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2014年8月10日日曜日

ほっこり日常まんが


 豆太郎が死んでしまうまで、一日中豆太郎の面倒をみたり・遊んだりして、それでその日が終わってしまう、ということがよくあった。上のマンガとほぼ同じ。まぁ、いろいろ別の要素も加わっていたからなのだけれども。でも、不思議と、ペットと一緒に一日時間が過ぎてしまっても(流れていってしまっても)全く後悔というものは、私の場合は無かったけれども。

 今日もがんばれなかった――と、自分を責める必要はない。
 田舎で医者をしていたとき、警察に呼ばれて、2回だけ自殺した人の遺体を検視したことがある。「警察医」をやっている町の開業医が不在で、仕方なく町立病院の暇そうにしている医者の私が「警察に引っ張られて」検視するのだけれども……自殺しないで今日を生きた、それだけでも十分だと思う。
 検視以外にも、自殺して・あるいは自殺未遂をして救急車で病院に運ばれてくる人ならこれまで何人どころか、何十人も診てきた。半分以上は助けることはできなかった……腐食剤を飲んで、口の中や喉が爛れた人に、気管挿管をしようとしたときのことは悪夢の中にすら出てくる。

 生きているだけでも十分である。
 少なくとも、生きていれば、犬や猫の面倒はみてやることができるのだから。