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2013年1月27日日曜日

資料 佐藤優


週刊新潮2012年9月27日号から

● 「首相公選制」は天皇を排除する
 佐藤優
 エリートと素人-。果たして、首相を選ぶのに適してい主体はどちらでしょうか。
 議院内閣制においては、国民によって選ばれた政治のエリートである国会議員が、首相を指名することになっています。
 一方、橋下さんは首相公選制を掲げ、国民が直接、首相を選ぶシステムを目指している。AKB48の大島優子さんが、「私はこの首相候補を支持します」と表明すれば、彼女が応援した人が首相になるかもしれない。
 しかし、議院内閣制下の国会議員が選ぶ場合、そのようなことは考えられません。いくら、国会議員そのものがポピュリズム選挙で選出されていたとしても、彼らが首相を選ぶ時には別の理屈が働きます。例えば、首相候補者が「税金を半分にして、社会保障を倍に増やします」と公約を掲げても当選は不可能。政策には財源の裏づけがなければならないとの常識が、大衆にはないものの、エリートの世界には存在するからです。
 エリートという言葉に抵抗感があるのならば、専門家と言い換えても構いませんが、結局、首相公選制はポピュリズムの弊害から逃れることができないのです。
 さらに、公選首相と天皇陛下との関係といった問題も生じます。国民から直接選出された首相は、権力とともに権威も併せ持つことになり、「首相と天皇と、どちらが偉いの?」という混乱が起きる蓋然性が高い。
 日本は、数値化することのできない「見えない権威」である天皇によって支えられてきました。権力が政治的な力だとすれば、権威はそれを生み出す源泉です。
 氷山に喩えると、海上に見えている部分が権力で、水面下の土台部分が権威。イスラム国家であれぱ、権威はイスラム教であるわけですが、この権威の領域は、タブーであり不可侵なんです。
 ところが、公選首相はタブーを侵犯し、必然的に自らがタブーとなる。結果的に、公選首相は天皇を排除してしまうんです。
 橋下さんは、「天皇制においては天皇が元首」と言っています。しかし、「天皇制」という言葉自体、コミンテルン(国際共産党)が作ったものです。見えない権威である天皇に支えられた日本の国のあり方を「国体」と呼びますが、天皇制
という言葉には、国体を改編可能なシステムとして捉えるといった意昧合いが含まれています。
言うまでもなく日本の国体は改編不能なものです。国体は「国柄」に置き換えることもできますが。国の文化そのものであり、人為的に変えることなどできない。そうした理解が彼には不足していると思います。
聞きかじりの耳学問
 外交面を検証すると、橋下さんは最近、排外主義的なナショナリズムに走る傾向を見せています。これまで彼は、日米同盟を基軸とし、TPPには賛成。沖縄負担の軽減を図り、豪州・韓国との関係強化を掲げ、民主党政調会長の前原誠司さんをコピーして、「現実的保守」路線を取ってきた。名古屋の河村たかし市長が南京事件に関する発言をした際は、「公選の首長は歴史家ではない。歴史的事実について発言するなら、知見も踏まえ、慎重にすべきだ」と慎重な姿勢を取っていました。
 しかし、ここのところの彼は、ナショナリズムを煽る発言こそが、国民の声に応えることだと直感したようです。いわゆる慰安婦問題で、韓国に向けて「論戦したらいい」と言い放ちましたが、そんなことを始めたら収拾がつかなくなりま
す。また、「強制連行があったかどうかの確たる証拠はなかったというのが日本の考え方だ」とも述べていますが、日本政府の考え方、すなわち河野談話では、強制性を認めている。聞きかじりの耳学問で、外交ブレーンがいないのでしょう。
 外交が分からないのはむしろ当然で、これから勉強すればよい。しかし、国政政党の党首になった以上、発言の責任を負わざるを得ない。最近の彼の言動は、今後の自らの発言の幅を狭めてしまっています。国内向けにはそれでも構わない
かもしれませんが、彼の発言は、既に国政政党を率いる者としての海外へのメッセージにもなっていることに、考えが至っていないのではないでしょうか。

▲:ある時は「沖縄人」を装い、またある時は「天皇制死守の保守ヤマトンチュー」を装い、時には「左翼」を装い、過去にはモスクワで要人たちに女体を手配していたクズ・佐藤優の、頭の中の下劣さを如実に示している一文である。
 これほど「日本国民」を侮蔑している文章を堂々と書けるとは、ある意味素晴らしい。
 マドンナがオバマを支持したから、オバマが大統領になった、というようなバカな論を、堂々と繰り広げているのだから、日本の「論壇」のバカさ加減が理解できる。
 このクズ(佐藤優)を育てたのは、岩波書店・外務省・朝日新聞・毎日新聞、そして新潮社も今ではこのクズを使っている。おいおい、河野談話に新潮社はいつから与するようになったのだろう?
 岩波書店以下の、佐藤優の「パトロン」は、結局は三井を筆頭とする日本の財界。(まさか、モスクワで佐藤優の世話になった日本の財界人がたくさんいるってことなのかな?)
 第二次世界大戦に負けてからは、日本の財界はアメリカ・イギリスの金融資本に支配されている。ということで、このクズ(佐藤優)が、国際金融資本の犬と理解すれば、この男の支離滅裂な言動(保守・左翼・オキナワン)にも、その形成理由が理解できるものとなる。