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2016年3月27日日曜日

生きてる姿も十分にみっともないと個人的には思う 樹木希林 小国綾子








http://mainichi.jp/articles/20160203/dde/012/040/011000c
特集ワイド
死にゆく姿、みっともなくても見せる 宝島社の広告で話題、樹木希林さんの死生観

毎日新聞2016年2月3日 東京夕刊
 「死ぬときぐらい好きにさせてよ」。1月5日、毎日新聞朝刊などに、まるで“終活宣言”のようなキャッチコピーの見開き全面広告が掲載された。シェークスピアの戯曲「ハムレット」のオフィーリアのように川に浮かんでいたのは女優、樹木希林さん(73)。3年前、「全身がん」と告白し「生き方だけではなく死に方もちゃんと見せていきたい」と語った樹木さんの死生観を知りたくて、東京都内のご自宅を訪ねた。【小国綾子】

私なら「塵」でいいな

 打ちっぱなしのコンクリート壁に天然石の床。シンプルな部屋のテーブルに、私は新聞広告を大きく広げた。英国の画家ジョン・エバレット・ミレイの代表作「オフィーリア」をモチーフにした広告は、オリジナルの絵画とは印象がどこか違う。絵画のオフィーリアは悲しげなのに、樹木さんのオフィーリアはわずかにほほ笑んでいる。迷いなく、すべて受け入れているかのように。

 「こんな表情で私は死を迎えられるのかな、と自問しました」と感想を伝えたら、樹木さん、面白そうに「あら、私なんて絵画の顔部分だけ、私のオバアサン顔に差し替えるパロディー企画だと思ったの。新聞を見た時は『いやだなあ、目開いて死んでる』なんて思ったわ」と大笑いした。

 この広告は、宝島社が「死について考えることで、いかに生きるかを考えるきっかけになれば」との狙いで制作したという。折しも「終活」が話題になる時代、「死に方について考えさせられた」と大きな反響を呼んだ。

 「死ぬときぐらい好きにさせてよ」。このキャッチコピーの下にはこんな文章が。

 <人は必ず死ぬというのに。長生きを叶(かな)える技術ばかりが進化して、なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。死を疎むことなく、死を焦ることもなく。ひとつひとつの欲を手放して、身じまいをしていきたいと思うのです。人は死ねば宇宙の塵芥(ちりあくた)。せめて美しく輝く塵になりたい。それが、私の最後の欲なのです。>

 樹木さんは「本当にそう思う。生きるのも死んでいくのもどちらも日常。生きることは良いことで、死ぬことは悪いこと、というのではないと思うのよね」と語る。

 実はこの文章、最初の案では、<せめて美しく輝く星になりたい>だった。しかし撮影現場で樹木さんが漏らした「私なら『塵』でいいな」という一言をきっかけに、スタッフが話し合い、「塵」が採用されたという。

 樹木さんは「だって私に『輝く星』は無理よ。シャバでだってスター(星)じゃないんだから」と冗談めかしたけれど。私は「塵」という言葉が気になった。その言葉の向こう側に、樹木さんの死生観が広がっている気がして。

かなうための人生じゃない

 若い頃は奔放な演技と言動から「猛優」「猛女」の異名もあった。コミカルな演技と絶妙な間は、人々を笑わせ、そして時にはホロリとさせた。

 2005年、乳がんで切除手術を受けた。その後もあちこちに転移を繰り返した。「今、何がん?」と医師に尋ね「全身がん」と言われたことを13年、記者会見で告白した。放射線治療を選択し、翌年、「大きく体に影響を与えているものは消滅したみたい」と“治療終了宣言”をした。

 病を得て、暮らし方は変わった。この10年間、服を買ったことがない。「家族や人から譲られたものを使い回すだけで十分。ヒモ1本、無駄にしたくないの」。古くなった靴下はハサミで切ってぞうきんに。「物の冥利を見極めて終わりたい」と最後まで使い切る。一方、不要な贈り物は他人とカドが立とうと「使いませんから」と断る。「死後に何も残したくない」からだ。

 モノだけではない。伊勢神宮の式年遷宮と樹木さんを追ったドキュメンタリー映画「神宮希林 わたしの神様」(14年)で、樹木さんは何度も神社で手を合わせながら、一度も願いごとをしなかった。女性の願いごとを一つかなえてくれることで有名な神社に行った時にも遠慮し、映画の中でこう言った。「かなうための人生じゃないから」

 真意を尋ねたら、「願いごとがかなったら神様にお礼に行かなきゃ悪いじゃない。でも行けないかもしれないし」。つまり「残したくない」のだ。「それにね。かなわないものを引き受ける歩き方だってあるんじゃないかしら」

 がん宣告の後、自身の半生を振り返った。仕事も何もかもを。「あんなに雑で野放図な生き方をしたのだから、60代までよくもったなあ」と思い、そして気付いた。「自分の体をこれまでぞんざいに使い過ぎていた。自分の体は自分のものだというおごりがあった」と。今は「私の体は借り物」と考えている。「だから大事に使って、最後はお返ししようって」。「塵」を望む心が垣間見えた気がした。

最期は「なりゆきでごめーん」

 今は病気に感謝している。がんになったから夫でミュージシャンの内田裕也さん(76)とも向き合えた、と考えている。離婚を巡る裁判などで激しく対立もしたが、「死を意識し、自分の人生をたたみ、心を治めていこうと覚悟したら、不思議と夫ともめる必要がなくなりました」と言う。

 今回、宝島社から依頼を受けた時、迷わず引き受けた。「でも何も考えずに決めたのとは違う。生まれ落ちてからの積み重ねの果てに今、こんな仕事が舞い込む立場になった」と語り、実に楽しげに「これ、案外おもしろい役どころだと思わない?」と笑う。

 しみじみと「がんで良かった」と口にした。その理由を尋ねると「死への準備が比較的できる病気だから」。しかし自らの死後については「葬式はしてもしなくてもどっちでも。何の希望も書き残すつもりはない。死んだら、ただおしまい、がいい」と言い切った。

 潔すぎる言葉に感じ入っていたら、樹木さんはふいに笑い出し、「……とか何とか言っても最期ばかりは分からないわね。誰も計算できないもの」と混ぜっ返した。テーブルの広告に視線を落とし、「きっと逝く時は『死ぬときぐらい好きにさせてよ』というより『なりゆきでごめーん』って感じでしょうね」とも。

 取り繕いも隠しもしない。演出もいらない。それがきっと樹木さんの「なりゆき」なんだ。「でもね、どんなにみっともない死に方でも、私は見せたいと思う。それが死にゆく者の役目と思うから」

 コンクリートと石の部屋に響く樹木さんの声を心地よく聴きながら、この人は日々、自身を始末し、準備しているのだと思った。オフィーリアのように、ほほ笑みながら、塵となる日のために。




オセロ中島を救うための提訴 樹木希林「問題はお金ではなく“心の病”」
Photo By スポニチ
 長期休養中の「オセロ」の中島知子(40)が東京都内のマンションの家賃を滞納している問題で、貸主の俳優本木雅弘(46)が14日までに、マンションからの立ち退きを求めて東京地裁に提訴した。 
 本木の義母で女優の樹木希林(69)によると、本木は当初「法律で追い詰めたくない」として提訴は避けたがっていた。
 しかし、中島の長期休養の背景に同居女性の存在があると悩んでいた中島の両親が「早く裁判にしてほしい」と望んでいると知り、訴状に判を押したという。
 樹木は14日午後、自宅前で訴訟について「問題はお金ではなく“心の病”の方でしょう」と言い、提訴に踏み切った大きな理由に中島を現状から救い出したいという思いがあることを示唆した。
[ 2012年2月15日 06:46]
▲:コリアン毎日新聞の「配下」にあるスポニチでは、内田裕也は「裕也さん」と呼ばれ、英雄扱いである。そのスポニチが、「裕也さん」の妻である樹木希林を擁護するのはお約束。
 樹木のインタビューの様子をテレビで見たけれども、婿である本木雅弘が賃料を得ていなことに腹を立てているだけで、店子の中島を「心の病」と決めつけ誹謗している鬼婆の顔つきにしか見えなかったのは、私だけではあるまい。




▲:見ただけで吐き気がした。芸術作品を侮辱する(?)方法にはいろいろあるものだな、と、ただただ呆れた。