ページ

2015年12月16日水曜日

HDの整理 ダニエル・バレンボイム

 2014年のベルリンフィルヨーロッパコンサートは、ベルリンにあるフィルハーモニーで開かれた。指揮にはダニエル・バレンボイムが登場し、チャイコフスキーの5番などを振っていた。
 バレンボイムは1942年生まれだから、昨年は72歳。
 72歳にしては、顔の老化が著しい。82歳くらいに見える。
 バレンボイムと言えば、デュ・プレ、しか私は思い出さない。以下はウィキより引用。

バレンボイムは2度結婚している。最初の相手はイギリスのチェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレであった。デュ・プレは才能に恵まれながらも、多発性硬化症の発病により、悲劇的にも突然に音楽家生命を断たれている。二度目の相手は、ギドン・クレーメルの前妻で、ユダヤ系ロシア人ピアニストのエレーナ・バシュキロワである(エレーナの父親は高名なピアノ教授ディミトリー・バシュキロフで、フリードリヒ・グルダの息子リコが門人にいる)。二人はデュ・プレの最晩年にはパリで同棲生活に入っており、二人の子をもうけていた。バレンボイムとエレーナ夫人の正式な結婚は1988年に行われた。(引用終わり)


 多発性硬化症に苦しむ妻を見捨てて(?)、パリで愛人と同棲生活に入ったのは、デュ・プレの「最晩年」ではなかったはず。
 デュ・プレは、バレンボイムと結婚するためにユダヤ教に改宗している。キリスト教からユダヤ教に改宗して、バレンボイムの求めのままに(?)世界中を過酷な演奏旅行に連れまわされて、デュ・プレは発病した。そして、割と早くに、バレンボイムはデュ・プレを見限り、愛人とのパリ暮らしを初めている。今度の相手はユダヤ人女性だった。
 ユダヤ教では離婚は難しいのだろうか、デュ・プレが亡くなるまでバレンボイムとの婚姻は続いていた。バレンボイムがパリの愛人と晴れて再婚できたのは、デュ・プレが死亡した翌年のことである。
 デュ・プレは、あのままユダヤ教徒として死んだのだろうか。それとも、バレンボイムが去った後は再びキリスト教に戻ったのだろうか。その場合は「復教」とでも呼ぶのだろうか.......ネットで調べてみると、ユダヤ教徒として死に、ユダヤ教の葬儀で埋葬されている。
 いったん棄教して、夫が愛人のもとに走ったから”復教”します、なんてことはできないことなのかもしれない。

 で、このバレンボイムは平和活動家、なのである。サイードとの対談本も出しているほどパレスチナ問題に関わり、イスラエルの入植政策を批判している。
 私がこの男を見ていつも勝手に連想するのは、
「妻にひどい暴力を振るっているが、外では平和活動家として名声を得ている男」
 という存在である。もちろん、バレンボイムがドメスティックバイオレンスをやっていたという意味ではなく、笑うべき・憐れむべき・軽蔑すべき偽善者のことを連想するという意味である。
 バレンボイムの私生活や政治信条は音楽とは関係ない、のかもしれない。
 しかし、その音楽を聴く人間は、いろいろな「雑音」を自分の頭の中で感じる。
 バレンボイムの音楽を(モーツアルトのピアノソナタ全集や、シカゴ交響楽団とのブルックナー交響曲全集を持っているし、その他いろいろな演奏をこの男の指揮で持っている)聴いてきたけれども、一度も私は感動したことはない、のは、そうした音楽とは関係のない雑音のせいなのだろう。とはいえ、音楽をどう楽しむかは個人の自由であり、この男の音楽に対してはどうも拒否反応しか私の身体からは生み出されないようなのである。

そういえば、偽善者バレンボイムは、伊勢谷友介に似ている。
女性へのバイオレンス記事が出ているのに、表では「社会貢献」などとほざいているその姿は、笑うしかないものである。