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2014年12月5日金曜日

資料 谷崎潤一郎 (毎日新聞記事)

谷崎潤一郎:愛の書簡288通 「細雪」モデル、妻・松子らにささぐ 「忠僕」自ら誓う
毎日新聞 2014年11月26日 東京朝刊
 文豪、谷崎潤一郎(1886〜1965年)が、名作「細雪(ささめゆき)」のモデルとなった妻松子やその妹重子と交わした未公開書簡計288通が、谷崎の遺族により保管されていたことが25日分かった。「忠僕として御奉公申上(もうしあ)げ主従の分を守り候(そうろう)」とする松子への「誓約」書もあった。自身の恋愛体験と密接に結びついた谷崎文学の神髄に迫る資料といえそうだ。

 「細雪」は裕福な商家の4人姉妹を描き、ヒロインの三女雪子は重子、次女幸子は松子がモデル。書簡を調査した千葉俊二・早稲田大教授(日本近代文学)によると、手紙の時期は27〜63年。谷崎が書いたものが180通、松子が95通、重子は13通あった。結婚前のほか、谷崎が執筆のため関西の自宅を離れた時期に頻繁に交わされていた。

 谷崎は27年、大阪・船場の商家の妻だった松子と出会った。当時谷崎にも妻がいたが、作家の佐藤春夫との間の恋愛事件の末に離婚、31年に別の女性の丁未子(とみこ)と再婚するも35年に離婚した。

 「誓約」書の日付は、谷崎が丁未子と別居後の33年5月20日。松子に<私之(の)生命身体家族兄弟収入等総(すべ)て御寮人(ごりょうにん)様(松子)之御所有>と思いのたけをつづっている。代表作の一つ「春琴抄」を書き上げた時期で、美しい三味線の女師匠に仕える奉公人の物語に重なる。35年、谷崎は松子と3回目の結婚を果たし、添い遂げた。

 千葉教授は「一種の“芝居”とは思うが、やはり谷崎流の真剣で特殊な愛の形であり、その体験ゆえに作品が生まれた面がある」と話す。今回発見された288通を含む書簡集が来年1月、中央公論新社から刊行される。【鶴谷真】