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2013年5月28日火曜日

だから、前から言ってるように『早川書房はクズ』なんです

 昔は、つまりネットで一般の人が意見を表現できるようになるまでは、出版社は誤訳本を気兼ねなく売ることができた。どんなにヒドイ誤訳本でも、互いに仲間なのだから批判はしない。新聞社系出版社も含めて、外国語の本を翻訳して出版する会社は「恐れることなく」誤訳本を垂れ流していた。
 しかし、ネットが誕生して、事情は少し変わってきた。
 たとえば、アマゾンの書評欄で、誤訳本は叩かれるようになった。
 早川書房といえば、PDジェイムズの誤訳本が特にヒドイ。内藤陳の奥さんだった「バカ女」が呆れる誤訳を繰り返し、早川書房は「各方面から指摘されている」にもかかわらず、厚顔にも訂正もせずに売り続けていた。
 だから、ル・カレの「改訳誤訳本」(改訳して更に誤訳を悪化させた本)を出版したとしても、何も驚くにはあたらない。
 以下は、アマゾンの書評欄より引用。


http://www.amazon.co.jp/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%80%81%E3%83%86%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%80%81%E3%82%BD%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%80%81%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%A4%E3%80%94%E6%96%B0%E8%A8%B3%E7%89%88%E3%80%95-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E6%96%87%E5%BA%ABNV-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3-%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AC/dp/4150412537%3FSubscriptionId%3D15SMZCTB9V8NGR2TW082%26tag%3Djeffbeck-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4150412537
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5つ星のうち 1.0 回収・再訳を希望します 2012/4/18
By ダイアナ・ドルフィン
形式:ペーパーバック
「回収・再訳を希望します」
これを新訳、というのは無理があります。 英文を単純に日本語にするという作業が成されただけで、前後の文脈をおもんばかった、読ませるための(著者の意・登場人物の個性・話の流れを汲んだ)書き直しがまったく行われていません。自動翻訳か? とすらおもわされる場所もあります。「単語を見て、コンテクストを見ず」。日本語としてろれつが回ってない。読みにくいなどという次元の騒ぎではありません。5つ星つけてる人はパラパラめくって、自分が誤訳を指摘したかったところをチェックしただけなんじゃないでしょうか。小説は英語大好きお勉強ちゃんの自己満足用品じゃないんです。

どうも訳者は目の前にある英文を直訳しただけで、物語全体を把握するステップを踏んでいないとしか思われません。これは序盤のごくわずかな記述が、最後の最後で生きてくるような、超絶伏線回収型小説の本書「ティンカー~」では致命的で、巻を通じた文脈を配慮して訳されていないと、余韻もなにも起きてこない。結果、本書は読み通すのもつらい、無惨な紙束になりはてています。

そして、そんなことが村上博基氏の翻訳でありえるのか? 
恐らく、村上氏はすでに70代後半のご高齢であり、翻訳は下請けに回されたか、お弟子さんに任され、それがそのままノーチェックで世に出てしまったものと思われます。ご本人はざっと読んだ後、あと書きのみ自筆で書かれているのではないでしょうか。そうでなければあの「スマイリーと仲間たち」の、背筋に戦慄が走るような名訳と同一の手になる文とは、まったく思えません。

以下、あえて回収を、とまでお願いしたい理由を述べます。

(1)致命的な、致命的なケアレスミス。
536ページ、最後のページから1枚後ろ。ジムに注意を促しているのは、ジムではなくてビル・ローチ少年です!
親が金持ちで、離婚した家庭の子どもだから観察力が鋭いという以外、ほとんど何の力ももたないちびでデブのビル少年が、持てる力を尽くして、必死になってジムの力になろうとする、そのせつない物語を踏まえていれば、こんな誤植が起きるはずがない。評価してる皆さん、実は読んでないの? ラストのラストですよ。感動台無し。

(2)物語のすじを理解していないかのような訳語。
山ほどありますが、もっとも指摘したいのは528ページ「彼はきみを敬愛していたからだ」、違うでしょ! これは菊池訳の「愛」であって、「敬愛」ではない。原書でも当然「love」です。これが愛でなければ、本書の裏に流れる愛の物語が成立しなくなってしまう。これは訳した人(あえて村上氏と思いたくない)が、この文で示される人間関係を理解していないか、ホモセクシュアルに対して生理的嫌悪を抱いていたとしか思われません。

(3)全編に流れる単語選びのなげやりさ、適当感。
例えば530ページ、2行目「幻影なき男の最後の幻影」。これは菊池版では「迷い無き男の唯一の迷い」です。原書ではillusion。確かに直訳すれば幻影ですが、これはまさに「迷い」でしょう。

スマイリー三部作を貫く芯は、多くの人が指摘するとおり、スマイリーの鉄の意志です。「相手を叩きのめすときには、ほどほどに。それが大人の対応」と、私たちは何かにつけ社会で教えられます。「苦い結末、あいまいな結末こそ高尚かつ、文学的」というヘンな先入観、「カタルシス否定」で大人ごっこ。だから本書のスケールにくらべてライトで雑な「寒い国から帰ってきたスパイ」が、苦いカタルシス少なめの結末ゆえに、自称本格派の年寄りの読み手に誉めそやされ、かたや超超重量級なのに爽快・痛快、スカッとしまくるエンターテインメントである本書、そして続編が下に見られる風潮があるのでしょう。

スマイリーはカーラを追いつめます。3部作のラストでは、それこそ一瞬は喪に服したようなそぶりはすれど、いろんな相手に「ほどほどにしておけ」と諫められながらも、一切の迷い無く容赦なく、カーラ撃破へ突き進みます。ここまで文芸的豊穣さ、厚みを盛り込みながら、これほどスカッと悪役にトドメを刺してくれる小説は他に見たことがありません。

だからこその「迷い」です。菊池氏の訳語「迷い」が、シリーズの後になればなるほど生きて、意味を増し、輝いてくる。素晴らしい翻訳であり、片やこの新訳版の「幻影」という言葉は、新訳本全体をつらぬく「適当さ」を見れば、これも考え無しに訳されたみっともないやっつけ仕事にしか見えません。

(4)あとがき部分 ~この作品を「思い出の名作」にしないでいただきたい!
村上氏が同世代の内藤陳さんを追悼したくなるのはわかります(わたしも「読まずに死ねるか」で育ちました)しかし、本書が刊行から40年経て冷戦の緊張感も伝わりにくくなった2012年の今なお、読まれ、映画化されるに値する特別な小説であることに言及していただきたかった。

あのジェフリー・ディーヴァーが「最もクールな小説」として讃え、オマージュを捧げる本書。ジェイムズ・エルロイが、高村薫が… 現代・現役のプロ作家のフォロワー・信者数知れずの「グレイト・クラシック」である本書。しかし「行きつ・戻りつ」読めるこの小説構造は、ネット時代の日々大量のテキスト情報に触れている、モダンな読み手にこそ挑戦していただきたいんです。

・すべてのことは読者が周知であるように記述され、(そもそも、ここで挫折する読者が多数)
・一読後、再度読みこむことで、後述の事実が前述に補強され、明らかにされる
・一度全貌を理解すると、前に、後ろに、自在に読み進むことで、支線・伏線がさらにクリアになり楽しめる
・この「前後に読み進める過程」そのものが、スマイリーがサーカスの文書を読み進めつつモグラを追いつめるプロセスそのものであり、記述構造そのものによってスマイリーの追跡術(遡行)を読者が「追体験」できるという、読み手の知性と我慢強さと記憶力に信をおいた、エンターテインメントではあまり類を見ない書かれ方です。

この快感は書物でしか体験できない。映画や舞台のような時間軸に縛られたリニアなメディアでは不可能です。文字の書かれた紙の束である、「書物」であるべき作品なのです。出版全体がまさに電子書籍への移行期・過渡期にある今、本書のような「ページを繰って、指で読む」ことに最適化されたエンターテインメントの存在が、示唆するものは大きいはずです。

また、昨今の一般人はみな、ネット上で偽装せざるを得なくなっています。やれフェイスブックだmixiだと実名&実生活オープンで素晴らしい未来を煽られますが、未知の悪意・人間関係のこじれ(しかも消えない)を思えば自分の本当の誕生日すら公開はためらわれます。多くの人はさらけ出したくない「弱み」や「人に嫌われる部分」を持っているし、そういう神経の細かさへの配慮には、インターネットはまだ追いついていません。
そんなときに、主要な登場人物のすべてが偽りの名前・身分で登場し、権力と評判を手にするためにドロドロの嘘で闘い合う本作は、人の情報の取扱について、「弱みの暴露」がもたらす致命性について、今起きていることのように、リアルな警鐘をならしてくれます。

「挙げれば切りがない粗雑さ」
そもそも「一度読んだら終わり」というようなつくりになっていない本書で、文脈のつながりを感じない今回の翻訳は、致命的です。訳は単にお弟子さんに出したというだけでなく、複数の下請けに出したのではないでしょうか。パートによって品質のばらつきも目立ちます。
例えばある章では「セント・アーミンズ(ヴァーミンズ)」との単語表記、ラストのほうではジムがコントロールと打ち合わせた場所が「スン・ジェイムジズ」の表記。もともと日本語のカタカナ表記は原音を正確に表すのには不向きなのですから、皆さん馴染みの「セント・ジェイムスズ」でいいでしょうに。あるいは逆でもいいです。とにかくなじませていない、こなれていない訳なので、眼が滑って話に入っていくのがつらい。

旧訳に関してある程度弁護したいです。菊池光氏の版は初版から数冊持っていますが、版を改めるごとにケアレスや細かい部分が直されています。非の打ち所のない訳とはいいませんが、少なくとも、物語を理解し、それぞれの登場人物の個性を把握した上で訳されている。なのでパーシィの傲慢さ、トビーの小物感、ビルの奥深さ、すべてキャラが立ち、愛しくてなりません。特に終盤もぐらの逮捕について話し合うときの政治家マイルズ・サーカムのぬらぬらしたしゃべりと、それをスマイリーがタヌキ然といなすシーンなどは菊池版が絶品ものだと思います。(是非読み比べてください!)本書の訳に関しては、「ロング・グッドバイ」の村上春樹氏に対する「長いお別れ」の清水俊二氏とまではいかずとも、菊池版が「読ませる」訳だと、この新訳を前にして感じます。

この本は特別な本なんですよ。バターとワインを正統的にたっぷり使った(ホームズ+ポワロ)×ウォッチメン。大人の舌と胃袋のためのゴージャスな娯楽。こんな贅沢は他にないです。
深い共感というのは同じ旅、経験をした人同士ならではのものです。出来るだけ多くの人と、このティンカーテイラーからはじまる重たくも後味爽快の3部作の旅を共有したいです。本作を心から愛する者として、こんなにひどい訳は、悲しみに耐えません。回収と再発行を、心よりお願いいたします。
(引用終わり)