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2015年3月20日金曜日

夢の24枚 松任谷由実



1 1973年 ひこうき雲
2 1974年 MISSLIM (ミスリム)
3 1975年 COBALT HOUR
4 1976年 The 14th Moon(14番目の月)
5 1978年 紅雀(べにすずめ)
6 1978年 流線形'80
7 1979年 OLIVE
8 1979年 悲しいほどお天気(The Gallery in My Heart)
9 1980年 時のないホテル
10 1980年 SURF&SNOW
11 1981年 水の中のASIAへ
12 1981年 昨晩お会いしましょう
13 1982年 PEARL PIERCE
14 1983年 REINCARNATION
15 1983年 VOYAGER
16 1984年 NO SIDE
17 1985年 DA・DI・DA
18 1986年 ALARM à la mode
19 1987年 ダイアモンドダストが消えぬまに(before the DIAMONDDUST fades...)
20 1988年 Delight Slight Light KISS
21 1989年 LOVE WARS
22 1990年 天国のドア(THE GATES OF HEAVEN)
23 1991年 DAWN PURPLE
24 1992年 TEARS AND REASONS


 2月に横須賀美術館に行ったとき、もう少し道を先に進めば観音崎に着いたはずだった。
 観音崎。
 松任谷由実(以下、長くて面倒なので「由実」と表記する)の、あの歌が、ずっと私の頭の中で響いていた。
<よそゆき顔で>は、『時のないホテル』に収められている。1980年のアルバム、ということは、35年前のもの。歌詞に出てくる「白いセリカ」といっても、もう殆どの(?)日本人には、「セリカ」という車がどういうイメージを持っている車だったのか、すら、理解できないだろう。
 この観音崎に向かう道を、金持ちのバカ息子バカ娘たちが、セリカやその他の「若者の憧れの高級車」に乗って、追い越し追い越されのドライブを楽しんでいた。それが、35年前、あるいは40年前のシーンだったのである。
 でも、この歌は少しも古びた印象はない。
 今でも日本のちょっと上流な(?)家庭の女の子たちは、遊びまわっていた時期を卒業して、ちゃんとした仕事と将来性を持った男性と結婚してゆく。
 昔遊んだ相手の男と、もし、この道路で顔を合わせたとしても、遊びの時期を卒業した女性は、
<よそゆき顔で>通り過ぎるだろう。
 そういうものなのである、So it goes.

 3月に府中美術館に行ったとき、府中競馬場の近くを通った。府中駅から競馬場まで歩いて10分である。この競馬場も、<中央フリーウェイ>に出てくる、アルバム『14番目の月』。このアルバムは1976年だから、本当に40年前のものである。
 でも、この歌も少しも古びた印象はない。

 由実が1973年から1992年までの20年間に出した24枚のアルバムは、宝石のようにいつまでも輝いている。1993年以降は、しかし、ほとんど全てゴミのようにつまらない曲しか出してはいない。1993年以降にも、商業的に成功した曲も幾つかあるけれども、それは少数であり、過去のものの2番煎じで極めて感傷的なものでしかなく(受け狙い)、評価に値しないものばかりである。
 今となっては
<音痴で派手なおばさん>
 でしかない由実だけれども、それでも、あの20年間は輝いていたし、それは永久に(きっと)残るだろう。
 才能豊かだったし歌もうまかった古内東子は、しかし、たった数枚のアルバム・たったの数年でその才能を枯渇させてしまった。それに比べれば、由実が20年間24枚の素晴らしいアルバムをこの世に送り出してくれたのは他に類を見ない偉業といっていい。
 尻ポケットから勲章を出して「セリにかけた」阿呆の桑田佳祐を褒賞するよりも、はるかに、由実を高く評価すべきだと思う。

 何故由実の歌が古くならないのか?
 それは決して古くはならないテーマを、すぐれた感性で歌っていたからである。(今のおばさん由実には、若い頃の感性など微塵も残ってはいないけれど。)
 やがて人は死ぬのであり、死まで続くこの人生とは旅であり、その旅の時間を一緒に過ごすパートナー(恋人・伴侶)との愛が生きる意味を与えてくれる、その単純な事実を歌っているのが由実の24枚のアルバムなのである。

 死と旅(人生)と愛と、その3つが見事に美しく溶けているのが由実の歌である。



 16日月曜の早朝(4時)起きてラジオを付けると、中島みゆきのオールナイトニッポンをやっていた。いつもの、プッツンしたような口調で、この63歳の初老婦人は放送を続けていた。
 一時期、由実と中島みゆきのアルバムが出ると私はすぐに買っていた。
 しかしある時から、ちょうど「悪い薬を止めるように」中島みゆきのアルバムには手を出さないようになった。それは何故なのだろうか、と考えてみると、この「異常なハイテンション女性の病んだような精神」には着いていけない、と思ったからだろう。もちろん、この精神が好きだという熱狂的ファンたちにとっては、そんな考えは理解できないだろうけれども。CDジャケットのナルシズムぶりは、あの当時から「切れていた」。
 中島みゆきの深夜放送(というか早朝放送)を耳にしていると、不幸な女が精いっぱい虚勢を張って声を張り上げているように思えて、なんだか悲しくなってくるのである。虚勢、虚飾、”虚歌”、それが中島みゆきである。(中島みゆきの”説教節”)

 由実の人生と中島みゆきのそれは、ある意味、対照的である。
 音楽家・松任谷正隆と早い時期、デビュー早々から付き合い、やがて結婚した由実と、あれこれあった(らしい)けれども結局は家庭というものを持たなかった中島みゆき。

 松任谷正隆という優れた編曲者がいなかったならば、由実のあの「至福の24枚」は誕生しなかったことは間違いない。(特にトランペットとサックスを効果的に使う手法は感動的ですらある。)
 いつだったかラジオで、<翳りゆく部屋>を由実が自分で弾くピアノだけで歌ったテープを聴いたことがある。17歳(だったと思う)の由実が、ある日ラジオ局を訪れて、そこで自分で演奏するピアノに合わせて歌ったもの。もちろん、テープだけしか存在しない。一般に出ている<翳りゆく部屋>は、松任谷正隆の編曲により、いろいろな楽器が使われている、出だしの荘厳なパイプオルガン(シンセサイザーを使っているのかもしれない)などなど。
 ピアノだけの<翳りゆく部屋>は、もちろんそれはそれで魅力的だったけれども、松任谷正隆の編曲によって完成度の高いものになった、というか「完成した」。
 由実のどの曲についてもいえることだけれども、松任谷正隆の編曲がなければ、それらはダイヤモンドの原石としての価値しかない。原石は優れたカットを経ることによって、初めて輝くダイヤモンドとなる。松任谷正隆がいなければ、つまり、由実の24枚のアルバムはダイヤモンドになることは全く不可能だっただろう。
 もう10数年前、あるいは20年くらい前のことだったか、NHKのドキュメントがこの2人、由実と松任谷正隆を登場させていた。1時間近い番組を、すべてこの2人が喋ったりしている映像。
 基本的に、2人は「互いに尊敬している」のである。
 それはそうだろう、由実は自分の曲が松任谷正隆によってカットされてダイヤのように輝く場面を常に見てきている、彼がキャラメル・ママにいた時代から。松任谷正隆のほうも、由実の才能に惜しみない敬意を払っている。互いに尊敬しているカップルが話をするのを(それがどんな内容であれ)見て聴いているのは、楽しい。こうしたカップルが生み出した世界が人の心を潤してくれるのは(ちょうど軟膏が傷を癒すように)別に驚くようなことではない。
 これに反して、中島みゆきは……。
 彼女の虚勢で支えられている”虚歌”を耳にしていると、そして山奥の精神病院から放送されているような不気味にハイテンションなラジオトークを耳にしていると、私は悲しく不幸な気分になってくるのである。



 やがて死ぬ。
 しかし、どうやら由実は「奇跡を信じている」ようである。
 つまり、「魂は永遠に存在するか」という、カントが純粋理性批判で考え抜いた問題について、「存在する」と信じているようである。その結果、なのか、とても醜悪な行為に及んでいる。
 この、一見しただけで怪しい(w)とわかりそうな男に、前世を(来世も?)観てもらったらしい。



 で、前世が何であるのか、このスピリチュアルブタの与太話にウンウン頷いていたであろう由実の姿を想いうかべると、哀れで笑うしかない。
 しかし、魂は永遠に存在する・人は生まれ変わり愛する人と何度でも関わりを持つ(ソウルメイト)、と信じていることで生まれてきている由実の歌もある。
 1983年に出された『REINCARNATION』。incarnationとは、輪廻転生を繰り返す人間の「ひとつの人生」。それがre-(再び)起きる、つまり再度受肉し、再度この世に生を受けることを言う。転生、ともいう。
 ちなみに、カントも輪廻転生を信じていた、というか、実践理性の当然の要求として、輪廻転生がなければ人間の魂は救われないことになると考えていた。
 で、本当のことを言うと、そうしたものは存在しない。神は存在せず、魂は不滅どころかそもそも存在せず[先験的統覚(カント)、と呼んでいた「自己意識」(ヘーゲル)は存在する]、自由意志は存在する、それが答えである。

 輪廻転生が存在しないとしても、由実の歌が損なわれることはない。
 神の栄光を讃え人間の救いを求めたバッハのミサ曲その他が、たとえ神が存在しないとしても魅力的なように、ブラームスのドイツレクイエムが、たとえ神が存在しないとしても魅力的なように、ブルックナーの全ての交響曲(神に向けられている)が、たとえ神が存在しないとしても魅力的なように、マーラーの2番や8番が、たとえ神が存在しないとしても魅力的なように(しつこいのでこの辺ででやめる)、由実の輪廻転生を歌う歌は、たとえそうしたものが存在しないとしても魅力的である。
 だだ、あのスピリチュアルブタにのめり込んでいたのだけは、いただけない。


 もう一度基本に戻ろう。
 やがて人間は死ぬ、
 死ぬまでの長い or 短い時間を(自殺しないのなら)生きなくてはならない・旅を続けなくてはならない、
 その旅は、しかし、愛する人と一緒なら楽しいものとなる。
 この<基本事項>に、来世があるかとか転生があるかとか神が存在するかとかいった問題は、一切関係してこない。死んだあとどうなろうとも、つまり、生き方は何も変わらないということ。
 なまじ来世や転生などに気をもんだりすると、スピリチュアルブタの江原啓之のような阿呆と関わりを持つ(餌食になってしまう)ことになってしまう。(ちなみに、スピリチュアルブタを「本物!」と絶賛しているのが、三輪明宏、もうすぐ80歳になる変人である。)


 昔、NHKFMの番組に出ていた由実がこんなことを言ったのを覚えている。彼女の舞台。あまりに下手な歌をカバーする必要からなのか(私の推測)、サーカスのような「ショー」になっているのだけれども、由実はこう言ったのである――私のコンサートピアノ線で吊り上げられて高いところを飛ぶけれども、いつピアノ線が切れて落ちて死んでもかまわないと思っている、と。
 さらりとそう言ってのけたのだけれども、それが本心なのが伝わってきた。
 つまり、由実はいつも”完全燃焼”で、”毎日を生ききっている”から、いつ死んでもかまわないと思っているのである。
 ちなみに、このFM番組の中で紹介された視聴者からの手紙の中に、別れる彼のマンションのベッドの下に真珠のピアスをわざと捨てたという女性からのものがあった。で、半年後だったか1年後だったかに再び登場した由実は、番組の中でこの手紙からインスピレーションを得て、<Pearl Pierce>を作ったと話していた。偽悪家ぶって、由実はこう付け加えたことをはっきり覚えている。
「いやぁー、中島みゆきしちゃいましたよ、エヘへ」
 ウィキに出ている、由実へのファンレターからインスピレーションを得て作ったというのは誤りである。確か、<シンデレラエキスプレス>も、この番組への手紙からインスパイアーされたものではなかっただろうか。どちらの曲も、その女性の心理はいつも由実の曲で描かれているものとは大きく異なっている、というか、由実が経験しそうもない物語である。

 荒井由実がそれまでの歌手やシンガーソングライターと全く異なるのは、そのブルジョワ趣味ではない。由実のそもそものデビューアルバム『ひこうき雲』が、死と日常を縫い目がわからないほどごく自然に縫い合わせているからである。ボサノバでもラテンでも、ましてフォークにもジャズにもブルースにもない、不思議な歌であり……強いていえば、死と日常を巧みに短い言葉の中に詠みこんでしまう短歌・俳句に近い。
 きわめて、日本的なのである。
 何度も<桜>を取り上げているけれども、その伝統は西行・芭蕉に通じるものである。
 もっとも、由実自身の家系については、ネットで台湾系ともコリアン系ともあれこれ書かれていてはっきりとはしない。実家である荒井呉服店の<大昔>については、確かに由実自身も何も語ってはいないし、これからもNHKの『ファミリーヒストリー』という番組に登場しはしないだろう。由実の顔立ちは確かに中国人、としても通るだろうし、何よりも「ユーミン」という中国名(?)を本人が気に入って使っているのが何かを意味しているのかもしれない。
 ただ、繰り返しになるけれども歌は日本的であり、言葉は洗練されている。
 薄汚い日本語を使うコリアンラブ・桑田佳祐とは全く異なり、由実は美しい日本語を使っている。しかも、多くは「絵画的」であり、それは由実が多摩美大で日本画を専攻して卒業していることも影響しているのだろう。ちなみに、LPの『ひこうき雲』には、黒い紙に(確か)金色の線で描かれた由実の絵が何枚か入っていた。



ひこうき雲の特集番組について入れる。







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