つまり開館の2時間前には列に並んだけれども、その列は既に300メートルは続いていた。それでも、9時半の10分前には開門し、ぐるりと建物の前を回って下りエスカレータの前まで列が移動。9時40分頃にはやっと建物内に入ることができた。展示室内は大晦日のアメ横のような混雑。
 東京メトロで乃木坂まで行き、新東京美術館へ。ルノワール。
 偶然、ルノワール展の横で、前日の吉田博も関わった「太平洋展」をやっていたのでそれも観る。ヒドイ。もし吉田博がこんなつまらない作品ばかりの展覧会を目にしたら卒倒することだろう。
 メトロで原宿まで出てJRに乗り換えて目黒駅へ。そこから目黒美術館まで歩き、高島野十郎展を観る。ゆっくりと観てから羽田に向かい、夜の便で新千歳に戻ってきた。
 2日間で9つも展覧会を観て(といっても絵画は7つで、そのうちの黒田清輝と太平洋展はほとんど見るに価するような絵はなかったので「正味」5つの展覧会を観たに過ぎないけれども)、体も頭もくたくたになって札幌に帰り着いた。


 ずいぶん昔、箱根のPOLA美術館で黒田清輝の『野辺』を見た。いい絵だと思った。それを含めて、黒田清輝の100点以上の作品と、彼の師であるラファエル・コランら西欧の画家の作品計140点が展示されていたけれども、黒田清輝の絵でマトモなのは、この『野辺』だけだった。後に妻とした芸者を描いた『湖畔』にしろ、フランスで付き合っていたマリアを描いた『読書』や『婦人像』にしろ、この程度の作品なら描ける画家は掃いて捨てるほどいる。つまらない肖像画の数々、そしてぞっとするほど下手な風景画の数々。こうしたものを「描きちらして」いるだけで日本の「巨匠」と呼ばれる地位にたどり着けるのだから、唖然とするしかない。もちろん、黒田は「政商」ならぬ「政画家」だったのであり、だからこそ今も国立博物館の横に「黒田記念館」という名の、こうした駄作の数々を並べる美術館が誕生したのだろう。
 『野辺』は師であるコランの『フロレアル』よりもいい絵である。コランのヌードが単純なシンボル(池・水・森・草原、裸婦の誘いかけるような表情)でオメデタイまでに単調であるのに比して、『野辺』には@@
 この作品を唯一の例外として、それ以外の作品は全て、凡庸な作品であるか、あるいはまったく救いがたいほどつまらない作品であるかのどちらかである、ということをこの「大回顧展」をゆっくりと見て確信することができた。