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2015年5月29日金曜日

洲之内紀行 28日 新潟港から小樽港へ

 新潟の健康ランドを出たのは7時少し前だったと思う。
 スマホで、新潟駅前に『すき屋』があることを調べていたので、そこで朝食を取ろうとした。ところが、行ってみると(今考えると駅前なのだから当然だったのだろうけれど)そこは駐車場の無い店舗。諦めてそのままフェリー乗り場の方に向かい、途中にあったセブンイレブンの駐車場に車を入れる。そこで弁当とノンアルコールビール(サントリーの350mlはなかったのでアサヒビールのものを手に取る)を買い、駐車場の車の中でマーラーを聴きながら朝食を取った。
 新潟の新日本海フェリー乗り場に着いたは8時05分。係員は、9時45分頃から車の乗船が始まるという。フェリー乗り場の建物の中で1時間40分の時間を潰そうと思い、慣れた、古い建物に入る。
 ところが、昔とは変わっていた点が、あった。
 エレベーターの近くにラジカセが置かれていて、そこから、エンドレスで、甲高い女性の声が、エレベーターに乗る場合の注意事項を「がなりたてている」のである。
 1階のどこの椅子に座っても、そのエンドレス騒音が響いている。
 2階の待合椅子に座ると、今度は大きな音量でテレビが流れている、NHKの朝の番組。横浜ベイスターズのあの有名選手(石井琢朗だったか)の自宅に、妻子がいない時を狙って(?)、赤いカツラで変装して「本を返しに行った」と言い張る有働由美子、がやっている朝の奥様向け番組。奥様向け番組で赤いカツラで妻子持ちの男の自宅に上がりこんだアナウンサーを使っているのは、NHKの見識(の無さ)なのだから仕方ないとして、その日にやっていたテーマは、沖縄基地問題。コリアンNHKがどのように沖縄基地問題を描くかといえば、恐らくコリアン系のTBS金平茂紀のように「沖縄住民を苦しめる日本政府と日本人」というものであるのは明らか。
 ということで、2階の椅子に座っていてもNHKの放送がうるさくて落ち着かない。
 iPhoneの「音楽」に入っているのは、聖書の数十枚のCDだけで、ステレオイヤホンをしてNHKの騒音を聖書で防ぐということも魅力はない、ので、仕方なく外に出た。
 日差しが強い。木陰は殆ど無い。風も強くなってきている。外で本を読むのを諦めて、結局のところは車に戻り、冷房を付けて(つまりはアイドリングをしてガソリンを費消して)、車内で本を読むことにした。
 しばらくすると、運転席の窓を誰かがノックする。
 顔を向けると、70歳くらいの白髪の男性が不安そうな表情でこちらを見ている。窓ガラスを下ろすと、
「すいません、バッテリーがあがってしまったんで、バッテリーケーブルでエンジンをかけさせてくれませんか」 とのこと。
 テアナを車列から外して、後ろに停まっていた、老人の車であるホンダ・エリシオンV6の前にボンネットを近づけた。彼の手持ちのケーブルは古くて断線しているようだったので(セルを動かしても何の反応もない)、同じくフェリー待ちしていた他の60歳代くらいのおじさんが、新品の太いケーブルを持ってきてくれた。それを接続しても、エリシオンV6・3000ccは、微動だにしない。老人があわててパネルをいじったときに、ワイパーが動いた。
「これ、バッテリーじゃないと思いますよ」と私。他の集まっていた何人かも頷く。
「バッテリーがあがっていたら、ラジオすら入らなくなりますから、ましてワイパーなんて動くはずもありません」と私。私はこれまで何度も「バッテリーをあげる」失敗を繰り返してきたその道のプロである。
「じゃぁ、どうして……」と、絶句する千葉の老人。
 そばにいたフェリー会社の人が、「ホンダの営業所が近くにあるから、そこに電話して修理に来てもらうしかありませんね。フェリー会社から連絡するわけにはいかないので、自分でやってもらうことになりますが」
 そう言って、車列を管理している作業員に、「この車をはねて、車を進めてくれ」と言った。
 あれこれやっているうちに時間はどんどんと流れていて、車のフェリー乗船時間の9時45分まで、もうあと20分ほどしかなかった。これから修理を呼んだとしても、修理を終えるまでにはまず間違いなく出航時間は過ぎている。
 老人は携帯電話(ガラケー)を取り出して、フェリー会社の人に教えてもらった番号を押し、何やら説明し始めた。運転席に座っている老人の横には、しかし、さして不安そうな顔をしているでもない彼の奥さんが座っていた。
 事故を起こしたわけでもない。
 病気になったわけでもない。
 単に、エリシオンが動かなくなっただけである。
 千葉から新潟に車での高速道路の上で車が動かなくなったわけでもない。
 フェリー乗り場の駐車場で動かなくなったのである。考えようによっては、ラッキーだったともいえる。そんな風に考えているのか、奥さんの顔は、夫の困惑渋面の顔とは異なり、どこか落ち着いていた。

 今から考えると、タイミングベルトが切れたのかもしれない。私も高速道路を走っていて、レオーネのタイミングベルトを切らせたことがある。ジャフに引かれて修理工場まで移動した。
 しかし、駐車場に来るまで動いていて、そこで停車してベルトが切れる、というようなことがあるのだろうか。わからない。
 わからないまま、バックミラーに映っている千葉の老夫婦とそのエリシオンが小さくなってゆくのを眺めながら、私は小樽へと向かうフェリーに乗り込んだ。
 どんなトラブルでも、後日となれば笑い種である。
 千葉の老人も、「あんときは難儀したなー」と、奥さんと笑って話すことができるだろう。二人の共通の経験が増えただけの話である。
But I have no one to laugh with and live with.





 昔のことを思い出した。
大昔、結婚の前に付き合っていた女性と本州旅行をしたとき、帰りのフェリーの中。
The following fictitious story is partly based on real experience.

story

 一等船室のベッドは狭い部屋の両側に押し付けられるように設けられているシングルベッドだった。ベッドの間にテーブルがあり、そのテーブルの上には海を眺める船窓があった。
 美砂子も私も、その、まるで棺桶のように狭いベッドに仰向けになっていた。本州旅行からの帰り、どちらも少し疲れていた。昼間の気怠い居眠りが長く続き、もう窓の向こうにはオレンジ色の夕陽がどんどん水平線への落下を続けていた頃だったと思う。
 どうしてそんな話になったのか、その流れは記憶していないけれども、確かに私がこんな質問をしたことは覚えている、美砂子の方は見ずに天井に向かって。
「ヨナの物語って、知ってるかい?」
 しばらく黙っていた美砂子は、戸惑った口調で応えた。
「あの、クジラに呑み込まれた預言者の物語?」
「ブ、ブゥー。でも、預言者ヨナも海と、水と関係はしている」
「水……?」
 私はそこで美砂子に教えた。
「地球上にある水分子の数を示す言葉が、ヨナ、よんじゅうなな」
「よんじゅうなな……」
「10の47乗の個数の水分子がこの地球上にある、大昔からそれは変わらない。それで、だ……。」
 私はここでやっと話の本筋に入った。
 私たちを乗せるフェリーは、海の上で眠りを誘うように軽く気持ちよく揺れ続けている。
「君の体重は43キロで、身長は163センチだ。で、まぁ、この際、身長は関係はないんだ、体重の43キロだけが問題だ。その体重のうちの60パーセントは、水なんだ。つまり、ざっと計算すると26キロほどの水、26000グラムの水。それを水の分子量18で割り、そこにアボガドロ定数の6.02×10の23乗を掛けると、君の身体の中に含まれる水分子の数が出てくる」
 私は起き上がって、テーブルの上に置いてあった手帳を取り出し、ボールペンで計算を続ける。
「……8・7掛ける10の3乗×10の23乗、ということは、およそ10の27乗、ということになる。つまり、君の身体の中にある水の分子の数を10の20乗倍すれば、地球の全ての水の分子の数になる。」
 私はそこで黙りこんだ。
 やがて当然のように美砂子が訊いてきた。
「……で、それで?」
 私はためらっているふうに、しかしその実最初から話をここに持ってきたかったことを自分の心の中で認めながら、続けた。
「で、だ。今、仮に、君がここで死んでしまったとする。いいかな?」
「よくってよ」と、ノンシャランと美砂子は応える。
「さて、君の遺体を火葬するにしろ土葬するにしろ、やがては君の身体に含まれている10の27乗個の水分子はこの世界に、この地球の中に吸い込まれてゆく、溶けてゆく、一緒になる、まぁそういったことになる」
「当然でしょうね」
「で、ある日、君を喪って傷心の僕が、水道の蛇口をひねって、コップ一杯の水を目の前に見ているとする。コップ一杯の水を180シーシー、とすると、それは10モルの水であり、その中には6.02掛ける10の24乗個の水分子があることになる。それを10の20乗で割ると、6.02×10の4乗、つまり約6万個、ということになる。君が死んだときに君の身体の中にあった水分子の6万個を、僕はコップ一杯の水で飲むことになる。」

autonomous computer

we are water, we are sand