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2013年6月16日日曜日

豆太郎覚書

 

最近、食がかなり落ちていて、あれこれ美味しいものを買ってくるのだけれども……。特に、好物の蒸しパン、など。甘いパンは喜んで食べる。食パンには見向きもしないことがある。缶詰のドックフードは、昔は好んで食べていたけれども、パテ状のものは食べたり食べなかったりで、角切りの肉(これも缶詰)も、たくさんは食べない。
 驚くことに、首が細くなってきて、首輪が随分緩んできた。とはいっても、今の調節で最大限締めているので(穴はもうない)、これ以上痩せるようなら新しい首輪が必要になるかもしれない。散歩に連れていってちょっと強く引くと、外れるのではないかと思うほど動くことがある。

 18歳の老犬で、人間と同じように高齢になると食欲が落ちて痩せてくるのだろう。
 最近気づいたことだけれども、瞳をよく見ると白内障のような変化がある。犬にも白内障がるのだろうか。確かに、視力はかなり落ちていて、餌をやってもありかが判らないことがあるようだ。

 耳もほとんど聞こえない、目も不自由。
 しかし、それでも、散歩に連れてゆくと、
「偉そうに」あちこち嗅ぎまわっている。他の犬の臭いを求めているのだろう。犬って、最後の最後まで、
「社会的動物・集団的動物」
 なのだと不思議と感心してしまう。たとえ一匹だけで家で飼っていても、一歩外に出れば、豆太郎にとっては同族の犬たちの世界が「見えるのではなく臭う」のだろう。どれほど高齢になっても、犬にとって最も大切な感覚――嗅覚だけは、健全なまま残るのだろう。
 案外、私のことも見えも聞こえもせず、臭いだけで現在の飼い主を認識しているのかもしれない。

 臭いを嗅いで町内を一回りすると、豆太郎は満足そうな「顔つき」になって、戻ってくる。
 夜昼逆転した老人のように、日中は寝ていることが多い。
 夜、鎖を付けたまま、犬小屋の前で徘徊している。

 疲れは、日中に取っているうたた寝で解消しているのだろう。
 私も豆太郎を見習って、休めるときに休んで、身体の疲れだけでも(精神の疲れは取れないだろう)少しずつ解消するようにしなければ、途中で参ってしまうことだろう。