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2016年5月5日木曜日

休日の意識の流れ その2 赤瀬川原平


 以下はウィキより引用。
赤瀬川 原平(あかせがわ げんぺい、1937年3月27日 - 2014年10月26日)は、日本の前衛美術家、随筆家、作家。本名、赤瀬川克彦。純文学作家としては尾辻 克彦(おつじ かつひこ)というペンネームがある[1]。神奈川県横浜市中区本牧町生まれ。愛知県立旭丘高等学校美術科卒業。武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)油絵学科中退。
死去[編集]
2011年に胃癌による全摘手術が行われて以降、脳出血や肺炎などで体調を崩しており、療養中であったが、2014年10月25日夜に容体が悪化[11][12]。翌10月26日、敗血症のため東京都町田市の病院で死去[13][14]。77歳没。
 引用終わり

 個人美術館の愉しみ、という本は2007年から2011年に渡って、月刊誌(ネット記事? 今でもネットで読むことができる)に連載された文章をまとめたものである。
 2011年に赤瀬川は胃癌のために胃の全摘手術を受けている。74歳。
 その後療養して、77歳で死亡している。
 全国各地の個人美術館に旅をしていた頃、そう、たとえば2010年とか2011年には、おそらく胃の調子は悪かっただろう。それを押して、旅を続け、病院を受診することもなく、全摘が必要なほど癌が進行していた。転移もあったのかもしれない。
 つまり、『個人美術館の愉しみ』は、ほとんど命と引き換えの遺作となった。
 出版順でいうと、最後の著作は『墓活論』ということになるけれども(やっつけ仕事)、まともな本としては2011年10月に出版された個人美術館レポート、ということなる。

 家の中を探すと、同じく光文社から出ている
『名画読本』1992年出版、55歳
 と、
『老人力』1998年出版、61歳
 が出てきた。他に、日本国内で見られる名画について解説した、同じくカッパブックスから出ている新書もあるはずなのだが、見つからない。
 老人力、は、知り合いの開業医がくれた本で、捨てるのが面倒なので何冊かの単行本と一緒に私にくれたもの。最初の2章を今回初めて読んでみたけれども、そのあまりのくだらなさに読むのやめた。人生は短い。特に私の場合は(きっと)残された時間はそんなに長くはない。ゴミ本を読むには時間は貴重過ぎる。
 こんな本が「ベストセラー」になったということは、単に私の理解を超えているだけである。

『名画読本』も、今回初めて読んだ。こちらもつまらない本だったけれども、それでも絵に関することなので、どうにか読み通すことができた。
 この本に登場する画家と、享年。
 モネ   86歳
 マネ   51歳
 シスレー 59歳
 セザンヌ 67歳
 ゴッホ  37歳
 ゴーギャン 54歳
 ブリューゲル 44歳(推定)
 ダ・ヴィンチ 67歳
 フェルメール 43歳
 コロー   78歳
 ロートレック 36歳
 ユトリロ   71歳
 マチス    84歳
 ルノワール  78歳
 アングル   86歳

 各画家の代表的作品のうちの1点を取り上げて、それを解説、というよりは、ウダウダブツブツと意味不明の「老人の繰り言」を綴っているのだけれども、それでも読み通してみてひとつ気づいたことがある。
 つまり、絵が好き、という人はこの世に多いけれども、どのような絵をどのように好んでいるかは、まったくのところ人さまざまで、そしてそれでいいということ。
 考えてみれば、あれほど私が好んでいる洲之内徹の場合だって、具体的にどんな絵が好きかというと、単に好みが異なるというだけではなく、
「どうしてここまでクダラナイ絵に入れ込むのか理解できない」
 という場合だって少なくはない。絵の好みというのは異なっていて当然なのである。

 モネの日傘をさす女(オルセー)が、再婚相手の連れ子の娘をモデルにして、かつてカミーユを描いたセッティングを取らせていることすら、赤瀬川は知らないようである。マネが普仏戦争で、包囲されたパリに兵士として立てこもり地獄を見たことも赤瀬川は知らない。死の淵から生還したマネにとって、世間の評価などどうでもいいものだった。ゴーギャンとロートレックが梅毒で死んだことにも触れない、コローがどれほど裕福で自分の描きたい絵だけを描いてきたかも知らなければ(まったく逆に金のために描いていたと赤瀬川は誤解している)、ユトリロがアルコール性脳変性症によって1915年以降はゴミ絵しか描けなかったこととか、ルノワールの真価をこの老人は理解することができない。アングルの『泉』を、赤瀬川はオルセーで見たのだろうか? 見たはずである。『泉』をオルセーで見ておきながら、「魂のない絵」と断定するとは、赤瀬川のほうこそ「脳味噌のない頭」で生きていたと、私は思う。
 というように、赤瀬川の「名画解説」は唖然とするほどクダラナイのだけれども、名画をどのように味わうかは人それぞれの自由である。
 確か、「高橋コレクション」の中に、赤瀬川の作品があったはずで、それを札幌芸術の森美術館で私は見たはずである。作品については記憶していないけれども(トランクを紐でくくったものだったかもしれない)、自信を持っていえるのは、彼の「現代美術的作品」は、ストレートにゴミであったということ。高橋コレクションはその100パーセントすべてがゴミ、なのだから、たとえ具体的に思い出せなくても自信を持って赤瀬川の作品もその中に(ゴミの中に)含まれていたと断言できる。