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2013年6月9日日曜日

God against the gods : Jonathan Kirsch

God against the gods (2004)
P265~
 Alone in his tent, Julian comforted himself in the same way he had done as a frightened child at Macellum- he opened a book and read by lantern light. But the book failed to work its old magic. He lay awake, anxious and fretful, and he wondered what he might have done to displease the gods and goddesses who had so far favored him so richly. At his darkest moment, he imagined that he saw a spectral figure cross the floor of the tent and exit into the darkness outside- the tutelary god of the Roman people who had once championed the pagan emperor but was now abondoning him to his fate.
 Julian promptly summoned the band of seers who were formally attached to his army, and he demanded that they perform the ancient ritual of divination by which the gods might reveal their will. The Haruspices consulted their sacred texts and reported that all signs were against him- Julian must not engage in battle on that day. But Julian, a seasoned soldier as well as a pious pagan, apparently dicided that the risk of a new Persian attack outweighed the risk of defying the auguries. At his order, the army marched at first light- and, just as he had feared, the Persian horse and elephant cavalry promptly began to strike the Roman formations here and there along the whole line of march.

 ジュリアン、というか、ユリアヌス帝の最期の日の描写の一部である。父親や兄をキリスト教皇帝によって殺されたジュリアンは、「寛容な多神教世界」を復活させようとする。とはいえ、新プラトン主義に影響されたジュリアンの描く多神教世界は、「ごっちゃまぜの異教崇拝」ではなく、太陽神を最高神とする秩序のある世界だった。

 現代の人間から見れば驚くと思うのだけれども、彼・ジュリアンは、この世界の動きを司る神が存在していると心の底から信じていたし、その神の意志はdivinerの力によって知り得ると疑わなかった。同じころ、中国でも「易経」の教えにある通り、世界の動きは・人間の運命は何者かによって司られていると考えられていた。
 しかし、今なら、少なからぬ人間が、「世界の動きを司る神の力」などは信じてはいない。だから、何かを不安に思ったとしても、ジュリアンのようにband of seersに命じて、動物を殺してその臓物から神の意志を読み取る、などという「確立された方法」に頼ることはできない。全ては、物理法則と人間の意志とそれらを包み込む偶然によって決まるのであり、世界の動きを司る者は存在しないのであり・従って祭壇で犠牲を捧げることに意味はない。

 ジュリアンの著作に、歴代のローマ皇帝たちがあれこれ喋り散らかす散文がある。プラトンを筆頭とするギリシャ思想を信じていたジュリアンは、当然、霊魂の不滅を信じて疑わなかっただろう。それゆえ、戦場で死ぬことを恐ろしいとは思わず、最も危険な戦闘地帯に自ら飛び込み、ペルシャ人の槍に斃れた。もっとも、ローマ軍の中にいたキリスト教徒の槍に刺されたという「考え方」もあるという。僅か18ヵ月の帝位であり、その後ローマは再びキリスト教皇帝の手に戻り、やがては国教となり、多神教世界は「古代のキリスト教原理主義者たち」によって崩壊してゆく。さらにはそこから、異端者虐殺の長い歴史・東洋世界には存在しない西洋世界の暗黒史が始まることになる。

 一神教の狂気と暴力というものが、一人の皇帝によって支配される帝国の理念を実現するのに極めて都合が良かった。そしてそのローマ帝国が滅んで、西欧世界が多数の部族国家都市国家に分裂したあとも、「被支配者を抑制する道具」としてキリスト教制度は有用だった。一神教のrigorismは、領民たちを恐怖で支配する格好の武器となる。その暗黒史が、キリスト教が齎した「異端審問」の歴史であり、それを描いたのが、Kirschの次の著作、

The Grand Inquisitor's Manual: A History of Terror in the Name of God(2008)

 である。