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2016年2月13日土曜日

資料 蛭子能収

蛭子さん、妻がいるから「ひとり」が楽しい 前妻の死…再婚で孤独から立ち直る
産経新聞 2月12日(金)17時5分配信

 東京・平和島の競艇場にいたとき、娘から携帯電話に「ママが倒れた!」と連絡がありました。妻はその2年前から体調が思わしくなく、入退院を繰り返していました。病院に駆けつけると妻は集中治療室に入っていて、すでに昏睡(こんすい)状態。一度心臓が止まったのを、救急車の中で救急隊員が蘇生させてくれたそうです。担当の医師から「助かっても植物状態になるかもしれません」と言われ、涙があふれて止まりませんでした。倒れて2日目、妻は意識を取り戻すことなく亡くなりました。

 30年連れ添った妻の死は、まるで自分の中の一部がもぎ取られるようなとてつもない喪失感でした。葬式で喪主席に座った僕は、式の最初から最後まで泣き通し。しばらくはずっと泣いて過ごしました。テレビや漫画の仕事は穴をあけないように頑張ってやっていたのですが、妻のことを考えると涙が出てしまうのです。


 1人が好きな僕は、それまで1人でも孤独というものを感じたことがなかった。でも、妻の死で、初めてとてつもない孤独感を覚えました。子供は2人いますが、子供たちと一緒にいても寂しさはなくなりません。妻が僕にとって大事な存在で、どれだけ精神的に依存していたかを思い知りました。


 〈週刊誌の企画で出会った女性と19年に再婚。19歳下で、“年の差婚”と話題になった〉


 今の妻は僕の中でとても大きな存在です。前の妻が亡くなったときにあんなに悲しんでいたのに薄情なと思う人もいるかもしれません。でも、前の妻との結婚生活が素晴らしかったからこそ、「もう一度結婚したい」と思うようになったんです。死んだ妻もきっと同意してくれると思い、アクティブに再婚相手を探しました。再婚して、とてつもない孤独から立ち直ることができました。「孤独を打ち破ることができるのは、自分自身の力だけなんだ」ということを身をもって体感しました。


 僕はいつも「子供よりも妻が大事ですよ」と言っています。「え、普通は子供の方が大事でしょ?」と言われますが、血のつながった子供より妻の方が大切な存在であるというのは僕の正直な気持ちです。前の妻を亡くしたことで、遠慮せずになんでも話し合える相手がいるのはとても素晴らしいことと気付きました。血がつながっていても、子供はしょせん子供。自分の子供でも、自分とは違う存在だし、子供と一緒に何かしようなんて思いません。でも、妻は違います。


 妻がいることで、また1人で遊ぶことを楽しめるようになりました。矛盾した話に思えるかもしれませんが、愛する人がそばにいるからこそ、安心して独りぼっちでいられるんです。(聞き手 平沢裕子)


▲:そういえば、昨日、ニュースステーションをちょっと見たら、妻が病死すると間髪入れずに再婚した男がコメンテーターに登場していた。あの、朝鮮総連幹部たちとの記念写真で有名な元鳥取県知事。片山善博か。


PS
2月13日に放送されたバラエティ番組「ジョブチューン★国民的大ヒット食品のヒミツぶっちゃけSP」(TBS系)で、 
赤城乳業が2014年3月に発売した「ガリガリ君リッチナポリタン味」の裏話として、全く売れずに3億円の赤字を出したことが明かされた。 

この「ナポリタン味」を開発したのは、入社2年目(当時)の若手ホープだったそう。 
出演した同社マーケティング部の部長によると、「ナポリタン味」は「取り返しのつかない赤字を叩き出し」、 
その金額は3億円近く、余剰在庫は320万本にものぼったという。 

なぜ、それほどまで売れなかったのか。この点について部長は「やっぱりですね…マズかったんですよ」と反省の弁。 
発売した当時、「お客さまからも『マズい』『ふざけるな』『いい加減にしろ』と問い合わせが殺到しまして……」と、大変な状況だったそうだ。 

しかし、どうしてそんなにマズいものが企画会議を通ってしまったのかという点は素朴な疑問として誰もが抱くところだが、 
これについては2012年の「コーンポタージュ味」、2013年の「クレアおばさんのシチュー味」が共にヒットし、 
「次に何をやれば良いんだ? というところで、そのとき…魔が差したんでしょうね」と、 
「ナポリタン味」にゴーサインを出してしまった経緯を振り返った。 

実際に開発を担当した若手ホープは、キリッとした表情で「ナポリタンを忠実に再現しようってところが目標だったんですね。 
そこに関しては自信があります!」。ただ、美味しいか美味しくないかで言えば「あんまり…美味しくないですかね。 
(コンポタ味のヒットで)調子に乗っちゃいましたね」と、素直な感想を明かした。 

そして番組では、「ナポリタン味」をスタジオの面々で食べる流れに。しかし「うわぁ…うわああ」(佐野ひなこ)、 
「マズい!」(バナナマン日村)と、やはり散々な評価だった。 
ちなみに、当時は社内でも「美味しい」という声はなかったそうだが、唯一、マンガ家でタレントの蛭子能収だけは大絶賛していたという。 


http://www.narinari.com/Nd/20160236108.html 
▲:『路線バスの旅』を見ていれば理解できると思うけれども、蛭子能収は味覚障害者だから。