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2013年4月18日木曜日

資料 伊勢谷友介 コリアンメンタル? 椎名桔平


伊勢谷友介「ネトウヨ」相手に白旗降参 一転謝罪「全く妥当な言葉でなかった」
2013/4/18 12:27
   「ネトウヨ」批判が物議を醸していた俳優の伊勢谷友介さんが2013年4月18日未明、「全く妥当な言葉ではなかった」と謝罪した。
   伊勢谷さんは俳優、映画監督などとして活躍するとともに、参加型民主主義を提唱する「クラウドガバメントラボ」を主宰するなど政治方面にも活発な発言をしている。ファッションデザイナーの山本寛斎さんとは異母兄弟だ。一方で女性関係が週刊誌などをにぎわすことも多く、最近では長澤まさみさんとの交際が伝えられている。
「ネット右翼が社会の足を引っ張る存在」
   そんな伊勢谷さんは16日、ツイッターで突然、ネット右翼に対して以下のような発言を行っていた。
「誰かを誹謗したりする事で、自分がネット右翼となっている事を気がつかない人が多い。ネット右翼が社会の足を引っ張る存在になるのだが、自意識がなければ、自分を正義と勘違いしている奴がいる。元を正せば、昔からそんな雑誌も沢山ある。目的の中に生きなければ、自己判断も出来なくなる」
   フェイスブックではさらにこれを補足するような形で、
「自らが望む望まないにも関わらず、弱者は自らのことを『みんな』という言葉であたかも自分が世界の基準だともいうように振る舞う。そしていつの日か、弱者は守られて当然であり、そのうちに守ってくれないことを悪とし、攻撃し出す。そして本人が気がつかないままに、ネット右翼となって行くのだ。ネット社会の、弱者の暴力だ」
   伊勢谷さんはその数日前から、「匿名性だから好きな事言えるなら、そんなの相手にしてても仕様が無い」などと繰り返しネットに関する不満をつぶやいている。特定の思想を持つ人、というより、ネット上にはびこる匿名の誹謗的・無責任的発言群を指して伊勢谷さんは「ネット右翼」という言葉を使ったようだ。

発言を消去して謝罪
   しかしこの発言にはたちまち、本物の「ネット右翼」からの批判が相次いだ。
「ネットで批判されたら、批判した人全部ネトウヨだと思ってそう」
「誰かを誹謗するのがネット右翼なら 現在進行で彼らを誹謗している伊勢谷もネット右翼ということになる 自分を正義だと勘違いしているのは彼自身」
   伊勢谷さんも最初は、
「新たにアカウントを作り、攻撃してアカウントを捨てるやつが居る。これこそだよ」
などと応戦していたが、最終的には自ら問題のツイートを消去し、フェイスブックで以下のようなお詫びコメントを載せた。
「先日のツィートで、きちんとした定義と、意味を理解しないまま『ネットウヨク』という言葉を使ってしまったことで、僕の意図とは別の、多くの誤解を招いてしまった事をお詫びします。改めて、ここで言葉の意味を言及することはせず、全く妥当な言葉ではなかったと言うことをはっきりとお伝えしたい」

▲:伊勢谷友介は山本寛斎と異母兄弟だという。山本寛斎の粗暴な娘(交通事故とか)の画像は、コリアン服を着ているものがグーグル検索で見つかる。山本寛斎が、仮にコリアン系日本人だとしたら(どうかは知らないが)、この伊勢谷友介もコリアン系である可能性が出てくる。
 だとしたら、この伊勢谷の発言も新しい意味が出てくる。
 既存のマスコミは、コリアン系に支配されている・あるいはコリアン系に著しく影響されている。たとえば、なりすまし日本人の在半島コリアンが、「ボストン爆破事件を祝福します」として日本人に汚名を着せた事件がある。
この事件は既存マスコミ・テレビでは、全く報道されていない。
それはそうだろう、コリアン系に支配されたテレビでは、自分たちに不利な報道は日本国民に知らせないようにしているのだから。
 唯一、ネットだけが、真実を語っている。
 そのネットを、目の敵にするのが、コリアン系の共通の思いなのだろう。
 伊勢谷が「弱者の暴力」というとき、「ネトウヨ」とレッテルを付けてネット全般を貶めるとき、そこに在日コリアンの「コリアンメンタル」が現れているように思える。
 繰り返すけれども、伊勢谷友介がコリアン系なのかどうかは知らない。ネットではいろいろなことが言われているけれども、本当のところは伊勢谷に訊くしかないのだろう。

PS
伊勢谷友介と韓国映画・女性への暴力については、ここに詳しい。
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/

 そういえば、ここ↑のサイトに、椎名桔平が帰化人であると記されている。コリアン系ということ。もちろん、真相は不明。ただ、椎名桔平自身は、伊勢谷のような不可解な発言をしていないし、椎名の妻のように「性悪な交通事故」を繰り返して起こしているわけでもない。
 コリアン系俳優だからといって問題があるわけではない、要は、コリアン系俳優が何をし、何を言っているのか注意深く観察してゆく必要があるということ。
 日本が北朝鮮との戦争になったとしたら、コリアン系俳優やコリアン系監督やコリアン系吉本芸人、そしてコリアン系新聞記者やコリアン系政治家が、何をするのか、注意するは当然のことである。戦争になる可能性は常に「あちら」が強調しているのだから。