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2014年9月15日月曜日

東北登山旅行 つがる市 化粧地蔵


神は存在しないし、仏も存在しない。
霊魂も死後の世界も存在しはしない。
ただし、人の愛、というものは確かに存在している。
それ(人の愛が存在すること)を確かに教えてくれているつがる市の化粧地蔵。
亡くなった子供の霊を慰めるために、地域で守り継がれている風習であり、関西や他の地域の化粧地蔵とはその意味が異なる。


お盆には、たくさんの供物が捧げられている。
http://blog.goo.ne.jp/enagatori/e/73ed3cd8cb0259ab74b3577d036331fb 

参考
http://www41.tok2.com/home/kanihei5/chindera-touhoku.html

親孝行、したいときには親は無し さりとて墓に布団も掛けられず
 という言葉があるけれども、子供を亡くした津軽の親たちは、こうして、亡くなった子供たちに化粧を施して「着物を着せる」。


 玉川温泉を出て、碇ケ関から高速に上がり、浪岡で降りる。できるだけ早くつがる市に入るため。ここにある化粧地蔵をぜひこの目で見たかったから。持っているこの本のこのページに出ている。

http://books.google.co.jp/books?id=uIjWMvSeFI4C&pg=PA54&lpg=PA54&dq=%E7%9F%B3%E4%BB%8F%E3%81%AE%E6%97%85%E3%80%80%E5%8C%96%E7%B2%A7%E5%9C%B0%E8%94%B5&source=bl&ots=TXFwuNFT15&sig=aS8ENlksJ-yqzDVPgYjCZo3ljFY&hl=ja&sa=X&ei=gA4mVPmeFs778QWArYDgBg&ved=0CB0Q6AEwAA#v=onepage&q=%E7%9F%B3%E4%BB%8F%E3%81%AE%E6%97%85%E3%80%80%E5%8C%96%E7%B2%A7%E5%9C%B0%E8%94%B5&f=false

 しかし、この本には写真の化粧地蔵の正確な場所・住所は記載されていない。
 ということで、まるで探偵よろしくこの地蔵の場所を聞きこんで探さなければならない。半日がかりになるかもしれないし、ひょっとしたら見つけられないかもしれない。そういうわけで、できるだけ早くつがる市に入り、「調査を開始したかった」のである。
 五所川原市から橋を一つ渡ればもうつがる市。さっそく目に入ったコンビニに寄り、淹れたてコーヒーを買うついでに女性店員に本の写真を見せて、「この地蔵さんがどこにあるか知ってますか?」と訊く。
 有名な地蔵だとしたら、つがる市の市民の多くが知っていると思ったからである。
 しかし、女性店員は、申し訳ないけれども見たことも聞いたこともないんです、と恐縮していた。
「市役所のひとなら知ってるかもしれません」という。
 で、探偵Nと私はつがる市の市役所へと向かう。
 ところがこの日は9月13日の土曜日。土曜日はもちろん市役所は閉まっていた。
 それでも玄関の呼び鈴を鳴らしてみたのはN。
 すると、「裏に回ってください」と女性の声。市役所は土曜日曜でも戸籍などの受付をしている。裏玄関脇の小さな事務所で、女性職員2人が戸籍の受付をしていた、どうやら死亡届を出しにきた地元の人がいた。
 私とNはその届出が終わった後に、本を出して、「この地蔵さんがどこにあるか教えてください」と頼む。2人の女性は、顔を合わせて、首を傾げて、「見たことも聞いたこともない」という。(津軽弁だったかもしれないが再現不可能)
「柏、っていう場所にあるのはこの本で分かるんですけどね……」と私が言うと、柏に住んでいる人が今ちょうど役所にいるという。女性は役所に出ていたその男性を連れてきてくれた。しかしその男性もこの化粧地蔵のことを知らないという。
「ちょっと待って、今、観光課の奴に電話して訊いてみるから」(津軽弁で言ったのかもしれないけれども再現不可能)
 30代半ばとおぼしきその男性は、携帯で観光課の人に、休日だというのに、電話を入れてくれた。場所について数分間もあれこれ話していた。そして電話を終えて、つがる市の観光ガイドマップの地図のある場所にボールペンを走らせ(市の観光ガイドマップにも化粧地蔵などは全く取り上げられてはいない)、「ここに書いてはいないけれど、ここから入ってゆく農道があって、この農道の入り口あたりにあるということです」
 お礼を言って<つがる市役所>を出る。後はナビにポイントを入れて、ガイド音声に沿って車を走らせるだけ。
 こうしてやっと念願の化粧地蔵に会えたわけである。
 つがる市役所で、「今日は休日で観光課の人もいねぇっす」と冷たくあしらわれたとしたら、この化粧地蔵を見ることは・見つけることは不可能だったかもしれない。(柏地区、というのも随分広いのである)
 つがるの人間の純朴な優しさに触れた思いがしたし、こうした人間性がこの地方独特の化粧地蔵を産んだのも頷くことができた。