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2016年1月15日金曜日

回転寿司トリトン

 今日は、勤務する病院からそう遠くはない場所(北5条通り)にある回転寿司・トリトンで夕食をとった。ちょうどそちらの方向に用事があり、歩いてゆく途中にその回転寿司屋があったのである。
 寿司と回転寿司は「別個の存在・別個の範疇」なので、区別する。

 実はここの店は、以前はガストだった。

 ガストが撤退して(潰れて?)、その店の内装や外装を変えて(つまり建物自体は同じものである)、回転寿司屋としてオープンしてから2年以上は経っていると思う。「繁盛している」ということなのだろう。
 ガスト、の時代、よくこの店に・この建物に入った。いろいろな思い出がある。昔を懐かしみ、センチメンタルな気分で入ってみた。
 店内がガストの時代とは全く異なり、それこそ桑海之変となっているのは理解できたけれども、建物の壁の位置や天井の位置は何も変わらず、駐車場の配置まで同じであることが、僅かな名残として遺されていた。

 食べていて、何か変だ・物足りない、と思っていたのだけれども、食事を終える段になってやっと気付いた。カウンターの目の前に、醤油や箸入れに隠れるようにして、一枚の注意書きがあった。わさびを希望するかたは握り手にお申し出ください、というようなことを記した小さな紙片が貼られていたのである。つまり、私が店に入って、だだダーっと注文紙に書きつけた10皿ほどの回転寿司は、すべて、わさびを使っていなかったのである。

 それに気づかずに食べていた私も、相当にモーロクが進んでいるということなのだろう。

 今では回転寿司では、回転する台に本物の寿司が流れていることは滅多になく、流れているのは宣伝文句を書き連ねた厚紙ばかりである、まるで戦国時代の戦場の幟旗のように、それらが幾十と流れている。客は、握り手にいちいち声で注文するか、あるいは手前に置かれている注文パッドの紙にボールペンで欲しいものを書いて握り手に渡す。

 目の前に並べた握りの甘い回転寿司のどれもこれも美味しくはない、と感じた最大の理由は、わさびがそもそも入っていないからだったのだ。小学生客じゃあるまいし、わさび抜きのものがそもそもの前提で、わさびを入れて欲しい客はその度にわさびわさびと注文しなくてはならないらしい。
 汁物として頼んだ花咲ガニの味噌汁も美味しいという部類には入らなかった。
 家の近所にある「なごやか亭」の方が、はるかにいい、何よりそこではちゃんと最初からわさびが入ってる。それに、汁物も種類豊富で美味しい。

 センチメンタルな思いでこの店に入ってみたけれども、まぁこんなものかと思って、二度と入らないであろうその店を後にした。



PS 食べログであれこれ調べたら、こんな文章が載せられていた。つまり、ガストとしても、町内会からあれこれ苦情が出ていて、東日本大震災で閉店してそのままにしたのかどうかはともかく、撤退したいと考えていたのだろう。(東日本大震災の後にもガストは再開していたように私は記憶するけれども、定かではない。) この店の周囲は、マンションが林立している。

 ちなみに、札幌ドーム近くのガストには私はたまに入る。真夜中でもやっていて、真夜中におなかが空いたときは便利なのである。空腹だと、たいがいのものは美味しく感じながら食べることができる。