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2014年8月28日木曜日

学習能力の無い安倍晋三

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4296
豪雨被害中ゴルフに別荘戻り
総理を止められなかった側近
2014.08.28 12:02
 50人を超える死者が出る大災害となった広島豪雨災害。安倍官邸が失態を見せた。
 8月20日朝、広島市北部の集中豪雨で被害が出て、広島県は午前6時半に自衛隊に派遣を要請した。山梨の別荘にいた首相は同時刻、関係省庁に「総力をあげて被害者の救命・救助などに取り組むように」と指示したことになっている。
 問題はここから。1時間後の午前7時26分に名門・富士桜カントリー倶楽部に着いた首相は森喜朗元首相、茂木敏充経済産業相、加藤勝信官房副長官らとプレーを始めた。しかし、同行者によると「2、3ホール目で連絡を受けた首相は『問題が起きたから帰る』と言っていた」。
 東京から連絡したのは菅義偉官房長官という。政府関係者は「菅長官のもとには『死者が出ているのに、ゴルフをプレーしているのはまずい』との声が寄せられ、慌てて連絡したようです」と語る。首相がゴルフ場を出たのは午前9時19分だった。
 ゴルフの相手が森元首相というのは、歴史の皮肉だ。森氏は政権担当時の2001年2月、宇和島水産高校の練習船「えひめ丸」が、米海軍の潜水艦に衝突されて沈没した事故を起こした際にプレーを続行。「危機管理がなっていない」と批判の大合唱を受け、すでに弱っていた政権の体力にとどめをさされたからだ。さすがの森氏も今回は「東京へ戻った方がいい」と助言したという。
 官邸関係者が「危機一髪だった。最後までゴルフしていたら大打撃だった」と胸を撫で下ろしたのも束の間、安倍首相は、夕方に東京を出発し再び別荘へ戻ってしまう。
 首相周辺は「身1つで別荘を出てしまったので、整理する必要があった」と説明するが、翌21日には北村滋内閣情報官らと別荘で面会。結局、東京の首相官邸に戻ったのは午後3時過ぎだった。官邸内からさえ「なぜ別荘に戻ったのか。せめて朝一番でとんぼ返りすればよかった」(前出・官邸関係者)と悔やむ声が専らだ。
「今井尚哉首相秘書官や一緒にゴルフをしていた加藤副長官ら側近が、強く止めるべきだった。4月に熊本で鳥インフルが起きた際にゴルフしていても乗り切ったため、事態を軽く見ていたのではないか」(同前)
 森政権の時、安倍氏は官房副長官だった。危機発生時の総理の在り方を再び身にしみて学ぶこととなった。


http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4031
菅官房長官のお気に入り
加藤勝信副長官って何者?
2014.06.05 12:02
 霞が関の幹部人事を取り仕切る内閣人事局が5月30日に発足し、初代局長に加藤勝信官房副長官が就任した。当初は、警察官僚出身で事務担当の杉田和博官房副長官を充(あ)てるはずだった。しかし、菅義偉官房長官の「政治主導なんだから政治家じゃなきゃダメだ。加藤ならできる」との鶴の一声で決まった人事だ。
 加藤氏は旧大蔵省出身で、現財務事務次官の木下康司氏らとは入省同期。「民主党に多いオレがオレが、のタイプとは違い、昔風の官僚OBで、どんな出来事も上に報告する能吏タイプ」とは経済官庁幹部の評だ。
 加藤氏は安倍派四天王のひとりとうたわれた故加藤六月氏の女婿で、その縁から安倍晋三首相とは家族ぐるみの付き合い。六月氏は三塚博氏との確執で派閥を飛び出し、自民党も離党した。中選挙区時代から橋本龍太郎元首相と同じ選挙区に属し、毎回激しい選挙戦を演じてきた。後継の勝信氏は最初は参院で無所属、次は義父のライバル・橋本氏のお声がかりで自民党に入り、衆院比例代表で出馬したが、いずれも落選。その後ようやくバッジを得た苦労人でもある。それだけに「普通の2世や官僚上りとは違い、如才がなく敵をつくらない」(自民党幹部)。霞が関の幹部連中も「加藤さんに報告しておけば安心だ」と評する。

 同じ副長官の世耕弘成氏とは対照的に、陰に徹することのできる立ち居振る舞いが、菅長官の高い評価を得ている。剛腕の菅長官が取りまとめ、そのお膳立てを加藤氏が整える構図は、菅氏が師と仰ぐ梶山静六官房長官と与謝野馨官房副長官の関係とも似ている。
 菅長官も「加藤はいいぞ」と周辺に漏らし、引き立てている。次の次の改造で菅長官が幹事長に転じる場合は、「加藤氏が官房長官ではないか」との見方もあるほどだ。
 安倍氏からの信頼も厚く、総裁選の時は金銭面の差配を任されたほど。安倍氏との距離が縮まるきっかけとなった保守系議員連盟「創生『日本』」の活動を再開させ、来年秋の総裁選をにらみ、中堅・若手議員との会合を持つなど、多数派工作を続けている。一方で橋本氏の縁で入会した額賀派の重鎮、青木幹雄元参院議員会長の下にも通って、ベテラン対策も担う。
 当選4回、58歳の加藤氏は「私なんか半人前。義父にはまだまだ及ばない」と謙遜するが、政界の流れは速い。正念場は意外と早く訪れるかもしれない。