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2013年7月20日土曜日

美砂子 遠藤と新千歳空港 その1




movement 1

a fiction...it's just a dream, all too fleeting moment....


 遠藤は8時半過ぎには家にやってきた。家の前で遠藤は私の携帯を鳴らす。
 私は彼の乗ってきた車――私の車、の運転席に座る。遠藤は既に助手席に移動している。
 黒いティアナは随分と泥をかぶっていた。
「ひどく汚してくれたけど、林道でも走ってきたのか?」
 そう私が訊くと、やっと運転から解放されて安心したのか、疲れ切った体を助手席に沈め、靴を脱ぎ、フットレストで足を伸ばして楽になった遠藤は、
「まさかだろ。この車で林道なんて走れないのは持ち主のお前のほうが良く知ってるだろう。前に乗っていたエクストレイルならともかく、このお上品な車で林道なんか走ったら、傷だらけのうえに足回りがおかしくなってしまうさ。……北海道の田舎をあちこち走ってきたんだよ、畑から出てきたトラクターが舗装道路にたくさんの土を置いていってくれている、素晴らしい道をな。ちょっと雨が降れば、泥を撥ねる道だから、前から来るトラックが豪快に泥のシャワーをプレゼントしてくれる、何台も何台も……そんなヒドイ道ばかりだったよ」

 助手席を目いっぱい後ろに下げ、背中をもたれさせているシートも半分以上は倒している遠藤は、もちろんシートベルトなどはしていない。
 車はすぐに札幌南インターから高速に入り、新千歳空港へと流れてゆく。


 この前の月曜日の夜に新千歳空港にやってきた遠藤は、火水木金の4日間、一人で北海道を回り、金曜の夜は小樽で寿司を食べて飲み、運河沿いのホテルに泊まっていた。
 私は遠藤がやってきた月曜の夜に、新千歳まで出かけてゆき、彼に車を渡して、そのままバスで札幌に戻ってきた。その夜、遠藤は高速で帯広まで出て、ホテルに泊まり、翌日からは阿寒・摩周・知床・網走・稚内と走り、留萌を経て小樽に泊まり、翌土曜日のこの朝に、私の家の前までやってきたというわけだった。
 走行距離は、あちこち「蛇行」したということで1500キロ以上になっていた。連日の運転のために、いくら酒や温泉や北海道グルメといった「癒し」があったとはいえ、遠藤もさすがにぐったりと疲れているようだった。
 私は過去に遠藤には大きな世話になっていた。新千歳空港まで出迎えに行き、自分の車を数日間貸すぐらいの「お返し」は、受けた世話・恩義に比較すれば、ごく小さなものでしかなかった。それが毎年少なくとも一回、ここ10年以上続いているとしても、なお小さなものでしかなかった。


「あぁ、そういえばさ、我が美しき後輩の桟橋にも行ってきたぞ」
 高速道路を100キロほどのスピードで走っているときに、それまで黙っていた遠藤が突然、はっきりとした声で言った。
 私には遠藤の姿が見えない。目いっぱい後ろにやった助手席のシートを、これまたかなり倒して沈み込んでいる遠藤の姿は、後ろに隠れてしまって私には見えないのだ。ただ、フットレストの上の、ジーパンを穿いた脚だけが見える。
「桟橋……?」
 <我が美しき後輩>というのが美砂子のことを指しているのは理解できた。しかし、彼女の桟橋とは、いったい……
 突然、摩周湖の景色が私の目の前の高速道路の上に浮かんだ。次の瞬間には、勝手に私の唇が動いていた。
「摩周湖……?」
 見えない遠藤が気楽に喋りつづける。
「そう、摩周湖の、あの桟橋。昔とちっとも変ってなかった」
「それと美砂子が……」
 美砂子が私の膝の上に乗り、片腕で私の首を軽く抱き寄せている記憶が蘇ってきた。
「……俺、おまえに何か話したっけ?」
 遠藤の返答には、笑いが含まれている。
「おまえさ、自分が酔っ払って話したことは、みーんな忘れるタイプの、しょうもない奴だよな昔から」

 ……幸い、「桟橋」の続きは遠藤の口からはもう出て来なかった。
 車を運転しながら、私の頭の中は、しかし、20数年前の早朝の摩周湖に戻っていた。現実の私は車のハンドルを握り、時速100キロで新千歳空港に向かいながら、頭の中は湖の中に突き出た桟橋に立つ――いや、座っていた、籐椅子の上に。座る私の膝の上に美砂子が腰かけ、右腕で私の頭を・顔を抱きしめ、左手で、微風に揺れる自分の長い髪をなおしていた。森と湖の冷たい香りを含んだ空気が鼻腔を満たす心地よい感覚さえ、ハンドルを握る私の身体に蘇ってきていた。
「……ったく、今どきの小説はゴミばかりだな」
 気が付くと、脚だけが見える遠藤は、隣で、いつものように磊落な調子で愚痴とも批判ともつかないことを喋っていた。
「毎年毎年、日本の文学界の話題といえば、村上春樹がノーベル賞を取るか、それだけ。マトモな文学作品なんぞ出て来ないし、村上春樹の小説もクソようにつまらない。日本の映画もテレビドラマも小説も、ゴミのようにつまらないものばかりになっている。」
 いつもの遠藤の愚痴だった。私はそれこそ毎年同じ内容の愚痴を、あるいは嘆きを、遠藤から聞かされていることを思い出した。
「この前、お前が教えてくれた、アマゾンの書評は面白かったよ。日本の映画評論家が映画配給会社のクソ犬ばかりなのと同じように、日本の文芸評論家は出版会社のクソ犬ばかりだから、阿呆の春樹のクズ小説を礼賛する。大衆も「偉い評論家がそう言ってるのだから」っていって、意味不明のイカ小説をありがたがる。ちょうど、オリンパスが健全な会社だとウソをついたクソ会計士どもと同じパターンで、恥知らずのウソばかりがこの国に蔓延している」
 遠藤はそこまで話して、突然黙り込んだ。
 車は輪厚パーキングエリアを過ぎ、しばらくすると『堀川のかまぼこ』の赤い三角屋根の横を通り過ぎた。と、そこで、再び遠藤が口を開いたのだが、その声には今までにない諦めのようなものが滲んでいた。
「しかしな、考えてみれば、俺もお前も、もう50代で、しかも俺もお前も、今年55になるんだ。信じられないな、俺たちが初めてあったのは、19の時だぜ……。あの当時の紅顔の美少年が、今はこうしてメタボの腹に、毎朝のリアップに希望を託しているおじさんだ。誤解するなよ、紅顔の美少年というのは俺のことで、おまえじゃない。あの当時からお前は陰気なドミニコ会修道僧みたいだったからな。」
 別に媚びる訳ではないけれども、確かに、35年前、初めて遠藤に会った時には、彼はルーベンスの絵に描かれているキューピットのように、薄紅色の頬がふっくらとした、わりとハンサムな文学青年だった。
 その「紅顔の美青年」も、今はやや髪の薄い、かなり太めの中年男になってしまっている。
 その、かつてのキューピット、今のトトロが、倒れた助手席のシートに仰向けになったまま、話し続けている。
「信じられないよな、55だぜ。こんな齢になるまで生きてるなんて思ってもみなかったし、こんな齢になっても、こうして何も達観していないのにも驚くよな。40にして惑わず、50にして天命を知る、って、何のことだろうな」
 私がそこで口を差し挟んだ。
「さっき、小説の話をしていなかったか?」
「そう、それだよ、結局は齢の問題なのさ。馬齢を重ね、知的興味もなくなり、すべてを冷ややかに見ていると、やがて見えるものといえば近づいてくる自分の墓石だけであることに気づく」
「墓石が近づいてくるのか?」
「俺なりの、単なる文学的表現といったやつさ。ともかく、俺たちのような、残された時間ったってしみたれたものしかない、身体もゆうことをきかなくなってきている初老期高齢者には、もう、読みたい小説なんぞはない、ということだ。人情話の時代小説ならシミと静脈の浮き出た老人の震える手で、昔は良かったと御題目でも唱えながら捲るのだろうけれども、そんなもんには興味は無いし、かといって今更、脂ぎったドン・ジュアンでもない。」



「さっき言ってたけど、55になっても達観していないのか?」
「達観できていたら、おまえの車を借りて4日間も北海道の田舎をドライブしたりはしないだろ。」
「ほう、悩みでもあるのか?」
 遠藤は息だけで笑った。
「……ドクター、君に相談すると後で診察料を請求されるおそれがあるんでね、相談はしない」
「長年の友人であるこの俺にも相談できないような悩みがあるのか?」
 一瞬の沈黙のあと、遠藤は巧妙に話をずらした。
「俺はな、実のところ、その長年の友人とやらを恨んでるんだ、長年にわたって」
「俺がおまえに恨まれるようなことをした? 迷惑はたくさんかけたかもしれないけれど――」
「本当におまえ医者のくせに記憶力が悪いよな」と遠藤は大袈裟に、下手な劇団員のような嘆息をもらした。
 私は記憶の引き出しの中を、大急ぎであれこれ探してみたのだけれども、遠藤に恨まれるようなことをしたと記してある紙片は見つからない。
「おまえさ、俺の下宿に初めてきとき、俺に何て言ったか覚えてるか?」


 遠藤と初めて会ったのは、一浪して大学に入った年のことだった。
 大講堂で行われていた「現代国文学」の最初の講義の中で、マイクを握って気だるい口調でダラダラとつまらないことを喋っていた助教授が、ふと、こう漏らした。
「君たちの中に、もし興味がある人がいたら、短編小説を読む読書会をやっているんで、来てみてください。××女子大学の××教授と僕のふたりでやっている会です」
 助教授は、毎週水曜日の午後6時からやっているという読書会の喫茶店の名前と、現在使っているという或る作家の文庫出ている短編集をマイクを通して喋った。
 翌週の水曜日、私が件の文庫本を持ってその喫茶店に行ってみると、教授助教授の他に、20人近くの学生がいた。遠藤とはそこで出会ったのである。

 経済学部に進む予定の遠藤と、医学部に進むことになっていた私は、そんな読書会が無かったならば知りあうこともなかっただろう。遠藤と知り合うことがなければ、私はシカゴにもボストンにも行くことは無かったかもしれないし、遠藤と知り合うことがなければ、山に登るようなこともなかっただろう。
 あの、やる気のない助教授の現代国文学講義には、私は最初のたった1回目に出ただけだった。殆ど全ての学生が、「楽勝で単位が貰える講義」ということで選択していた。試験はなく、期末にレポートを適当に書いて、それを教官室のポストに入れて、それで「優」を貰えた。
 講義には出なかったけれども、読書会の方には毎回出席した。国文学の助教授も私の顔と名前を覚えてくれて、それで「優」をくれたのだろう。医学部進学課程の学生にとっては、教養学部での成績など関係なく、一定の単位さえ取ればいいのだから、私にとっては「不可」でさえなければどうでもいいことだった。

 読書会の終わったあとは、当然のように、いつも飲み会になった。
 遠藤とは何度も飲むようになり、大学近辺の居酒屋で明け方まで飲んだある夜――というよりは朝、彼の下宿に初めて行って寝た。寝る、といっても、布団は遠藤の分しかないので、私は座布団2枚を並べ、鞄を手拭いで覆って枕にし、タオルケット一枚を掛けて眠った。夏の終わりになっていたけれども、幸いその夜は寒くはなかった。
 ぐっすり寝て、昼過ぎになって起きて、遠藤とまたその四畳半の中でインスタントコーヒーを飲み、何も付けない食パンを齧りながら話をした――ことはかすかに覚えているが、もちろん、35年ほど前のその夜に具体的に何を喋ったか、何を遠藤に言ったか、などということは一つとして覚えてはいなかった。
 その、私が覚えていないことを、遠藤が話してくれた。

「おまえさ、俺の部屋に入ってきて、まぁベロンベロンに酔っていたとはいえ、ヒドイことを俺に言ったんだよ」
 ハンドルを握ったまま、私が応える、「ヒドイこと……?」
「あの部屋の隅には、できあがったばかりの同人誌が300冊以上積んであったのを覚えているか?」
「おまえが同人誌をやっていたのは覚えているけれども、部屋に300冊?」
 小説を書いている学生が集まって同人誌を発行する、というのは当時珍しいことではなかった。大学に入学した遠藤は、さっそくその中の一つのグループに入り込み、自分の短編小説を中に割り込ませた。
 同人グループに入ったばかりの新入生が、短編とはいえ早速同人誌に掲載されたことには理由があった。
「まぁ、つまり、俺は確かに金で自分の小説のスペースを買い取ったようなもので、400部刷った同人誌のうちの300部を買い取うという条件でやっと認めてもらえた。払ったのは14万くらいだったかな、当時の俺にしてみれば大金も大金だった。で、その金は、もとはと言えばオヤジとオフクロが稼いだ金で、それを知ったお前は、『親に迷惑かけてまで文学なんぞするな、バカタレ』って言ってたんだ、酔っぱらってな」
 少しずつ記憶が蘇ってきた。
 同時に、遠藤に買わされたその同人誌に掲載されていた小説の中身が、どれも「クソ」のようにつまらなかったことも思い出した。医学部の学生も小説をそこに出していたが、女の子宮がどうの、あそこがどうのこうのだのといった、「卑猥文学」の域にも達しない、幼稚なゴミの戯言が羅列してある「小説」だった。……そういえば、遠藤から買ったあの同人誌について、論ずるにも値しないゴミだなんだと言ったような気もしてきた。
「……親や他人に――他人ってのは、あの同人誌を買わせた他人のことな、結局10人くらいにしか売れなくて、卒業のときにあの下宿を引き払う時に、全部古雑誌として出したけれど、ともかく、親や他人に迷惑かけてまで同人誌なんかするな、とおまえに罵られた」
 私は曇天で小雨も降っている目の前の高速道路の果てに、35年前の私が遠藤を説教している姿が見えるような気がした。
「……おまえの言う通りだと思うようになった。同人誌に注いだバカな散財は、あれ一度切りにした。あの読書会には、おまえと酒を飲むために通ったようなものだけれど、おまえもいつの間にかあまり来なくなって、ついでの俺も行かなくなり、というのもガールフレンドができたからなんだけど、そのガールフレンドに引っ張られて登山をやるようになり、それからは小説も読まなくなった……」
 車はETCレーンを通り、千歳の市街地へと降りてゆく。私は遠藤が喋り続けるのを黙って聞いていた。山をやっていたガールフレンドとの出会いから、彼女と一緒に登って一番良かった山の話、別れた理由などを一通り語り終えた。私は何度か遠藤のその恋愛話を聞いているので、耳に受け流しているだけで注意を向けてはいなかった。だから、新千歳空港のターミナルへと続くアンダーパスに入って、突然、遠藤が、割と大きな声でこう言ったときには虚を突かれた。
「……だからさ、おまえ、小説書いて俺に読ませろよ」


 国内線ターミナルの歩道に車を横付けしたのだが、遠藤は降りない。いつもなら、遠藤とはここで別れるのだが、この日はいつもと違い、何かを固く決心しているような雰囲気が、やっとシートを起こして私に顔を見せた遠藤にはあった。
「話が途中だから、おまえさ、あそこの駐車場に車を入れて、ちっと俺と続きの話をしよう」
 土曜日である。病院は休みであり、私には仕事はない。 私には別に札幌に急いで戻らければならない用事も無かった。
 何か突然、変なことになってきた、面倒なことになってきたと思いはしたものの、長年の友人であり恩人でもある遠藤の要望を無碍にはできないので、車を再度発進させ、空港ターミナル前の駐車場に入れた。
 遠藤は搭乗手続きのカウンターでキャリーケースを預けてくると、「子供たちに北海道のみやげを買っていないんだ」と言って、広い土産物売り場へと歩き出した。
「おいおい、さっきの話の続きはどうなるんだ」
 と私が軽く抗議すると、
「あそこのソファーにでも座って待っててくれないか、直ぐに戻ってくるから」
 と、土産物屋の前にある休憩コーナーに置かれている、バターのような色と格好をしたソファーを指差した。

 私はそのバターソファーに座って遠藤を待った。
 周囲には北海道から地元に帰る観光客が大勢いた。しかし、土曜の朝ということで、それほど混雑はしていない。混雑するとしたら、日曜の午後から夕方にかけてだろう。
 バターソファーに座る人も他におらず、私は手持無沙汰に周囲を観察していた。幸せそうな若いカップル、老夫婦、子連れの夫婦、あれこれと海産物や農産物を見て、品定めする。子供の歓声、たくさんの紙袋、笑い声、ざわめき、音楽、足音……。すべてが、まるで夏の日の森奥の清らかな渓流のように、音をたてて幸せに満ち足りて流れていっているようだった。背もたれはないものの、柔らかなクッションを尻の下に感じながら、私はゆっくりと息をしながら遠藤を待った。
 26年前、いや、27年前になるのだろうか……あの時には、この新千歳空港は無く、野暮ったく古くて汚い千歳空港しかなかったはずだった。土産物屋だって、こんな垢抜けた雰囲気のものはなく、田舎町の農協ストアーのように飾り気の無いものでしかなかった。
 尾羽うち枯らした、真っ青な顔をした自分の姿を、空港の汚いトイレの鏡で見た、あの日のことを私は思い出した。あれから、まがりなりにも生き延びて、こうして新しい空港のソファーにぽつねんと座っている自分という存在が、まるでウソのように思えた。
「ほら、北海道牛乳でできたソフトクリームだ、美味しいぞ」
 そう言って、いつの間にか目の間に現れた遠藤は、私にソフトクリームを差し出した。自分の分も手に持っている。肘には、大きな紙袋を一つ提げていた。

 2人の中年男がバター色のソファーに座り、ソフトクリームを食べている姿は、傍から見れば少し滑稽なものだっただろう。
 しかし、遠藤の口から出てきた話は、滑稽でもなければ笑える話でもなかった。遠藤は、割と淡々と話をしていたけれども、私の方は柔らかく冷たいだけの無味のクリームでも舐めているような――そう、無味無臭の生クリームでも舐めているような感覚に襲われた。
「……ということで……」と、遠藤は、疲れた溜息を漏らして、話を締めくくる。クリームが無くなり、コーンをパリパリ齧り、飲み込み終えるまで間を置いてから、「おまえに小説を書いて欲しい、ということなのさ」
 私は唇を歪めてから、応える。
「どうして小説じゃなきゃダメなんだ?」
 即座に遠藤が笑って応える。
「さっきも言っただろ、おまえは散々人の小説をバカにして、俺から作家としての輝かしい未来を、ひょっとして存在していたかもしれないその未来を奪った、ことになるのかもしれない。
If it were not for you, I might have been, or rather could have been, a great writer, no less admired than the goddamned squid man.
 あぁ……他人に迷惑を掛ける、なんてことを屁とも思わないような人間でなければ偉大な作家にはなれない、と、おまえがあの日俺を激励さえしてくれていたなら俺の人生はマシなものになっていたかもしれないといつもそう思っているよ、いや、マジで、さ」
 少しもマジではない――遠藤が冗談を言っているのが私には十分に伝わっていた。遠藤は続けた。
「ということで、俺の小説を散々バカにしたんだから、そのお返しだ。俺の最後の望み、御願いだと思って、聞いてくれ。俺も少しは元気になれるような気がするから」


 遠藤には随分と世話になっていた。ある意味、命の恩人と呼んでもおかしくはなかった。
 その遠藤の願いを断ることはできなかった。何よりも、遠藤が打ち明けてくれた事情が事情だった……。
「おーい、トムラウシのあの夜のことも、ちゃんと書き込むんだぞ」
 セキュリティーチェックの列の中に立っていた遠藤は、私が踵を返して立ち去ろうとすると、手を上げて振り、笑いながら楽しげな大声でそう言ってよこした。
 私も手を上げて軽く遠藤に向かって振り、無言で頷いた。
 遠藤は、11時初のJAL506便で東京に戻って行った。


 札幌に向かって高速道路を運転している私の視界は滲んでいた。
 それは、ワイパーでは拭うことのできない視界の滲みだった。
 放っておくと、やがて、滲みに微妙に歪んだ視界の中を運転するのが難しくはなくなった。
 遠藤が私に命じて書かせようとしている小説の内容には、きっちりとした指定があった。
<我が美しき後輩との交友>について詳しく書くこと、そして、
<吾輩との交友>についても詳しく書く、という指定だった。
<吾輩>とは、もちろん、遠藤自身のことであり、<我が美しき後輩>とは、遠藤にとって大学の経済学部の後輩であった、美砂子、のことだった。




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