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2016年1月19日火曜日

涙の横山幸雄 藤岡幸夫



ここの続き。
http://restfultime.blogspot.jp/2013/06/nhk.html


藤岡幸夫
(以下はウィキより)
また関西フィルハーモニー管弦楽団との出会いについて「朝比奈隆先生と大阪フィルに憧れていて、東京以外の街のオーケストラと仕事をしたいと思っていたときに、関西フィルと出会った」「天命」と語っている[3]。
▲:朝比奈隆と大阪フィルのブルックナーが「マトモ」と思われている日本のクラシック界の悲惨さ、を思う。打楽器は狂ったようにうるさく、それを朝比奈は放置して制御できず、弦楽器も管楽器も萎びた音を出してブルックナーの交響曲と呼ぶに値しない。老指揮者の見た目の「風格」(?)だけで日本の聴衆をけむに巻いているのかもしれないが、朝比奈隆の音楽そのものは酷いのヒトコトで尽きてしまう。
 朝比奈がムニャムニャとした理解不能の指揮(?)をしても、ショルティとバレンボイムにしっかり教え込まれたシカゴ交響楽団は「そんなの関係ない」とばかりに朝比奈を無視して(?)、ヒドイ演奏をするようなことはなかった、のがDVDから見てとれる。


 偶然、さきほど、BSで、横山幸雄がラフマニノフの2番を弾いている番組を見た。関西フィル、指揮は藤岡幸夫という人物。
 この2人に女性アナウンサーを加えて、ところどころトークショーをやっていたけれども、その軽薄ぶり、がさつさ、話しぶりの品の無さには呆れさせられた。
 横山幸雄の演奏のほうも、いつもの、「鍵盤を叩いて音を出しているだけ」のもの。ミスタッチも多かったのではないだろうか、音が聞き取れない部分もあったりして。しかし、そんなことは気にせずに、カエルにナントカのようにケロリとした厚顔で演奏を続けていたけれども。ミスタッチ云々より、これほど素っ気ない、平板なラフマニノフ2番というものを私は耳にしたことはない。
 人間が愚かだと、演奏もつまらない、ということを証明してくれているようなものだった。
 この演奏で感動できる聴衆がいるのだとしたら、日本のクラシックファンというものはその程度のものなのだろう。
 ラフマニノフの憂愁、希望、意志、不屈、解放、そいったものを何一つ表現できていない、小器用な小学生のような演奏だった。さすがは、ショパンを連続十何時間だか弾いてギネス認定され、それを自慢しているだけのことはある情熱のない男である、と感心してしまった。
 こんな「ピアニスト」が「天才」であり、演奏が素晴らしい、というのなら、私は自分の判断力の無さ・音楽を鑑賞する力の無さに涙するしかない。だから、涙の横山幸雄。
 でも、笑い涙、というものもある。
 この男が楽譜通りに鍵盤だけを叩いている「音楽」を耳にしていると、哀れで笑いが止まらず、しまいには涙が出てくる。まるで立派な演奏をしているような、得意満面の顔をしているのだから笑ってしまう。笑い続けて涙が出てくる、だから、涙の横山幸雄、ということ。

 こんな男が優れたピアニストだという日本の狂った音楽世界に、涙を禁じ得ない。
 真剣にそう思う。