ページ

2014年9月3日水曜日

修羅の福岡・海辺の山口 苅田


9月2日は苅田にあるホテルに泊まった。散歩に出て、JRの苅田駅を見物していたら、コンコースのポスターにこんなものがあった。危険薬物のポスター4枚。何か切迫感とか圧迫感があるのだが、こんなポスターが「自然になじんでいる」ところが、修羅の国・福岡らしいと思った。



 この苅田のホテルの食堂で夕食を食べながら地元のニュースを見ていたら、県内の高校の放送部が、何かの賞を貰ったというニュースをやっていた。


 さっきホテルの近くの「商店街」を歩いてきた。

 果物屋とか仏壇屋とか衣料品店の中に、ごく普通に(?)
<銃砲店>
 があり、ライフル銃が並べられているのが外から見ることができた。
 修羅の国過ぎるだろ……と思いながら、通り過ぎた。

 蕎麦屋を探して歩いた。

 困ったときの蕎麦、というのは私の「座右の銘」。つまり、飲み過ぎや肉の食べ過ぎで、痛風前段階に陥っていることに気付くと、ざる蕎麦とかかけ蕎麦で空腹を満たすのである。
 ところが、福岡のこのホテルの周辺には蕎麦屋は見当たらなかった。うどん屋は幾つもあるのに、蕎麦屋が無い。仕方がなく、近くのコンビニで、コンビニの蕎麦を買い、ホテルに戻ってきた。
 もちろん、コンビニ蕎麦に期待をしてはいけないのは承知している。
 しかし、それにしても、これは予想を超えていた。
 予想を超えて不味いのである。札幌でも何十回もこれまでコンビニ蕎麦を買って食べた経験があるけれども、不味くて捨てたくなるようなことは一度も無い。ところが、この福岡のコンビニ蕎麦は、捨てたくなるほどヒドイものだった。修羅の国の話なので、身の安全のため、どこのコンビニから買ったのかは記さない。
 「昭和生まれ」の、食べ物を捨てない・粗末にしないという育て方をされていなかったら、捨てていたと思うのだけれども、バツゲームだと観念して食べた。

 ホテルのフロントの無言の反町理。





 ニコニコレンタカー。パッソ、2日間で9000円弱。ガソリン代は3000円弱だった。
 福岡空港。高速で下関へ。土井ヶ浜から、結局ホテルを探して長門市へ。長門市には、今年の4月にパック旅行で来ている、金子みすず記念館。
 9月1日の夜は、長門市のステーションホテルに泊まる。
 9月2日の朝食は、長門市のJR駅前にあるJR職員寮の食堂で食事、360円だったと思う。土井ヶ浜遺跡ミュージアムを見物し、そのまま一般道路を使って北九州市立美術館へ。
 その後は平尾台を見物。サイクリスト、まるで弱虫ペダル。
 苅田のビジネスホテルに泊まる。夕食は最低。
 9月3日の朝は、米の山峠経由で九州国立博物館に行く。12時半にはニコニコレンタカーに車を返して地下鉄で福岡市街へ。

新仲哀トンネル(2007年完成) 筑豊鳥尾トンネル (2009年完成)  



2日 北九州市立美術館に行く。
 この日は本当は下関美術館にも寄りたかったのだが、ここは常設展はなく、この日は休み。次回は岸田劉生展があるらしいのだが、私は岸田がキライなので、どうでも良かった。ただし、この美術館では年末に海老原喜之助の展覧会がある。

(美術館のサイトより引用)
生誕110年 海老原喜之助展
2014年11月15日(土曜日)~12月28日(日曜日)

海老原喜之助(1904~1970)は鹿児島に生まれ、フランスと日本で活躍した画家です。 戦前は「エビハラブルー」と呼ばれた、青を基調色にした詩情性豊かな表現でフランス画壇で評価され、帰国後は日本の美術界に新風を巻き起こし、多くの若い画家たちに影響を与えました。 戦後作風を一変し、力強い構成的な画風を展開しますが、根底には一貫して独特の詩情性が流れています。生誕110年を機に、比類のない魅力的な表現世界の全貌を紹介します。
(引用終わり)

 北九州市立美術館の建物の立派さには驚く。下関といい北九州といい、美術館にこれだけの市の予算を落とせる「裕福さ」に羨望すら覚える。ちなみに、札幌市に市立美術館は無い。道立美術館の収蔵品は、恥じ入ってしまうほど貧弱である。ちなみに、札幌市にはまともな博物館一つ無い。文化果つる北の最果て、に育ったからなのかもしれない、私がこうして他の地域の美術館に足繁く通っているのは。(ちなみに、今期限りで辞める今の札幌市長・上田文雄は、莫大な税金を浪費して”国際芸術祭”なるバカ祭りを札幌でやったけれども――癌治療のために直前になって総監督から降りたのが坂本龍一――大失敗に終わったと思う)
 北九州市立美術館では、コレクション展、大規模な収蔵品展をやっていた。
 最初に海老原喜之助の2つの油絵が迎えてくれた。「窓」(カンヌ)、一瞬にして、魔法のように、人の心を静めてくれる。
 5月に新潟市立美術館に行ったときに、そこの収蔵品に海老原の大作が展示されていた。人間と蝶、そして父親と娘、について説明されていたが……詳しいことは忘れた。海老原に娘がいたこと、そして娘との関係、についてはネットでも何も情報が得られない。

 ネットで調べると、下関美術館でやる前に、生まれ故郷の鹿児島で展覧会をするようである。
http://information.ktstv.net/e51460.html
 ■日時
・開催期間 10月2日(木)~11月9日(日)
・開館時間 9:00~18:00(入館は17:30まで)
※休館日  10/6(月)、10/14(火)、10/20(月)、10/27(月)
■場所
 鹿児島市立美術館
(引用終わり)

 海老原喜之助は藤田嗣治に師事したことになっているけれども、画風は幸い藤田の影響を受けなかった。パリで客死したけれども、その生涯については殆ど知られていない、残念ながら。
 藤田のクダラナイ絵とは異なり、海老原の絵には魔法の力があり、私にはそれこそが絵に求めるものだ。

 魔法の力を持つ絵は、他にも展示されていた。
 中村研一の「車を停む」。
 図録の絵を見ただけではこの絵の持つ魔力は理解できない。というか、どの絵でも、図録や画集の写真では魔力を伝えることはできない。
 190×270センチの大作である。1932年の作品。1933年にはナチスが政権を取り、同じ年に小林多喜二が官憲に虐殺されている。そんな時代背景を考えながら、この、3人の女性、馬車、そこに置かれたワイングラスと果物、そして花を見る。
 同時代でありながら、しかし、こうした現実もあったのだ。
 女性たちの向こうには海があり、その水平線はかすかに弧を描くように左に上がっている。もし、この水平線が”水平”だったならば、この絵の魅力は半減していただろう。不安定な傾いた水平線、これから動きを見せようとしている水の傾き、その両脇にこちらに向かって問いかけるような穏やかな視線を向けている女性2人と、果物を剥こうとしているのかナイフ(らしいもの)を手にして俯いている女性がいる。

 一瞬が永遠に見える、見えさせてくれる絵である。

 いい絵を見ていると、耳元で声がするのである、恐らくその絵を描いた画家の声が。
「やがておまえも死ぬ。だから、与えられた今日という一日を、しっかりと生きろ」と。

(以下はウィキより引用)
はけの森美術館(はけのもりびじゅつかん)は、東京都小金井市にある小金井市運営の美術館。 財団法人中村研一記念美術館の寄贈を受け、2006(平成18)年4月に開館。
(引用終わり)