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2013年6月10日月曜日

横山幸雄 ピアニスト NHK

 昨日、チャンネルサーフィンをしていたら、NHKの番組に行き着く。
『らららクラシック』という番組で、「日本人よ、東電を憎むな」で有名な(バカ作家)石田衣良という男が司会をしていた。
http://matsuuraatsushi.blogspot.jp/2012/01/blog-post_7504.html

 途中から見たのだけれども、横山幸雄というピアニストがショパンの英雄ポロネーズを演奏していた。

 面白くなさそうに、指を動かしているのだが、聴いているうちに、「ある種の感動」を覚えた。




 登山にでかけて、雨が降ると、仕方なく街で時間を潰す、旭川とか帯広とか函館で。そんなときに、偶然、ホテルやコンサートホールで、「ピアノ教室の発表会」などに遭遇することがある。で、私は、関係者のような顔をして、席に付き、子供たちの演奏をずっと聴いている。

 中学生高校生の演奏になると、モーツァルト、ベートーベン、ドュビッシー、ラフマニノフなどの曲を演奏することも珍しくはない。そして、たいてい、おしなべて、彼ら彼女らは、「楽譜を演奏すること」で終わってしまう。それは、子供なのだから、プロではないのだから、仕方がない。間違いの無いように、オタマジャクシをピアノのキーで一つ一つ音に出してゆく、それで終わる。
 音楽を一つの作品として表現する、ということまでは達しない。
 ピアノ教室の発表会なのだから、それで普通なのである。

 ということで、横山幸雄の演奏を聴いて、驚いたのである。

 プロのピアニストが、曲を表現せずに、音だけ出して、それで何ら問題がないと思っているようなのだから。
 どういった修行をしたら、ショパンの作品をこれほど全く情熱無く、全く魅力無く弾くことができるようになるのだろうか、と、「倒錯的な感動」というものを覚えたのである。

 昔、付き合っていた女の子に連れられて、リヒテルの演奏会に行ったことを思い出す。その女の子は、総合大学に来るか(北大のこと)、それとも音楽大学に進むか最後まで迷っていたようなピアノの演奏者だった。

 私は全くクラシックの初心者というか門外漢で、リヒテルにもたいして興味は無かったのだけれども、誘われたので演奏会に行っただけ。
 まるで靴職人のような顔をしたリヒテルがステージに登場し、確か、ベートーベンのピアノソナタだったと思うけれど、演奏を始めて、耳にしているうちに、茫然自失、開口凝視、脳天昇天、といった状態に陥った。まるでステージの上に、生きている馬がいて、奔馬が美しく力強く「駆け舞っている」かのような幻想に捕らわれた。奔馬が駆け舞う、というのはおかしいけれども(疾駆円舞)、そんな表現でしか言い表せないようなグランドピアノの変容だった。これが「超一流のプロの演奏」というものであることを、その日初めて知った。
 翻って日本のピアニスト・横山幸雄の演奏。
 まるで、作品を表現しようという意志のない、形だけの、音符を音にしただけの、機械の自動演奏のような無味乾燥パサパサのもの。
 ショパンの情熱のひとかけらも伝わってこない、ゴミのような演奏。
 スタインウェイが泣いている。
 これが、日本人がいいと思っているピアノの演奏なのだとしたら、私は日本人が勧める・認めるピアニストやピアノの演奏というものを耳にしたいとは決して思わない。
 ショパンコンクールも、こんな演奏を認めるというのなら、その年の審査員がどうかしていたのだとしか思えない。

 NKHって、こんなにヒドイクラシック番組を平気で作って放送しているんだな、と、ただただ呆れた。


PS このピアニスト、ショパンの全曲を1日で・短時間で演奏したことをギネスブックに登録しているのだという。それを自慢の種にしているのだとしたら、「方向性が全く間違っている」としか思えない。マトモなショパン弾きのピアニストの誰一人として、そんなことに挑戦しないし意味があることだとも思っていない。NHKの番組で見せたような、こんな情熱のない、不感症のような無味乾燥淡泊な演奏なら、確かに疲れもせずに一日中でもショパンを弾いていられるのだろうけれども。