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2013年7月29日月曜日

脱税・平山郁夫遺族

週刊新潮 2013年7月25日号より
「平山郁夫画伯」を尻に敷いていた未亡人の1億円脱税
 「金というのは人の記憶力を鋭くするものだから」(レイモンド・チャンドラー「さよなら、愛しい人』)とはいえ、遺産を縁(よすが)に浸った訳でもなかろう。何せ、2009年12月79歳で鬼籍に入った平山郁夫画伯を尻に敷いてきたのは、4歳年上の美知子夫人(87)なのだから。そんな彼女に2億円の遺産隠しが判明。ざっと1億円の脱税が疑わ
れている。
「著名人や高額所得者が亡くなると、およそ3年以内に国税局の税務調査が行なわれます」
 そう解説するのは、全国紙の国税庁担当記者である。
「骨董品や預金が隠されていないか……。それらがありそうな場所をじっくり確かめていく。夫人は2億円入りの紙袋を洋服ダンスに保管していました。課税逃れを意図した仮装・隠蔽で脱税同様の行為と当局は判断、重加算税を含む追徴課税およそ1億5000万円の納付を命じたのです」
『平山郁夫の真実』の著者で、ノンフィクション・ライターの大宮知信氏が語る。
「衆院議員を7期務めた松山常次郎の娘である美知子さんは、女子美術学校を卒業後、東京美術学校(現・東京芸大)へ転入しました。同級生の2人はそこで出会い、1955年に結婚します。卒業時は夫人が首席、平山さんが次席だったのです」
 美知子夫人はその後、絵筆を折った。政治評論家の屋山太郎氏は、かような見方をする。
「芸術家としての才能を捨てた奥さんは、出納係に徹したのです。その才にも恵まれた彼女が交渉事を全てやったおかげで、彼の世間での値打ちがあがり、金儲けに繋がったのでしょう」
 実際、画伯は長者番付の常連となり、94年には6億円強を納税した。年間所得10億円超という絵画界屈指の事業家だったのだ。その約20年後、未亡人が脱税を疑われるとは、思ってもみなかっただろう。
「女傑だと思います」
 先の大宮氏が続ける。
「美知子夫人に平山さんはしばしば意見を求めたし、それに対して夫人は『こういう描き方がいい』と助言をしていました。平山さんが『完成だ』と思っていても、夫人から『もう一息!』と言われれば、素直に手を入れた。姉さん女房の尻に敷かれっ放しでした」
 そんな画伯を厳しく評価するのが、美術評論家の藤田一人氏である。
平山さんは画家としての成長を、70年代で止めてしまいました。ご本人の精神世界を追求するような禁欲さも見つけることができない。精神性のない絵ばかりをワンパターンで描けば売れるという“迎合”に身をおき、そこから抜け出せなくなっていったのです
 美知子夫人の「操縦」に自身を委ね、ビジネスでの成功と引き換えに60年代にあったはずの輝きを失ってしまったというのだから、皮肉な話だ。
 画伯の実弟で、「平山郁夫美術館」の館長を務める平山助成氏に聞くと、
「姉(美知子夫人)は、これまでのプロジェクトを裏方で支えてきました。ひとことで言えば女傑だと思います。つまり、てきぱき物事を進められるタイプなんですよ」
 てきぱきしたお方なら、タンスに遺産2億円を保管せず、さっさと国庫に納めていたはずだが。

▲:凡庸な画家も、政治家の娘で営業の上手い嫁を貰うと、成功した画伯となってしまう日本の美術界のダメぶり。とにもかくにも、奈良薬師寺に行くと、平山郁夫の駄作(駄作ばかりだが)を拝むことができる。日本の恥は、長崎のあのいかれた平和像と、薬師寺のこれと、秋田のあれ。日本美術3大汚点。