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2013年1月30日水曜日

斉藤和義の悪趣味

 今朝がた、深夜放送を聞いていたら(クボトノーマチのナントカ・オールナイトニッポン)、最後の曲として斉藤和義の『歌うたいのバラッド』が流れてきた。
 いい曲だと思った。




ところが、ウィキで斉藤和義を見てみると、このシンガソングライターは
あの人間のクズ・千原ジュニアの「ファン」なのだという、それも熱烈な。
馬鹿じゃないかと思う。



 まともな曲を作るシンガーソングライターでも、こんな趣味の悪い男がいるのだと呆れた。こんな素晴らしい歌を作っていながら、どこまで腐ってしまったら「千原のファン」であると公言できるのだろう? 恥ずかしくはないのだろうか。
 斉藤和義は、千原の来年の誕生日に、
「冷凍鶏肉のバラッド」
 と題する歌でも作って、このクズ(千原)の40歳を祝ってやることである。



資料 室井佑月 その2


http://dot.asahi.com/news/domestic/2012092601719.html
 ここのところ毎日のように報道されている竹島問題。これに対し、小説家の高橋源一郎氏は「どうでもいいこと」と発言。作家の室井佑月氏は元夫のこの発言の真意をくみ取り、「正しいじゃん」と話す。

*  *  *
 韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領が竹島に上陸した。

 李明博大統領による日本固有の領土・竹島への上陸や、慰安婦問題などをめぐる一連の発言について、野田首相は、「理解に苦しむ発言で、遺憾であります」と述べた。

 尖閣諸島の中国の領有権を主張し、抗議船に乗船して尖閣諸島への上陸を目指していた活動家ら7人が、魚釣島に上陸した。

 沖縄県警は間もなく、上陸した5人を入管難民法違反(不法上陸)の疑いで、海上保安庁が船に戻った2人に抗議船に乗船していた7人を加えた計9人を同法違反(不法入国) の疑いで逮捕し、その後、強制送還という形で国に帰した。

 その時の野田首相の発言は、「法令にのっとり厳正に対処していく」だった。竹島も尖閣諸島も我々日本人からすれば、うちらの領土なわけで、野田さんの発言くらい、誰でもいえる。問題は、じゃあどうするか、だ。

 でも、じゃあどうするかは結局、決まっていたでしょう。中国や韓国と、戦争をする気?  経済的なことまで考えようよ。

 野田さんの一応怒ってみせた発言は、この国の国民へあてたもの。政治的パフォーマンス。ほかの国だってそうだ。そうでないなら、対外的に牽制し(島の下に資源があるらしいし)、国民向けはさらっと流せばいい。海外の馬鹿な活動家、それでいいじゃん。

 結局、日本も中国も韓国も、今、ナショナリズムを煽りたい理由がある。

 あたしがわかっているだけでも、中国は格差が広がり暴動が起きている、韓国の李明博は親族らの汚職が取り上げられ「死に体」だといわれている。……この国の問題点は、みんな知っているでしょ。

 テレ朝系の報道ステーションという番組に、元旦那の高橋源一郎が出て、この問題に対して、「どうでもいいこと」と発言し、方々でさんざん叩かれている。

 彼は領土問題がそれぞれの国の、自国の目くらましに使われているといったんだ。それはどの国の人々にとっても良くないことであると。

 正しいじゃん。

※週刊朝日 2012年9月7日号



週刊文春2001614日号
作家・室井佑月が離婚決意
「夫・高橋源一郎とは明るく別れます」
 あるラジオ番組の最後に、重大な告白がサラリと流された。
-最近、占い師に相談したことある?
「あるッ! ダンナの浮気」
-占い師のアドバイスは?
「別れろって。私は、占い師の言うことを信じるよ」
 TBSラジオの人気番組「ラララ日ようび」(六月三日)でのことだった。占い師のことで水を向けたのは、この番組のパーソナリティーで、芸能界に復帰したばかりの近藤サト。
 夫の浮気について話したのは、作家の室井佑月氏(31)だった。
 室井氏の「ダンナ」といえば、同じく作家の高桃源一郎氏(50)である。
 高橋氏は、昭和五十六年、『さようなら、ギャングたち』で群像新人長編小説賞優秀作を受賞後、同六十三年、『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞を受賞して、文壇を駆け上がった。
 ポスド・モダン文学の旗手と評価が高く、スポーツ紙の競馬予想でも活躍する人気作家。一時は「スポーツうるぐす」(日本テレビ系)のレギュラーコメンテーターも務めていた。
「最近の高橋さんは、明治時代の文豪たちを、現代にクロスオーバーさせる手法を盛んに取り入れています。奔放な恋愛や性を好んで表現するので、“新無頼派”と呼ぶ評論家もいます」(文芸評論家)
 この手法の代表的な作品は、朝日新聞に連載中の『官能小説家 明治文学偽史』。
 いっぽう室井氏は、十九歳でミス栃木に選ばれた後、女優、レースクイーン、銀座のクラブホステスなど異色な経歴を持つ“才色兼備”作家。女性側からの主体的な性表現が、若い読者に受けている。
「テレビやラジオでも、性に関する大胆発言をポンポンロにしたり、タレントとしての才能もある」(芸能記者)
 高橋・室井夫妻は、三年前から同棲し、その後結婚。昨年、一粒ダネの男の子が誕生した。
 しかし、二人が同棲している時、高橋氏は、“おしどり夫婦”と評判だった三人目の夫人と入籍したまま。そのため、「火宅の人」「愛人騒ぎ」などと、マスコミで騒がれたこともあったが、二人は意志を貫いた。
 確かに人もうらやむ人気作家同士の結婚だったが、結局、続かなかったのだろうか。
 実は小誌にも一週間ほど前、夫婦の危機を伝える話が入っていた。マスコミ関係者
からだった。
 「高橋さんが二十五歳ぐらいの女性にメロメロになっちゃったそうです。佑月さんは浮気されたうえに、かなり辛い目に遇ったらしい。それで彼女は離婚したがっているのに、高橋さんが、離婚届にハンコを押してくれないんですって」
 そしてこの人物は最後に、「高橋さんは、実生活を私小説風に書くクセがあるから」
 と、アドバイスを残した。
 そういえば、前回の「愛人騒動」の渦中でも、高橋氏は、当時連載していた小説『日本文学盛衰史』の中で、室井氏を連想させる女性を「夏」という名前で登場させていた。
 そのときは、競馬エッセイストの前夫人も、小説『アイ・ラヴ・エース!』で“反撃”としか思えない男女の愛情のもつれを綴った。
〈「新しい奥さんも見つかったから僕の目の前から消えてくれって言われたわ」
 「ひどいやつだな」(略)
 「あたしがベランダから飛び降りようとしたら……」〉
「投身自殺」を何度もほのめかすリアルな内容が印象的だった。
 高橋氏の最近作を片っ端からあたってみた。すると、それらしい表現がいくつかの作品にあるではないか。
〈マキは二十四歳で六本木のキャバクラでバイトをしている〉〈フィレンツェで、わた
しはマキと知り合った。(中略)マキはその時、観光ガイドをしていた〉〈三度目に会った時、わたしたちはセックスした〉(月刊『プレイボーイ』七月号)
 作品で描かれている逢瀬の舞台は、箱根の高級和風温泉旅館。箱根の遅い桜や創作会席料理などで繰りひろげられた、夜を迎える二人の“儀式”は、〈荒々しい官能の予感〉を想像させる。
〈大柄で肉感的なマキの体を包むには、その桜色の浴衣は性の匂いが濃すぎるような気がした。だが、ここならそれも許されるだろう。ここはそういう場所なのだから〉
 その“不倫”延長上とも思える箇所が、朝日新聞連載中の小説にもあった。
〈昨日、妻から電話がかかってきた。(中略)
「離婚届、まだ出してないの。あなたに考える時間をあげようと思って」〉(五月二十九日付夕刊)
 いずれにしても、「離婚」を問題にした表現という点では共通している。事実なら、高橋氏にとっては四度目の離婚になる。
 真相をうかがおうと、中野区内にある、二人の“愛の巣”を訪ねた。
 その家には、室井氏の両親も同居、三世代五人家族のはずだった。しかし、あるじである高橋氏の姿だけが見えなかった。
 室井氏は、言葉少なく、しかし明るく話し始めた。
「離婚することに決めました。(高橋氏は)ゴールデンウィーク中の深夜、私たちにもわからないように家を出ていきました。もう連絡は取れません。私は、できるだけ早く離婚したい。弁護士さんを介して、離婚の手続きを進めているところです」
-「二十五歳ぐらいの女性」が原因ですか?
「気づけばよかったんですけどね。たとえ、結婚していたとしても、ほかに好きな人ができてしまったら、仕方がないから。私は、明るく別れるつもりです」
-彼が「やり直したい」と言ってきたら?
「私は、離婚することを決心したんです」
 高橋氏にも真意を確かめようと、連戦中の朝日新聞の担当者を介して取材をお願いした。だが、
「プライベートな問題では、取材をお受けしないことにしています」
 と、伝言が返ってきた。
「高橋さんは、新しく借りた家で、若い女性と同居を始めましたが、女性問題以外にもトラブルがあって、室井さんは苦労されているようです」(マスコミ関係者)
 確かに芸術家にとって、離婚は“芸の肥やし”。しかも高橋氏は四度目で、慣れていらっしゃるに違いない。
 二人にとって、納得できる結末であって欲しい。

資料 札幌 医療


毎日新聞2013年1月29日
札幌市 渡部副市長が退任へ
児童心療センター 常勤医問題影響か
 札幌市の上田文雄市長は28日、臨時の記者会見を開き、渡部正行副市長(62)が今月末に退任すると発表した。市児童心療センターの常勤医5人のうち4人が今春退職する予定だが、保健福祉を担当する渡部氏は後任の確保が難航。「(担当者を変えて)局面を打開したい」として、辞表を提出していた。
 渡部氏は札幌医科大卒の精神科医で、上田市長の長年の友人。道職員を経て市保健福祉局医務監に就任。11年7月に副市長に抜てきされた。任期4年間の半分以上を残したまま「極めて異例」(市幹部)の退任となる。
 発達障害のある子どもを診療する心療センターは12年4月に発足。市は児童福祉と医療の連携強化のため、14年度に肢体不自由児を診る市発達医療センターなど5施設との複合施設化の計画を立てている。退職医師は「個人的な事情」を理由にしているが、一部には
「(複合施設化は)現場の意見を聞かずに進められた」と批判する声もある。
 医師が退職を表明した昨秋以降、渡部氏は後任派遣を要請してきた北海道大医学部の同意を得られず、市議会などから手腕を問う声が上がっていた。上田市長は会見で「デリケートな問題で、(説明は)差し控える」と述べ、難航の理由は明らかにしなかった。
 一方、「(担当が)渡部氏だから混乱しているわけではない。更迭ではない」と強調。自身の任命責任は「副市長が働きやすい状況を作るという役割を果たせず、反省している」と謝罪した。
 後任の副市長は4月以降に選任し、それまで1人少ない2人体制とする。【高山純二】



2013年1月29日火曜日

ニュース

婚約破棄:「在日差別意識に起因」 女性が市議を提訴

 婚約相手だった兵庫県内の自治体の30代男性市議に自分の祖父が在日韓国人だと告げたところ、婚約を破棄されたとして、大阪市の会社員の女性(28)が市議に550万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こした。市議側は結婚できない理由として「政治的信条から消極的にならざるを得なかった」と説明しているが、女性側は「差別意識に起因し、不当だ」と批判している。人権問題に詳しい専門家からは市議の対応を問題視する声が上がっている。

 提訴は昨年10月。訴状などによると、市議と女性は結婚相談所の紹介で同3月に知り合った。市議は同6月、「あなたのことが大好きです」などと書いた手紙を渡して「結婚したい」と伝え、女性も承諾した。しかしその数日後、女性が自分の祖父は在日韓国人だと市議に伝えると、市議は「韓国の血が流れている」などとして婚約を破棄したという。女性自身は日本国籍だった。

 市議側は地裁に提出した書面で「結婚したい」といったん女性に伝えたことは認めた上で、「保守派の政治家として活動し、在日韓国人らに対する選挙権付与に反対するなどの政治的スタンスをとっており、政治的信条などから結婚できないと考えた」と説明。さらに「婚約は成立していない」として請求の棄却を求めている。

 市議本人は取材に「弁護士に任せているのでコメントできない」としているが、女性は「どれだけ人を傷つけたのか、深く受け止めてほしい」と話した。在日外国人問題に詳しい田中宏・一橋大名誉教授は「結婚で出自を問う発想は問題だ。政治家としての考え方があるから正当化されるものではない」と指摘している。

 判例などによると、双方の両親や友人らに婚約の意思を伝えている▽結納や指輪の交換をした--などの事実があれば、婚約が成立したとみなされる。過去には、日本人男性から国籍を理由に婚約を破棄されたとして韓国籍女性が男性に慰謝料などを求めた訴訟で、大阪地裁は83年、「民族差別の存在に起因した迷いから婚約破棄したのは不当」として、男性に約240万円の支払いを命じた判決がある。【渋江千春】
2013年01月28日 16時11分 毎日新聞
 
▲:美元と別れた(?)高嶋政伸のことを思う。そういえば、どこかで去年の大みそかの紅白の写真を見た。歌っているコリアン粗暴女(和田アキ子)が、美元とまったく同じ顔をしていることに(その写真では)驚いた。仮にアメリカで、ヨーロッパの国で、あるいは「日本以外のどこかの国で」、このような裁判がそもそも成り立つのだろうか? 個人生活にも・個人の伴侶の選択にまで裁判所が踏込んでいるという変わった国が日本である。結婚で出自を問う発想は問題だと田中宏はほざいているけれども、それは「個人の人生観であり個人の自由である」ということが理解できないのだろうか? 何も会社の職員採用を話しているのだはない、個人が一生の伴侶を選ぶ個人的な選択の場面なのである。出自を重要視しないのも個人の自由、出自をあれこれ気にするのも個人の自由のはずである。田中宏って、一橋の学生に一体何を教えてきたのだろう、と呆れた。




● 「アイリス効果」もう一度…ロケ支援費出す秋田

 韓国のテレビドラマ「IRIS 2」の秋田県内でのロケが24日夜、同県大仙市で始まった。

 2009年、県内でロケが行われた前作が韓国で大ヒットし、韓国人観光客の来県が急増。県と秋田市など8市町は今回、“アイリス効果”の再来を期待し、総額約8330万円の県内ロケ支援金を用意した。一部で疑問の声もある費用対効果は、今春以降、はっきりしそうだ。

 県観光振興課によると、昨年12月、監督ら撮影スタッフ約20人が県内を訪れ、シナリオのイメージに沿ったロケ地を確認。制作会社の代表ら約50人の撮影隊が今月24日に来県し、既に来県していたスタッフ十数人と合流し、撮影を始めた。2月4日まで県内各地で撮影する予定だが、制作会社側はファンの殺到による混乱を避けるため、具体的なロケ地や撮影日程は公表していない。

 ドラマは全20回で、韓国では2月13日から週2回放映される。主演は前作のイ・ビョンホンさんとキム・テヒさんから、韓国のテレビドラマ時代劇「チュノ」で人気を博したチャン・ヒョクさんとイ・ダへさんに代わった。昨年11月から韓国などで撮影し、日本でのロケは秋田だけの予定だ。日本での放映は未定。

 前作は09年3月に県内で撮影され、韓国での放送後、韓国人観光客が増加。秋田―ソウル線の利用者は10年、過去最多の4万463人で、このうち韓国人が前年比約60%増の2万3370人を占めた。だが、東日本大震災での福島第一原発事故による風評被害などで、韓国人観光客は大きく減った。

 こうしたなか、佐竹知事は11年秋の訪韓時、制作会社に続編の制作にあたり、再び県内での撮影を求めるなど、県などが誘致を進めてきた。

 県は昨年、19市町村などと「韓国ドラマ秋田サポート委員会」を組織。先月、制作会社への制作協力費に充てる負担金などロケ支援費3824万円を予算化した。秋田市など8市町も、同様の支援費を準備。湯沢市も近く予算化する方針だ。

 前作で飲食店や横手城などでの撮影で協力した横手市は昨年5月、韓国の制作会社や旅行会社を巡る県のPR活動に市職員を同行させ、横手をアピール。今回、ロケ支援費約1200万円を用意した。今月17日には市観光連盟や横手署、市内の宿泊施設など28機関・団体で「韓国ドラマ横手サポート委員会」を結成。市内でのロケを急きょ要請されても対応できる態勢を整えた。

 市観光物産課の加賀谷秀昭課長は「以前の経験から、撮影には急な日程変更があるものと思っている。韓国での露出を上げて、横手の認知度を上げたい」と期待する。

 市観光連盟の奥山和彦会長は「韓国人だけでなく日本人も横手に来てくれるかも知れない。大勢来る事に期待して、ロケ地を巡るツアーなど、町をにぎやかにできることをやっていきたい」と様々な観光構想を練り始めている。

 一方、横手市の飲食業の男性(40)は「前回の主演は有名だったが、今回は名前を聞いても分からない。前回ほどの経済効果を期待できるだろうか」と疑問を呈した。(大郷秀爾、津田知子)

(2013年1月27日17時44分  読売新聞)
▲:痴呆自治体は好き放題に税金を浪費しているということ。




2013年1月28日月曜日

資料 田中均


週刊現代 20021130日号
自業自得!? 米政府高官に罵倒された田中均の落日
 小泉電撃訪朝の「立て役者」から「売国奴」へと評価が一変した田中均・外務省アジア大洋州局長(55歳)が、北朝鮮への対応をめくって米政府高官から罵倒されていた。
 11月9日、都内のホテルで日米韓3カ国の外務省局長級政策調整会合が行われた。田中氏、米国務省のケリー国務次官補、そして韓国の李泰植外交通商省次官補らが出席し、対北朝鮮政策が協議された。
 ここで、ケリー氏の隣に座ったリチャード・ローレス米国防総省次官補(対アジア・太平洋安全保障担当)が、田中氏を罵倒したのだ。
 このローレス氏とはいったい何者なのか。
「ブッシュ・シニア政権当時に国務省のアジア担当として大統領の信任が厚く、その後は共和党系のシンクタンクで理事を務めた対アシア外交のエキスパート。国務省のケリーを表に立てながら、国防総省からわざわざローレスを派遣した背景には、ブッシュ現政権の強い意思表示が透けて見える」(外務省幹部)
 ローレス氏がヒートアップしたのは、ケリー氏が核開発を認めた北朝鮮への重油供給をストップする意向を示したのに対して、田中氏が難民問題を引き合いに出して反論してからのことだ。
「いいか、難民と言うが日本にどうやって来る? 北朝鮮から日本に来る船はどこにある? 油は北朝鮮のどこにある? 知っているなら教えて欲しい。そんなものは北朝鮮にはもうない」
 という発言を皮切りにローレス氏が持論をまくし立てると、田中氏はしはらく沈黙してしまった。その後、呟くような声でこう答えた。
「しかし、わが国には拉致問題があり……」
 ローレス氏はこのとき、田中氏の言葉を遮って次のようにブチ切れた。
「現体制が変わらない限り、拉致問題は解決しない。解決には体制を変えることが最も早い方法だ。そのためには現体制を延命させる支援など一切すべきでない。これ以上、朝鮮銀行系金融機関に公的資金を投入することも、新潟で行っている貿易もすくにストップする必要がある」
 一方、詰め寄られた田中氏は、これまでの議論でストレスが溜まっていたのか、「それは内政干渉だ」
 と声を荒らげた。が、ローレス氏は田中氏を一蹴するがごとく、こう罵倒した。
「内政干渉ではない。ミスター田中、あなたはいったい何を守ろうとしているのか? 日本の金融機関から北朝鮮にカネが流れていることは国際的に明らかだ。そのカネで北朝鮮は何をしている? テロリストを支援し、核開発をしているではないか。内政干渉? 冗談じゃない! あなたが行おうとしていることこそ、国際的なルール違反だ。しかも、重大な違反だ」
 まさに自業自得。アメリカの後ろ盾すら失った田中氏の「落日」は明らかだ。

資料 室井佑月


2006.02.28
松任谷由実の堕落 スピリチュアル・イノシシ(スピリチュアル山師)の江原啓之 週刊文春記事全文 その1  [ 由実 ]     

 私は常々、『現代日本イノシシ4人組』として、堀江貴文・秋元康・福田和也・江原啓之を考えていた。今回、誠意の一かけらもないバカ男・永田寿康民主党議員の事件に関連したニュースを見ていて、野田佳彦(柔道2段・頭は散々)という男を仔細に観察することができたのだが、この『傲慢脂ぎり男』なら例のイノシシ仲間に加わる資格が十分にあると思えた。『白波五人男』ならぬ、『イノシシ五頭雄』としてどこかの舞台で決め台詞を吐いてくれたなら、さぞかし評判になることだろう。

 ちなみに、以下は昨年4月1日付けの私のブログにある文章である。

●……そのコマーシャルのあとに、これもフジテレビの特番の宣伝が流れた。江原啓之という男を使ったオカルト的な霊魂番組。この男、「スピリチュアリスト」としていろいろな雑誌やテレビに登場(確か『文藝春秋』にも――)しているけれども、顔を見ただけで「ニセモノ」だと解らないのだろうか? 私はこの男のいやらしい目つきや不潔なヒゲを目にしただけでゾッしてしまい、鳥肌が立つのだけれども……。このような気持ちの悪い怪しい連中がやっている「スピリチュアル商売」に手を貸すとは、フジテレビには呆れる――というか、こんな一見しただけで「山師」と判る男の話に耳を傾ける人たちに呆れてしまう。(引用終わり)


 というわけで、今日は「いやらしい目つき、いやらしい話し方、イノシシを凌駕する体重を誇るスピリチュアル山師」江原啓之についての話なのである。

 で、前置きはまだ続くのである。
 今朝、地下鉄まで奥さんに車で送ってもらっていたら、FMラジオから松任谷由実の歌が――最新曲が流れてきた。そのあまりのつまらさに――この歌のメロディーも歌詞も吐き気がするほど陳腐であることに愕然としてしまった。ゴミのような、キロ何円かで売られる屑紙のような歌だった。後でネットで調べてみた。オンエアーされた曲についてはFM局のホームページで簡単に調べることができる。歌は、

● 虹の下のどしゃ降りで 松任谷由実 with FRIENDS OF LOVE THE EARTH


 かつて、あれほど魅力的な歌を作ってきた松任谷由実だけれども、今ではすっかり才能を枯渇させてしまい(まぁ、52歳になったのだから「感受性」を喪失するのは当然かもしれないが)、文字通り老醜を晒しているようにしか見えない。いまどき、15,6の小娘のような新人ですら、これほどダサイ歌は歌わないだろう。かつての「天才」の輝きを知っているだけに、その「萎びきったオレンジ」のような老残ぶりには目を覆いたくなる。

 しかし、歌だけではない。
 松任谷由実は精神面でも、おかしな連中を「讃美」するようになってしまっている。つまり、ボケてしまってきているのである。そのおかしな連中の筆頭が、この江原啓之というスピリチュアル・イノシシである。
 以下は先週号の『週刊文春』から引用である。本当は、一部だけを引用しようと思っていたけれども、資料として貴重になるだろうから、全文引用することにした。



● スピリチュアルカウンセラー 江原啓之の「正体」

 和田アキ子、君島十和子、花田勝が心酔する謎の霊能者「過去」と「実像」
 週刊文春記者 中村竜太郎

「あの人は絶対ホンモノ!」「百万円払っても見て欲しい!」。今や有名芸能人や各界著名人が「一番会いたい人」と口を揃えて言うのがスピイチュアルカウンセラーの江原啓之氏。守護霊や前世をピタリと言い当て、悩める相談者を導くというのだが……一体何者なのか。


 現在テレビや雑誌、講演などで活躍する江原啓之氏(41)は、OL・主婦を中心に、圧倒的な人気があり、“霊能界のヨン様”ともてはやされるスーパースター。昨今の占いブームの立役者でもあり、“エハラー”と呼ばれる熱狂的な追っかけファンもいるほど。

 林真理子、室井佑月、柳美里(松浦註・出版界の女流3バカとして夙に有名)、よしもとばなな各氏ら人気女性作家と親交があり、松任谷由実や二谷(平田)友里恵らセレブの信頼も厚い。あの君島十和子もお忍びで通っているという。元横綱若乃花の花田勝氏も現役時代からのお客様。おもてには出ていない政財界のVIPも相当いるらしい。
 94年『an・an』で初対談して以降、オペラや開運ツアーに一緒に行くなど、仲がいい林真理子氏が語る。
「江原さんが下北沢のアパートで開業していた頃から知っていますが、あれよあれよという間に有名になっていきましたね。私はわざわざロンドン、バルセロナに見てもらいに行くほどの占いフリークでいろんな人に会いましたけど、すぐ墓を建てろとか、すごくお金を使わせる。でも江原さんはそういう事が一切ない。またお金、名声を得て変っていく人を今まで何人も見たけれど、江原さんは本当に素朴で、純粋なところは変らない。
 私が40を過ぎたころに江原さんが『林さん、赤ちゃん抱いているの見えますよ』って言うから、『そんなことないんじゃないですか』って言ったら、『病院行ってください。頑張って作ってください。ご先祖が子供が出来ないままを望んでないから』と勧めてくれた。彼がいなかったら多分子供は作っていなかったと思う」
 江原氏は個人カウンセリングを3年前から止めているが、それがかえって熱狂的な人気を呼んでいる。

美輪明宏は「彼はホンモノ」


 そんなカリスマ霊能者に接することができるのが『オーラの泉』(テレビ朝日系)。YOKIOの国分太一が司会、美輪明宏を指南役とし、江原氏がゲストを霊視することで、素顔や人生を浮き彫りにするというトークバラエティ番組だ。自身も霊能者で天草四郎の生まれ変わりだという美輪明宏が江原氏を評価する。

「十年ほど前に作家の佐藤愛子さんから紹介を受け、江原さんを霊視したらホンモノだと確信しました。霊能者は99パーセントがインチキでも、1パーセントのホンモノがいる。江原さんはそのひとり。元神主で知識も豊富だし、何より評価したいのは、彼がお金儲けでやっているわけではないということです。いつも自分のことよりも人のことを心配し、相談に乗るとかわいそうだって泣く。慈悲の心は必要だけど、あれじゃ体がもたないわよって私は言ってるんです」
(松浦註・つまり、美輪明宏の「霊視」もインチキであり、インチキがインチキを「ホンモノ」と持ち上げているということになる。それよりも、今はすっかり岩波書店の犬として拉致被害者の苦痛を理解できない美輪明宏は、こうしてDHC以外でも潤沢な資金源を見つけたということか。美輪明宏も今年の5月で71歳。老醜を晒し続けるつもりなのだろう。『紫の履歴書』は面白かったのに。)

 着物姿の江原氏は終始ニコニコしてうなずき、優しい口調でアドバイス。おどろおどろしい霊能者のイメージはない。なんの脈絡もなく「あんた死ぬわよ」「地獄に落ちる」と恫喝まがいの発言を繰り返す細木数子とは正反対。しかしいざご神託となると、柔和な表情のまま、ズバッと斬る。

 奥田瑛二は「ボロボロの身なりをした変った坊さんが守護霊で、タコ踊りをしている」。離婚した杉田かおるは「先祖に大変な酒乱がいて、お酒を飲むとその人が憑依してしまう」。
 オダギリジョーの自宅を霊視で覗き、「家にある髑髏グッズを処分したほうがいい」と助言、アメリカ留学時代からくっついてきた霊をその場で除霊した。
「深夜枠の番組でこれほど豪華なゲストを呼べるのは、ひとえに彼らが江原さんに占って欲しいから。ノーギャラでいいから出たいというタレントもいる。ゲストは収録が終わった後、長いときは2時間くらい、江原さんをスタジオの片隅でつかまえて個人相談にのってもらっている。みな収録の時以上に真剣な様子で、途中で涙ぐむ人もいます」(テレ朝関係者)

 さらに、和田アキ子(松浦註・出ました島田紳助擁護の粗暴タレント、芸能界の女番長)では、「喉が渇く」と訴える和田に、彼女の頭のあたりを、上目遣いにチラチラ眺めながらチェック。

江原「オーラで多く出ているのは情愛を示す紫。あとはひょうきんさを表す黄色。赤は情熱や強さを表すんだけど、意外や意外少ない。和田さんは嫌なこと、辛いことから逃げてしまうところがありますね」
 そして守護霊診断と続く。
江原「まず、3つかそこらで亡くなった男の子。で、もうひとりは……見えることだから素直に言いますね。黒人の女性です」
和田「黒人っていったらレイ・チャールズしか思い出さない」
江原「うん、補助霊としてレイ・チャールズもいます。そっちのジャンルのことよくわからないんだけれども、その……ブルースとか、そのジャンルをとにかく『守り抜いていきなさい』って言っている」
 江原氏の言葉に感動した和田は、出演前日に歌手引退を思いとどまった。江原氏は肝心の黒人女性は大物ジャズ歌手のビリー・ホリディーだと最後に明かし、“芸能界の女帝”の人生を決定づけたのである。
(松浦註・あまりのバカらしさに言葉を挟む気も失せるけれども、和田アキ子に守護霊や「補助」霊がいるとしたらレイ・チャールズやビリー・ホリデーではなく、性根の腐った粗暴な誰かの死霊がその役目を担っていることだろう。ちなみに、以下はウィキペディアから――●真冬に出川哲朗と同じホテルの別の部屋に宿泊し、「人間が寒さにどこまで耐えられるか見たいんや」とパンツ一枚でバルコニーで一晩過ごすよう強要。出川は携帯で連絡を取るも、和田のマネージャーが和田の部屋の鍵を開ける事を拒否し、凍死寸前まで追い込んだ●TBS系報道番組『筑紫哲也 NEWS23』の人気コーナーだった「ちくしてつやの真夜中トーク」に和田アキ子が登場した際、和田がほろ酔いし、暴れたことからこのコーナーは終了してしまった)

『オーラの泉』の今年2月8日放送(ゲスト・三谷幸喜)の視聴率は14.3パーセントをマーク。

 一般人を霊視した『江原啓之スペシャル 天国からの手紙』(フジテレビ系・昨年12月30日放送)の視聴率は15.9パーセント。
「この勢いだと年内までには細木数子の人気を一気に抜く。テレビ界の新たな救世主としていま、民放各局が争奪戦を繰り広げています」(民放制作関係者)
 単行本・文庫本計35冊の総発行部数は、なんと約767万部。最多は、『幸運を引きよせるスピリチュアルブック』(三笠書房)で、105万3000部。印税を定価の10パーセントとして計算すると、35冊分の印税総額は約7億1787万円、これをわずか10年で手にしたことになる。
『スピリチュアル幸運百科』(50万部)などを販売する主婦と生活者では、「昨年末から急激に売れています。今年1,2月は何度も増刷しています」と語る。

 一般人が江原氏に直接会えるのは、年数回開かれるトークイベントのみ。そのチケットは発売後わずか10分あまりで完売する。

「入場時に『公開相談申し込み用紙』が配られ、それに悩みを記入して、抽選箱に投函します。選ばれた人が壇上に上がって霊視を受けることができるのですが、その相談事を会場で聞いて、スピリチュアル体験を味わい、会場にいる全員で共感するんです」(イベント参加者の女性)


2006.02.28

松任谷由実の堕落 スピリチュアル・イノシシ(スピリチュアル山師)の江原啓之 週刊文春記事全文 その2  [ 由実 ]     
文化祭でイルカの「なごり雪」

 イベントでは声楽を学んだ江原氏のバリトンが披露され、天使のような白衣をまとった江原氏がステージで「癒しのエンターテイメント」を繰り広げる。(松浦註・この場面をちょっと想像しただけで、猛烈な吐き気に襲われてしまったので、ナウゼリンを1錠飲み下してからプリンペランの点滴を受けに行ってきました。)

 だが、現在の爆発的人気のわりに、江原氏の「過去」はあまり知られていない。
 江原氏は1964年12月22日、墨田区で生まれ、江東区の下町で育った。父親は江原氏が4歳の時亡くなり、その後、母親が女手ひとつで江原氏と、7歳年上の姉を育てた。
 江原氏の著書『スピリチュアル人生相談室』などによれば、生まれつき予知能力が備わっており、父親が亡くなる数日前から父親のまわりを真っ黒い闇が取り巻くのを感じ、どこか遠くへ行ってしまうような気がして恐くなったという。
 小学校の図工の時間で、写生をするため荒川のほとりに出かけた際、どこからか
「ねえねえ、こっちこっち」
 とささやく声がする。その声に導かれるように行くと、川面に痛いが浮いていたのを発見。当時の新聞に掲載された事件もあった。
 初めてはっきり霊の姿を見たのは10歳の時。通学途中の交番の前に、防空頭巾を被ったお母さんと女の子が立っていた。そしてある晩、2人が部屋にやってきて、女の子が
「家族はどこ? どこへ行けば安全なの?」
 と聞いてきたという。
 中学時代の同級生は
「江原君に霊的な能力があったとは聞いていませんし、そんな素振りもなかったですね」
 と振り返る。
「優しくて、ほんわかとした感じでした。優等生で、勉強をよく教えてもらった。ギター部に所属していて、イルカの『なごり雪』を文化祭で弾いていました」

 前出の自著によれば、中学2年の時、自分が母親の遺影を抱いて葬儀に参列する夢を見て、しばらくして母親が倒れてしまう。診断の結果は末期ガン。まもなく母親は亡くなった。

 江原氏は大学進学をあきらめなければならないと思い、将来は手先をつかう技術職につこうとデザイン科のある高校に進学。放課後はアマチュア合唱団の練習に参加していたという。
「当時から体重100キロ以上あった。明るいやつで、オペラの真似事をして、みんなから笑われていた。でもマラソン大会はしんどそうでした」(高校の同級生)
 江原氏はジム通いと林真理子氏紹介の和田式ダイエットで50キロ減量したが、学生時代には相撲部屋にスカウトされたこともある。
 江原氏が霊能活動に目覚めたのは18歳の頃。両親を失った江原氏はアルバイトをしながら和光大学に進学。だが、毎日のように起こる霊現象のため心身を病み、中退してしまう。
「彼は有名な学生でした。うちの大学は変わり者が多いのですが、なかでも目立つ学生でした。いつもランニングシャツにどてらを着込んで、腹巻までし、まるで裸の大将のようでした。お金がなくて服が買えないというのではなく、パフォーマンスだったと思います。
 取り巻きの学生7、8人を引き連れ食道の前で円陣を組んでいました。1年中同じ格好で、彼の演説をまわりの学生が聞いている感じでしたね。学生の多くは変わり者扱いしていたと思います」(和光大学人文学部芸術学科時代の同級生)
 霊現象に悩まされた江原氏は、当時20人近い霊能者に相談。ようやく日本心霊科学協会の寺坂多枝子氏い出会い、本格的に霊能者としての道を歩き始める。
「昌清之命(まさきよのみこと)」という僧侶が守護霊だと教えられ、また夢で地蔵から「人を救うのがお前の生まれた目的である」とお告げを受けたという。
 1年間寺で修業した後、北澤八幡神社に奉職し、23歳の時、神主の資格を取るために国学院大学別科神道専修2(松浦註・ここはローマ数字)類へ入学した。

「この研究を続ければ有名に」


「江原さんは学生時代から、何度も『この研究を続ければ有名になる』と言って自信を持っていた。私たちは渋谷駅から大学まで歩いていくのですが、ある時彼は気分が乗ったのか、突然オペラ風の歌で発声練習を始めました。びっくりしましたが、結構、迫力がありましたね。眼には無頓着でしたが、入場料の高いオペラを見に行っていたようです」(国学院時代の同級生)

 大学卒業後、自宅アパートに、霊視による個人カウンセリングを行う「スピリチュアリズム研究所」を開業した。
 江原氏をスピリチュアルカウンセラーとして世に送り出したのは、作家の佐藤愛子氏だった。
 江原氏は恩師・寺坂氏を通じて佐藤氏と知り合い、『あの世の話』(文春文庫)という共著もある。
(松浦註・スピリチュアルイノシシは、文藝春秋から文庫を出しているということ。そして、この『週刊文春』も同じ会社のもの。月刊の『文藝春秋』の記事では、昨年、イノシシヨイショの記事を出していたから、同じ文春という会社の中でも「争い」があり、イノシシに批判的な人物が週刊誌のほうにいるということなのかもしれない。毎週毎週、林真理子がこの週刊誌に駄文を曝しているけれども、その連載の中でこのスピリチュアル・イノシシ讃美をしたことはなかったのだろうか? 佐藤愛子は、『新潮45』の北海道を舞台としたオカルト連載でも有名な通り、「いっちゃってる」オバサン。)

『あの世のはなし』で江原氏は、「幸せとは物質主義的価値観から離れることだ」「人間は物質で豊かになろうと思っても、絶対に欲はつきない。私は、プアー・イズ・ビューティフルだと思うんです」と説いている。

 最近はずっと会っていないですが、と前置きして、佐藤愛子氏が語る。
「江原さんと親しくなって10年あまりになりますが、その頃から江原さんは日本人の波動が下がっていること、精神性が衰弱して物質的価値観になりつつあることをとても心配し、私はその影響を強く受けた。
 江原さんがマスコミに登場したことで、これまでいかがわしいもののような扱いを受けていた心霊世界が市民権を得たのはよろこばしいことですけど(松浦註・本当に、佐藤愛子が「いっちゃって」るのが解る、Sイノシシの登場で、心霊世界は益々山師たちに悪用されていることが理解されるようになっただけであるのだから)、その一方で江原さんの霊視が当ったとか当らないとか、好奇心だけで関心を持つ人が増えてきているのは、仕方ないこととはいえ、残念です。何としても江原さんの初志を浸透させていただきたい。これはとても困難なことかと思いますが、あえて注文したいのです」

 93年5月、江原氏は、歌手のイルカの紹介で知り合った夫人と、赤坂の日枝神社で挙式した。江原氏と家族ぐるみでロンドン旅行に行ったこともあるというイルカが振り返る。

「FM東京のレギュラーをやっていた時、スタッフから紹介されたのが始まり。ちょっと苦しそうだったけどきちっとスーツを着て、好青年という感じでした。『僕が中学校の時に初めて行ったコンサートがイルカさんのコンサートなんですよ』とか自己紹介した後、『早くに両親が亡くなって、寂しい思いをした時はいつも歌を聴いて心慰められて、お会いできると思ってました。いつかご恩返しが出来たらいいなと思っていました』とすごいこと言ってくれたんです。礼儀正しくて、あったかい人柄がにじんでいて、良い人だなあっていう印象がありました。それから意気投合して、今も仲良くさせてもらっています」

かつての知人は「インチキ」


 少年時代からの憧れの人に手放しで褒めちぎられて、江原氏もさぞかしご満悦に違いない。だが一方で、20代の江原氏をよく知る人物はこう語るのである。

「とにかく口がうまい男です。最初『自分は霊能力がある』と近づいてきた。興味を持って聞いたら、『自分は小さい頃から両親がいない。孤児同然です。バイトをしながらいろんな勉強をし、ひとりで生きてきた』と言うので、気の毒に思って、アパートの家賃を出してやったり、食べさせてやったりした。
 なのに私が紹介した友人に陰で『霊的に見て、あの人は悪い人間だから付き合わないほうがいい。私と付き合った方が得です』と言い、うまく取り入って、今度はそっちからいろんな援助を受けていた。
 何か都合が悪くなると、突然守護霊が憑依したような振りをして、『うーむ、ワシじゃ、マサキヨじゃ』と唸って煙に巻こうとする。私が『そんなんで騙されると思っているのか』って怒ると、そのままグッタリしてたぬき寝入りを決め込む。(松浦註・正確にはこの場合イノシシ寝入りと呼ぶ)
 ただ、食欲だけは人の3倍。『何も食べるものがない。ひもじい』とよく言ってたけど、ちゃんと食べるものはあったし、だいいち、それでも丸々と肥っていたんだから、まったく説得力はないです。
 霊能力があるというから、いろんな人に見せても、当時はことごとくはずれてました。霊能力者として成功しているというのが信じられない。私はインチキだと思ってます」

 江原啓之とは一体何者か。超多忙の本人に聞いた。

 ――スピリチュアルカウンセラーになったきっかけは。
「やはり両親が早く亡くなったことでしょうね。多感な時期でもあったし、先々どうやって生きていくか悩んで、孤独感を味わった。特に母が15歳で亡くなった時、悶々と悩みました。生きるってどういうことなのか、なんで生まれてきたのか。生きてどうするのか、死んだらどうなるのか。
 そんな時自分自身が今まで見てきた霊的な現象をふと思ったんです。そしたら、父や母はずっと自分を見守ってくれているんだと確信するにいたったんです。
 母の遺言は『18までは普通に生きていけるけど、そこから先は大変なことになる。しかしそれを乗り越えていきなさい』というものだったのですが、実際本当に挫折してしまった。霊障や怪奇現象にのべつまくなしに遭遇しノイローゼ気味になった。仕事もままならず貧乏のどん底。解決しようとなけなしのお金をはたいていろんな霊能者を回ったんですが(松浦註・こうして多数の霊能者の「商売」を見聞きすることで、将来自分の「客」を言いくるめる「技術」を修得することができたんだろうと思う)、どれもいい加減なものばかり。両親が成仏していないから供養料を払いなさいと。結局嘘っぱちの世界なんだろうかと諦めかけていたところに、私の師匠に出会ったのです」

 師匠とは先述の寺坂氏。

「彼女から『あなたは病気でもないし変でもない。ただ特異な体質だから、そういったものを消そうとしても消せない』と教えられ、『男だし、あまりあやふやな世界で生きるのはよくないから、ひとつの方便として宗教の世界に入りなさい』と勧められ、国学院大学で神道を学んだんです。で、神社で神主をやりながら、心霊研究を続けた。そのうちに、イギリスのスピリチュアリズムに出会うんです。あっちは心霊研究が日本よりも50年進んでいて、それで渡英してセミナーに参加したり、個人的にヒーラーの方に可愛がってもらったりして、よりその思想に傾倒し、自分なりのスピリチュアリズムを実践しようと目覚めたんです。
 また神社のご奉仕と並行していろんな方から相談を受けていましたから、89年、『スピリチュアリズム研究所』を設立しました」


2006.02.28

松任谷由実の堕落 スピリチュアル・イノシシ(スピリチュアル山師)の江原啓之 週刊文春記事全文 その3  [ 由実 ]     

 ――いま個人相談をしていないのはなぜなんですか。

「多くの人は魔法みたいに思っていますが、心霊現象で人生は変えられない。私がお伝えしたいのはスピリチュアルな法則、いわば、人はなぜ生まれてなぜ生きるのかという哲学です。
 どうしたらお金が儲かるとか、私利私欲、物質的な利己主義のためにカウンセリングを続けるのはあまり意味がない。私は毎年千件の相談を受けてきましたが、本当にやってよかったと思うのは、せいぜい百件。
 大事なのは生き方を示すこと。そのためには本を出したい。私は一人で、語れるものにも限りがある。本はいろんなところで、いつでも読んでくれる。それで読者の生き方が変るかもしれない」
 ――個人カウンセリングはしないのに、番組では芸能人にだけするのはずるいという声もあります。
「何がずるいんですか。皆が依存心が強すぎる。逆に何様だと思います。テレビでやっているのは芸能人だからその私生活を提供しているわけでしょう。デモンストレーションとして皆さんの人生の参考にしていただければいいんです。一般の人はまずカウンセリング以前に、人間として磨かれるべきでしょう。私の最終目標は霊能者撲滅! 霊能者なんかいなくても、自分のことは自分で解決する」
 ――招霊する時は体力を消耗するんですか。
「集中力は必要ですね。歌にたとえるとウォーミングアップが大切。声のコンディションと同じ」
 ――体調が悪いと見えにくいですか。
「ありますよ。見えないことはないけど、見えにくい。あと相手によって変わる。『オーラの泉』は肯定派が原則の番組でしょ。だからちょっと奇怪に見えると思うんです。私からすれば、人生のサプリメントにしてくださいという感覚ですね」

ライフワークはホスピス活動


 ――かつて著書でテレビに出ている霊能者を批判していましたが。

「傲岸不遜に思ったらごめんなさい。そういうつもりで出演しているんです。霊がついていると脅かしたり、何でも霊のせいにする霊能者を出させないために居座っている部分もある。
 私はメディアの世界から去るのは簡単なんです。テレビに出ている人はみな儲かると思い込んでいるけど、テレビに出ないでカウンセリングやっている方がずっと儲かるでしょう。テレビに出なくてすむんだったら出たくない。私が去ったら、急にまた、あなたの守護霊はなんだと言う人が出てくるかもしれない。そしたら、もういいや、言うこと言ったしって思うでしょうね」
 ――テレビでの江原氏の位置づけはタレントですが。
「タレントだったらましです。しょせん霊能者、奇異な目で見られる。霊的な事象はどれだけ見せても認められるわけではない。
 見せるだけならばMr.マリックの方が絶対に面白い。何やったってかないません。私は霊の世界は、理解する必要がきたらその時、理解すればいいと思っているんです」
 ――『オーラの泉』ではゲストの自宅に霊視で入っていきますね。
「あれはワザとやってるんです。テレビは非常に酷で、あの部分を除いたら、ただのトーク番組。人の家なんか覗く必要ないんです。霊視を垣間見せたとこで、調べてんだとか、マネージャーが教えているんだとか言われる。でもそういうデモンストレーションの実証的なことを盛り込んでいかないと何のためにやっているのかわからなくなってくる」

 幼少時代から赤貧生活を経験した江原氏は、「霊能力」を駆使し大成功。都内の高級住宅地のモダンな一軒家に住み、年収は1億円を超える。今や自身が批判する「物質主義的価値観」の頂点にあるのではないか。

 ――今後はいったいどうするつもりですか。
「私は現在、ありがたいことに収入がありますが、そのお金を生かしてホスピス活動をしたいと思っているんです。2年以内に実現しようと計画していますし、そしたら今のような活動はできなくなるかもしれませんね。私は霊能的な世界の宮城まり子を目指していて、ライフワークはホスピスに賭けようと思っています」
 最後にこんな質問をぶつけてみた。
 ――週刊文春編集部を霊視してもらえませんか。
「いや、そういうこと言われるだろうと思っていました。繰り返しますが、私は霊能力のひけらかしのために活動しているわけではありません。お断りします」
 残念ながら、彼の「霊能力」を直接体験することはできなかったのである。(引用終わり)


 これだけの記事なら、たいした「正体暴露」ではなく、まるでスピリチュアルイノシシの「宣伝」のようなものだと思える。文春もベストセラー作家・スピリチュアル山師に本を書いてもらって稼ごうとして(ちょうど新潮社が養老孟司をヨイショしてゴミのような本で大儲けしているように)、江原啓之を「持ち上げている」のではないか、と疑ってしまった。

 ところが、翌週、以下のように、江原啓之の人間性を疑わせるような追跡記事が出たのだった。


『週刊文春』2006年3月2日号より


● 元女性信者が告発

江原啓之 「暴行」と「猫虐待」 包丁を持たせて「死ね!」
週刊文春記者 中村竜太郎

 OLや主婦を中心に“エハラー”なる熱狂的な追っかけファンが急増中のスピリチュアルカウンセラー江原啓之氏(41)。その江原氏から「虐待を受けた」と証言する女性が現われた。元信者である女性は「彼の暴力に怯え、奴隷のような日々を送っていた」と振り返るのだ。


 人気スピリチュアルカウンセラー江原啓之(41)。小誌は先週号で、その「過去」と「実像」を追ったが、取材の過程で驚くべき証言が飛び出した。

 江原氏が経営する『スピリチュアリズム研究所』で、かつてスタッフとして働いていたA子さんが語る。
「今まで江原さんの事は話したことがありません。なぜなら思い出すだけでもあの頃の精神的肉体的苦痛が甦ってきて、トラウマになっているからです。
 本当は胸にずっとしまっておくつもりでした。ただ、最近江原さんがテレビや雑誌などで道徳を説いているのを見て、彼の本当の姿をきちんと伝えなければならないと思いました。
 江原さんは暴力的傾向がとても強い方で、常に私たちスタッフを怒鳴り散らし、怒ってモノを投げたり、手で思いっきり叩いたり、胸を突き飛ばしたり、足で蹴とばしたり、ひどい暴行を繰り返していたんです」
 現在40代のA子さんが江原氏と知り合ったのは20年ほど前。江原氏が和光大学を中退し心霊研究に没頭していた頃で、江原氏の引越しを手伝ったのがきっかけだった。当時江原氏は多摩センターの「三光苑」なる心霊相談所で霊能師をやっていた。そこにA子さんが相談者として通ううち、江原氏から頼まれボランティアを始めたという。
 その後いったん途絶えたものの、87年、江原氏が下北沢の北澤八幡神社の神主をしながら自宅アパートで心霊相談を始めると、再び奉仕するようになった。

 物静かな印象のA子さんが落ち着いた口調で語る。

「その頃私は昼仕事をしていたのですが、仕事が終わった後、江原さんのところへ通っていました。最初はお茶出しだけの手伝いということだったのですが、だんだん事務的な仕事もやって欲しいということになり、最終的には研修会というイベントの仕切り役をさせられました。何か流れに巻き込まれていくように仕事が増えていったんです」
 仕事は午後5時半くらいから、遅い時は終電まで。深夜タクシーで帰ることもたびたびあったというが一万数千円のタクシー代は自腹だった。仕事内容は予約受付の電話番、相談者の記録用紙の整理、郵便物の宛名書きや発想手続きなど。
 それ以外にも炊事、洗濯、掃除や風呂焚き、猫の世話など江原氏の私生活の雑用も主な日課だった。土日は終日、平日もほぼ毎日のように通ったという。
「ほとんど休みなく、多摩時代を合わせると7年間続けました。無報酬でした。お金の話をすると彼は怒ります。給料をくださいと言える雰囲気ではありませんでした。トイレットペーパーとかティッシュとか、糊、ボールペン、コピー用紙、惣菜などを買っていくと、江原さんは『その費用は計上していないから払えない』と突き返しました。こうした経費を1週間に2,3千円は立て替えていましたが、結局全額持ち出しになりました」(A子さん)

 当時の江原氏はカルト宗教団体の教祖のような存在だったという。彼の説くスピリチュアリズムに初めて触れ、感銘を受けて集まってきた人々は熱心な信者。誰もが江原氏を「先生」と呼んで崇め、研究所内で彼の言うことは絶対だった。

 A子さんが続ける。
「私は研修会の会場を押さえたり予算やプログラムを考えたりしていたのですが、まったくやったことのない仕事でした。些細なミスでも、江原さんはすごい剣幕で怒るんです。普通の怒り方じゃなくて体をわなわな震わせて怒る。本当に恐かった。私は萎縮してしまってひたすら『申し訳ございません』と土下座しました。
 当時は江原さんに心酔していたので、普通なら理解に苦しむようなことで叱られても、『私が悪い。私が至らなかったばかりに先生を怒らせてしまった』という思いに縛られ、反論などしたこともないし、無抵抗に謝り続けていました。今思えば、知らず知らずのうちに洗脳されていたんです。そして気がつけば奴隷のようになっていました。
 江原さんはオネエ言葉のような話し方をする人で、なにか気に入らないことがあると、『もう! いい加減にしてよ』とヒステリックに怒りました。仕事以外でも、私が江原さんを立てなかったり優先しなかったりすると癇癪を起こしました。たとえば、スタッフと4人でファミレスに行った時、先にコーヒーを注文したら、『私より先に注文するなんて何よ』って怒り始めたこともありました。

ご飯の入った茶碗が飛んできた


 私は江原さんの晩御飯の仕度もしていたのですが、ご飯の盛り方が下手だと言っていつも怒られました。頂き物のイチゴが古くなりかけたのも私のせいにされ、『あなた、こんなこともわからないの』ってガミガミ言われました。呼ばれた時の返事が遅いと怒られることもしょっちゅうでした」

 知り合った当初の江原氏は非常に優しかった。ところがスタッフとしてより身近になるにつれ、機嫌が悪いと語気を荒げたり、とげとげしい態度を見せるようになった。そのうちA子さんに対し「死んでしまえ」「地獄へ行け」と暴言を吐くようになり、それがいつしか暴力に変ったという。
「いつも、『反省しなさい』と板の間に正座させられていたのですが、きまって怒鳴られた挙句、食器や椅子、灰皿やゴミ箱を投げつけられました。それが毎日のように続くのです。その頃にはもう理由らしい理由はなくて、私の態度が悪いとか気に食わないとかいうことで暴行を受けました。
 ある時いつものように食事の用意をしたら、『あなたも食べなさいよ』と言われ、一緒に食事をすることになったのですが、なにかが気に入らなかったらしく、いきなりご飯の入ったお茶碗が私の頭にすごい勢いで飛んできたんです。茶碗は左目の下に当たりました。悲鳴をあげるほど痛かったのですが、それよりも咄嗟に、何を怒られたのかわからなかったことで気が動転して、『申し訳ございません』という言葉が口をついて出ました。
 その時江原さんに『血が出てるわよ』と言われて、初めて出血に気づきました。彼は手当てしてくれるでも心配してくれるでもなく、まだ腹を立てていました。私は傷口をティッシュで押さえ、床に散らかったご飯粒を、江原さんに謝りながら片付けました。

 あの時江原さんがなんで怒りだしたのか未だにわかりません。ただ、そういった理不尽なことがあまりにも続いていたので、私自身、思考が停止していました。

 モノを投げつけられる以外にも、手やスリッパの裏側で頭を叩かれたり、足を蹴飛ばされたりしていましたが、何の前触れもなしに突然怒るから身構えることができない。されるがまま。江原さんの暴力がいつ飛び出すのかいつも怯えていました」(A子さん)


2006.02.28

江原啓之 その4  [ 由実 ]     

(江原啓之を世に送り出した責任者。愚かしい2人の人物の顔写真)


 江原氏といえば各界著名人がホンモノの霊能者と認め、心霊治療家としての評価は揺るぎない。出演するテレビ番組は軒並み高視聴率をあげ、著書は次々にベストセラー。『新潮45』(松浦註・出ました、クズ雑誌!)で連載が始まるなど、マスコミで今もっとも注目される発言力のある人物だ。人間の精神性に根ざす言説を展開する江原氏の、社会への影響力は計り知れない。(松浦註・大袈裟ではないだろうか。スピリチュアルイノシシにそこまで日本の社会が汚染されているとは私は思えないけれど)


 テレビで見せる、人を優しく包み込むようなあの笑顔(松浦註・私は江原の視聴者に取り入ろうとする下品な笑顔にはいつも気味悪さを覚えて鳥肌が立つのですが……)からは、想像もつかない“もう一つの顔”。にわかには信じ難いが、さらに取材を進めると、A子さんの告発を裏付ける証言が次々に得られたのである。

 スピリチュアリズム研究所に勤務し、江原氏から「お袋さん」と呼ばれていた田中一美さんは、当初は、「江原君とは家族みたいな時期があって、いい思い出なんです。だから悪いことは言いたくない」と渋っていたが、A子さんの証言内容を確認すると、意を決したように重い口を開いた。
「A子ちゃんは江原君に虐げられ、タダでこき使われていました。彼女が暴言を吐かれたり、暴行を受けていたのは事実です。モノを投げたり、蹴りを入れたりしているところを私は見ました。お茶碗を投げられて顔に当たったところは直接見ていませんが、彼女が顔に絆創膏を貼っていたのは覚えています。『江原君にやられたの?』って聞いたら、彼女ははっきり言わない。江原君が恐いから言えなかったのでしょう。
 彼女は江原君から怒られると恐いから黙ってしまう。『なんでこれをやっておかないんだ!』と言われるとジーッと固まってしまう。そうすると江原君がイライラして蹴飛ばすんですよ、鬼のように怒って。江原君は『蹴られるお前が悪い』って言ってました。彼がカーッとなるのは些細な理由で、A子ちゃんに悪いところがなくても怒っていた。A子ちゃんは無料奉仕で働いてくれたのに」

 一美さんによれば、A子さんは江原氏の命令で正座させられたり、立たされたりしていたが、終始うなだれたままだったという。

 当時虐待を受けた女性スタッフはA子さんの他にもいた。全員が江原氏に怒られるのではないかと顔色をうかがいながらピリピリしていたという。誰かが虐待されると、他のスタッフは巻き込まれないように身を潜めていた。
 一美さんが続ける。

 離婚を勧められた女性スタッフ


「江原君はどうしてこうなってしまったのだろうと思いました。先生として相談者に接している姿とはあまりにも違う。テレビの江原君からは想像もできないでしょ、あんな仏様みたいな顔(松浦註・スピリチュアルイノシシの顔をどのように判断するかは個人の自由なので論評は差し控える――)してるから。いくら信者だといっても虫けらのように扱ってはいけない。ましてや江原君のように人の人生を指導しているものが、気に入らないからってモノをぶん投げてみたり、弱い立場の人間を虐待してはいけないと思います」

 一美さんは別の女性スタッフB子さんが暴力を振るわれているところも目撃しているという。
「B子ちゃんは私の隣に座っていたところを平手で思いきり背中を叩かれた」
 B子さんに取材を申し込んだところ、
「何も申し上げることはありません」
 と固く口を閉ざす。
 B子さんの相談相手で、江原氏の親代わりだった横川道夫さんが語る。
「B子は江原に散々な目にあった。彼女はスピリチュアルカウンセラーを目指していて江原の弟子になったのですが、結婚していたのに毎日『霊能者は独身でなければならない』と言われ離婚するよう勧められた。で、離婚したら『霊能者同士が世間を欺くために結婚することはある』と突然求婚された。B子は断り、9年間江原を手伝ったが、研究所を辞める前には相当虐待がひどくなっていた。
 A子とB子はお互い虐待されるのを日常的に目撃している。B子は前夫との間に赤ちゃんがおり、誰かに預けないと仕事場へ行けなかった。それなのに江原は『そこらへんのベビーホテルにぶん投げてくればいいでしょ』と言われたとB子は怒っていた。そもそも江原は『自分が両親を早くなくしたので、将来孤児院を作るのが夢』と言っていた。それで私やB子も彼に惹かれたのに、こうして協力した人を裏切ってきた。
 私が江原の仕事場へ顔を出すと皆が無視するので、おかしいなと思い、後でスタッフに聞いたら散々私の悪口を吹き込んで、『横川と口をきくな』と命じていた。たぶん邪魔になったんでしょう。江原が経歴で売り物にしている神主は、私が頭を下げ、親戚ということにして北澤八幡神社に入れてあげたのに、まったく恩知らずな人間です」

 江原はスタッフに対し、お互いが事務的な会話以外しないよう指導し、スタッフ同士が親しくなるのを極度に嫌がったという。

 江原氏は『CanCam』92年2月号で大々的に取り上げられ、『スピリチュアリズム研究所』に予約が殺到した。だが多忙を極める裏では、A子さんとB子さんへの暴行がエスカレートしていったようだ。
 再びA子さんの証言。
「92年春の日曜日、研修会が終わった夕方に私とB子2人が研究所に呼び出されました。北澤八幡神社前のアパートから近所の戸建ての一階に移った後でした。いつもの反省会です。
 2人並んで板の間に正座させられ、ずっと怒鳴られていたんですが、急に『神様の前で誓いなさい』と大きな神棚の前に直らされたんです。あたりはもう暗く、江原さんが神棚の蝋燭2本に火を点し、部屋の電気を消しました。蝋燭の明かりを背に私たちの前に仁王立ちになった江原さんは、突然『包丁持ってきなさい』と命じました。キッチンに行って文化包丁を取ってくると、その包丁を持たされ、『この包丁を使って死ね』と詰め寄ってきたんです。そして『今ここで血判状を書け!』と強要しました。
『今から死にますけれども、研究所には一切関係ありません。自分の意思で死にます』といった文面を書かされました。恐くて泣きながら、仕方なく従いました。
 あまりの恐怖に、どこの指を切ったか覚えていないんですが、ただその血判状に捺印したことは間違いありません。江原さんはその神を大事そうに神棚の後ろに入れていました」
 江原氏はその後、儀式をいったん中断し外出した。

白目を剥いてトランス状態に


「で、戻ってくるとちょっと機嫌が直っていたんです。それでまた小言を言い始めたんですが、突然江原さんの守護霊の昌清之命(マサキヨノミコト)が降霊してトランス状態になりました。正座して目が白目を剥いて、『何かを壊すのは簡単だ』と言ってました。しばらくすると元に戻り、また説教が始まり、明け方5時頃まで続きました」(同前)

「血判状事件」の後、A子さんとB子さんは新しく入った女性スタッフに「あなたたちが江原さんから受けている暴力は絶対おかしい」と説得され、やっと目が覚めたという。2人は92年秋に江原氏のもとを去り、以降一度も会っていない。

 虐待されていたのは人間だけではない。

 江原氏はペットの猫にも危害を加えていたという。シャム猫と三毛猫の雑種で、田中一美さんから90年2月に生まれた子猫を譲り受けた。敬愛するイギリスの作家コナン・ドイルに因んでコナンと名付けていた。
 田中一美さんの夫の田中茂穂さんがこう語る。
「私がアパートの3階にあった江原の部屋にいたら、ドーンという物音がしたんです。急いで隣の部屋を覗いてみると、猫が仰向けで足をばたつかせてギャーギャー鳴いている。『何やってるんだ』と問いただすと、江原は『すみません、すみません』と、慌てて猫を抱えた。彼は神棚の脇の壁に、猫を投げてぶつけていたんです。立っていた場所から壁までは2メートルくらい。江原は『お袋さんには一切内緒にしてください』と言って、これ(口にチャックする仕草)ですよとしきりに言って、しまいには土下座して謝ったんです」
 A子さんも猫虐待の現場を何度も目撃している。
「いつもは可愛がっているのに、怒ると猫の首根っこをわしづかみにして、壁に思いっきり叩きつけていました。他のスタッフも見ています。江原さんの目は吊り上り、怒り狂った表情。猫はぐったりしていました」
 横川道夫さんによると、
「B子は、江原が3階のベランダから叩きつけるように猫を放り投げたところを見た。下はアスファルト。江原がその後自分で動物病院に連れて行ったそうです」
 田中一美さんもこう言う。
「コナンが包帯巻いていたからどうしたのって聞いたら、江原君は『親父さんとの秘密になっています』と隠した。猫は肩が陥没し骨折してました。子猫でまだ体が柔らかいから、血が出る感じではなかった。肩にへこみが残り、ずっと右の前足をひきずって歩いていた」
 A子さんは最後にこう締めくくった。
「江原さんの性格からすると、今の自分を妬んで足を引っ張っていると主張されると思いますが、私自身は満たされた生活を送っていますから、妬む気持ちはまったく無い。ただ彼のことを聞かれると、過去の事実を話さない限り自分自身の気持ちの整理がつかない。江原さんは、最初は尊敬できる存在でしたが、今は何とも思っていません。私にとっては空白の7年間で、とても嫌な思い出です」

 そこで江原氏ご本人に事実関係を確認したところ、

「まったくの事実無根です」
 と憮然として答え、こうまくし立てた。
「もしそうであれば映像なりしっかり証拠を出してください。当時のことは著書で包み隠さず書いています。そんな話は全部作り話で、そういった話をしている人はみんな“お仲間”で全員グルなんです。人をワナにはめようとする事はどうにでもできると思うんです。足の引っ張りあいというのはえげつないなぁと思いますよ。人が一生懸命頑張っているのをなぜ喜べないのか。今になってうまいことをやりやがってと思っているんでしょうけど、僕だけが表に出て、みたいなね」


2006.02.28

江原啓之 その5  [ 由実 ]     
「もーっ、すっごい嘘つき」(松浦註・これもオネー言葉の発音なのだろう)

 少なくともA子さん、横川さんと田中さんは今ではまったくの没交渉なのだが、江原氏はさらに続ける。

「ホントに人って汚い、嫌だねって思っていたところなんです。私はそういったところを抜け出たいです。純粋に生きたい。私は押さない頃両親を亡くし、ひとりで生きてきました。人にお世話になることもありますが、純粋なお世話ってっていうのはないんですね。要するに必ず裏があって、その人たちのメリットが何かある。それでなんだかんだと私を食い物にしようとする。私はその当時は未熟だった。今さらこんな話が出てきても驚かないですが、心境は複雑です。一方で、さわやかな気持ちもあるこれで本当の意味で、彼らとの関係は終わりにできるからです」
 ――日常的な暴力は?
「ないです。たとえば注意を与えるとか、そういったことはあります。ここで私が言いたいのは、彼らがどういう意図や野心を持っているかなんです。言いたくないんだけども、その女性スタッフは霊能の仕事をしたかっただけなんでしょう」
 ――茶碗を投げたことは?
「さまざまな事柄の中で、故意ではなく不意なこととか、そういうのがあったとしても(松浦註・つまり茶碗を投げつけたことを認めているのである)、故意にというのはありえません。(松浦註・偶然茶碗を「投げつけた」というのが、いかにもイノシシの呆れた弁明である)たとえばですよ、転んだということもそうじゃないですか(松浦註・意味不明である・転ぶことと茶碗を投げつけることがどう関係するのか・イノシシの言い分を認めるなら、どんなことをしても、どんな危害を人に加えても偶然で悪意はないことになってしまい、「自分は悪くない」ということになる)」

 ――血判状については?

「それはありました。私の名前を使って客引きしたりするから、一切うちとは関わりありませんという風なことを書いてもらったんです。ただし指は切っていない。もーっ、すっごい嘘つき。目くじらを立てても始まらないけど、ちょっとおかしな人と関わりましたねということですね」
 ――猫虐待については?
「信じられない。猫は住んでいたアパートの3階のベランダから遊んでいて落っこっちゃった。その治療が大変だったんですよ。壁にぶつけたなんてありえませんし、見ていたのならば、その証拠を出してください」

 なんだか霊能者としての“力”以前の問題のような気がするのだが……。(引用終わり)






2006.03.09
TVタックル系民主党議員のバカたち 永田寿康 川村たかし 原口一博  [ カテゴリ未分類 ]     
 以下はウィキペディアより。
● 永田寿康
1988年 慶應義塾志木高等学校卒業 
1993年 東京大学工学部卒業、大蔵省入省 
1995年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校MBA課程へ留学 
1999年 大蔵省退職・国会議員秘書となる 
2000年 衆議院議員選挙に立候補し初当選。2003年は小選挙区で再選 
2005年 第44回衆議院議員総選挙において、小選挙区で落選するも比例代表で復活当選、現在3期目
2005年12月18日、八千代市内での国政報告会で耐震強度偽装問題に触れ、「住民は火をつけたくてしょうがない、阪神大震災では激甚災害指定欲しさに被災者が火をつけてまわった」等と発言。発言内容を完全録音したCD-ROMを入手した東京スポーツの取材に対し、事実を認め謝罪した(東京スポーツ2006年1月8日付1面)。
(引用終わり)


 この永田という男は、テレビ朝日の『TVタックル』によく登場し、浅薄で投げやりな受け答えをする嫌な奴だといつも私は思っていた。特に、民主党が郵政改革(だったと思う)の党としての対案と国会に提出し、それについて片山さつきが質問に立ったことがある。杜撰な対案で、簡単に片山さつきにやり込められてしまっていたのだが、その受け答えに立ったのがこの永田寿康で、横柄傲慢不遜丸出しの人格欠陥をカメラに晒していた。
 東大工学部卒の男がどうして大蔵省に入ったのか、不思議だった。この男の父親は福岡の病院長で、母親は東京で開業している医者。両親は離婚しているというが、父親は自民党の支持者だという。結局、よく見かける開業医のバカ息子なのだろう。
 東大工学部・大蔵省だから「バカ」というのは不適切だという考えもあるかもしれないが、これまでの態度、今回の不祥事といい、大蔵省刻印入りのバカと断言できる。今日のニュースでは、この男、「無所属」で国会に登院したという。この男は小選挙区で落選し、党の比例配分で「当選」している。つまり、民主党候補でなければ国会議員にはなれなかったのだから、「無所属」で議員をやるというのは許されないだろう。ところが、あの通りだらしのない前原誠司のやっている党だから、それも「あり」なのだろう。
 永田寿康の他にも、テレビを利用し、知名度を上げ、選挙を有利にやっている民主党議員として有名なのが、原口一博と川村たかしである。この二人は、刻印入りのバカ議員永田寿康の愚行を「擁護」しているのである。

 以下は原口一博が出ている記事。

● 堀江メール 首相「根拠ない情報」 永田氏は新証拠示さず
 小泉純一郎首相は17日、衆院予算委員会の金融・ライブドア事件に関する集中審議で、民主党がライブドア前社長の堀江貴文被告から自民党の武部勤幹事長の二男に対する3000万円の送金を指示したと指摘したメールについて、「根拠のない情報をもとに一方的に攻撃している」と強く批判した。一方の民主党は同日夜、メールのコピーを公表したが、決定的な新証拠とは言えず、両党がそれぞれ懲罰動議を出し合うなど、対立は激化している。
 「送金メール」について首相は「ガセネタをもとに人を傷つけることはいかがなものか」と述べ、メールの信ぴょう性を全面否定。民主党の原口一博氏が「ガセネタでなければ責任をとるか」とただすと、「常に責任をとる気持ちで政治をしている」と答えた。自民党の逢沢一郎幹事長代理も「武部氏の二男の口座には振り込み記録がない」として、前日に問題のメールの存在を指摘した永田寿康氏と民主党に対し、メールの送受信者や金銭の送金先と振込口座名などを明らかにするよう要求した。
 これに対し民主党は、再び質問に立った永田氏が「メールがガセネタと信じた根拠はどこにあるのか」と迫ったが、首相は「武部氏から事実無根との報告を受けた。いまだにどういう情報かわからず、ガセネタと信じてもおかしくない」と答弁した。永田氏は新たな物証は示さなかった。
 自民党は同日の予算委理事会で、民主党に対し振込口座名などの提示を要求。民主党は、国政調査権に基づく調査の発動を条件に提示する考えを示したが、自民党は「民主党が自ら証明すべきだ」として拒否した。
 民主党の指摘が事実なら武部氏の進退問題は避けられず、政府・自民党は窮地に立たされるが、もし誤っていれば、メールの内容について「信頼性が高い」と発言した前原誠司代表を含む民主党全体の責任に波及しかねない情勢だ。
 この問題で、堀江前社長は17日、東京拘置所で接見した弁護士に「そのようなメールを送ったことはない」と全面否定した。【須藤孝】
(毎日新聞) - 2月18日17時47分更新


● 堀江氏支援 武部・竹中氏を標的 民主攻勢「ライブドア3兄弟」
 ライブドア事件の捜査が進む中、同社前社長、堀江貴文容疑者を昨年の衆院選で支援した自民党の武部勤幹事長、竹中平蔵総務相への批判が二十六日も相次いだ。民主党は国会でライブドア事件を小泉純一郎首相の政治姿勢追及の材料とするとともに、武部、竹中両氏を標的に攻勢を強める一方、自民党各派の総会でも武部氏批判の声が上がった。
 民主党は、ライブドア事件、耐震強度偽装事件、米国産牛肉の特定危険部位混入問題を「政権追及三点セット」として、国会論戦の序盤戦を押し気味に進めている。同党の野田佳彦国対委員長は記者会見で「ライブドア三兄弟」を追及すると宣言した。
 「武部幹事長が弟だと思っている人(堀江容疑者)が容疑者になった。お父さんは小泉さん。兄弟はホリエモン、武部さん、竹中さん、この『ライブドア三兄弟』を焦点にしっかり議論していきたい」
 民主党はさっそく同日の衆院予算委員会で竹中氏をヤリ玉に挙げた。原口一博氏は衆院選で広島6区から出馬した堀江容疑者の手を高々と挙げる竹中氏の写真をパネルで示し、「説明責任を果たすべきだ」と求めた。
 さらに原口氏は、三年前に竹中氏が閣僚懇談会で各閣僚に対し、株価指数連動型投資信託(ETF)購入を「絶対もうかる」と勧めたとして「これはインサイダー取引やあるいは風説の流布と同じだ」と追及。竹中氏は全面的に否定したが、原口氏は「ある証券会社でETFのデモンストレーションをする予定だった」と攻め立てた。
 一方、武部氏に対しては、自民党各派の総会でブーイングが起こった。
 森喜朗元首相は森派総会で「間違ったことを人のせいにしたら同罪になるだけの話だ。謙虚に非は非と認め、どうリカバリーしていくかが大事だと、常に彼(武部氏)に注意していたつもりだ」と武部氏をたしなめた。
 谷垣派でも「総選挙で堀江容疑者を利用した軽はずみさは武部幹事長個人の問題。率直にごめんなさいと言うべきだ」との批判が出た。旧堀内派の丹羽雄哉元厚相も「(堀江容疑者は)最初からゲテモノの感じがしたが、あの人気で若者の心をつかむのではないかということだった。(武部氏らが)ちょっとミスったかなという感じはする」と述べた。
 小泉首相の“忠臣”である武部、竹中両氏への強まる批判は、回りまわって首相自身へのダメージにもなりそうだ。
(産経新聞) - 1月27日2時45分更新

 上の新聞記事には出ていないが、原口はあのガセネタメールを国会で取り上げた永田を、
「みんながなかなか質問できないことをやった」
 と誉め上げていたのだから恐れ入る。川村たかしもいつもの三河弁で永田を応援していた。


 以下はウィキペディアより。
● 河村たかし
平成14年(2002年)9月の代表選挙では、菅直人、鳩山由紀夫の二枚看板(いわいる「鳩菅体制」)に危機感を覚え、世代交代を図るため野田佳彦、前原誠司、松沢成文らと「第二期民主党をつくる有志の会」を結成する。平成17年(2005年)9月の民主党代表選挙に名乗りを上げたが、推薦人20人を確保できず(18名まで確保)、立候補を断念した。
名古屋弁丸出しで、自ら「名古屋から総理を狙う男」と公言している。選挙期間中は街宣車を極力使わず徒歩や自転車による街宣活動(本人曰く、「自転車街宣活動は自分が最初」と言っている。)を行い、庶民型政治家をアピールしている。メディアへの出演が多く、地方出身議員の中では知名度が高いといえる。 その表れか選挙となるとめっぽう強く第44回衆議院議員総選挙では惨敗した民主党の中で小選挙区で圧倒的な強さで議席を確保している。
 河村の親友である衆議院議員西村真悟があるテレビ番組で語ったところによると、河村は春日一幸の秘書時代に、春日自身から夫と死別した愛娘と結婚する様に勧められたという。既に妻子があった河村が固辞したところ、春日は「そんなことは関係ない!」と語ったとされる。


● 原口一博
テレビ朝日系「ビートたけしのTVタックル」や読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」など、メディアに積極的に出演し、民主党の若手の先鋒として、知名度は高い。民主党内ではエースの呼び声が高い。 PCをハッキングされ国会答弁の内容を消去されるなど、現在、日本政府も逆らえないような恐ろしい「闇の組織」と戦っていると主張する。また、「闇の組織」と政府とが繋がっている可能性を指摘。「闇の組織」を恐れずメディアで日本の暗部を告発し続けている。「闇の組織」は必ず黒い服を着ている、と指摘しており、堀江貴文の選挙戦の応援者が黒い服(Tシャツ等)を着ていたことから、「闇の組織」とライブドアとのつながりの可能性をも示唆し、「黒い服は着ない方が良い」と発言した。(引用終わり)
(松浦註・その「闇の組織」とういのを証明できないのなら、原口は自分が誇大妄想狂という病気にかかっていないか、数少ないマトモな精神科医を探し出してから診察を求めたほうがいいだろう。)


 そういえば、スピリチュアルイノシシの崇拝者・室井佑月が、いつだったか、この川村に関して駄文を書いていた。
 室井は『ヨミウリウィークリー』に連載を持っているのだが、ある日、名古屋の某有名食堂に息子を連れて行ったらしい。ところが長蛇の列。そこで室井は「知り合いの」川村たかし・国会議員に電話を入れて、列に並ばないで料理にありつけるように「口添え」を依頼した。川村は直ぐにその食堂(だったかレストランだかに)電話を入れて、店主と交渉し、室井親子を特別待遇にするように依頼・懇願(脅迫?)したらしいのだが、店主はにべも無く断ったという。その件を室井はダラダラと書き、川村には力がない、ダメだ、というような行間の「ご不満」を漏らしていた。
 室井もバカなら川村たかしもバカ。しかし、こんなクダラナイ文章を誌面に載せる『ヨミウリウィークリー』の編集者が一番のバカなんだな、と思った。

 「民主党支持」とういか、中畜・リベラル・官僚擦り寄り主義のテレビ朝日(朝日新聞)は、こうして愚劣な民主党3馬鹿(永田・川村・原口)といった連中を、自社の多くの番組で取り上げ、「選挙協力」をしているのだろう。
 そういえば、永田寿康の卑劣さを報道することに関して、もっとも「熱心ではなかった」のがテレビ朝日ではなかっただろうか。



2013年1月27日日曜日

土曜日は恵庭・苫小牧方面にドライブ

 気分転換が必要なので、土曜日には恵庭・苫小牧にドライブ。グルメと温泉。

 恵庭では、以前から一度行きたいと思っていたピザの店、チェルボ、に入った。
 ランチのピザセット、1400円。
 極めて貧弱なサラダに、ありきたりのコーヒーに、ピザ一枚。それで1400円。
 ピザは、特段美味しいものではない。コストパーフォーマンスがひどすぎる。
 ナポリやローマでピザを食べたことがあるけれども、まったくそれ以下。
 これで、1400円とは、銀座か六本木の取り澄ましたイタメシヤ並みである。こんな店が超人気店とは……。もっとも、店員のサービスは良かった。店員の愛想の良さほどにピザが美味しかったなら問題ないのだが……。
 もう二度と行かないので、これ以上は書かない。

 夕食は、苫小牧の、第一洋食。
http://tabelog.com/hokkaido/A0108/A010802/1002027/

 ここは、値段も手頃で味もしっかりしている。しかし、接客をしていた店員のおばさん・65歳くらい・体格はいい・ショートカット・の無愛想なことといったらない。何か訊いても、まともに答えない、語尾を不明瞭にして客の顔も見ない。私は駐車場の件で訊いたのだけれども、曖昧な・なおざりの返答。料理を持ってきてもうんでもすんでもなく、ブスッと皿を換えてゆく。
 料理は美味しいけれども、接客は最低。これは店のオーナーの責任。料理にも接客にも気配りして欲しいものである。

 料理が美味しくないチェルボにはもう2度と行かないけれども、接客に難のある第一洋食にはまたいつか行くことだろう。

資料 佐藤優


週刊新潮2012年9月27日号から

● 「首相公選制」は天皇を排除する
 佐藤優
 エリートと素人-。果たして、首相を選ぶのに適してい主体はどちらでしょうか。
 議院内閣制においては、国民によって選ばれた政治のエリートである国会議員が、首相を指名することになっています。
 一方、橋下さんは首相公選制を掲げ、国民が直接、首相を選ぶシステムを目指している。AKB48の大島優子さんが、「私はこの首相候補を支持します」と表明すれば、彼女が応援した人が首相になるかもしれない。
 しかし、議院内閣制下の国会議員が選ぶ場合、そのようなことは考えられません。いくら、国会議員そのものがポピュリズム選挙で選出されていたとしても、彼らが首相を選ぶ時には別の理屈が働きます。例えば、首相候補者が「税金を半分にして、社会保障を倍に増やします」と公約を掲げても当選は不可能。政策には財源の裏づけがなければならないとの常識が、大衆にはないものの、エリートの世界には存在するからです。
 エリートという言葉に抵抗感があるのならば、専門家と言い換えても構いませんが、結局、首相公選制はポピュリズムの弊害から逃れることができないのです。
 さらに、公選首相と天皇陛下との関係といった問題も生じます。国民から直接選出された首相は、権力とともに権威も併せ持つことになり、「首相と天皇と、どちらが偉いの?」という混乱が起きる蓋然性が高い。
 日本は、数値化することのできない「見えない権威」である天皇によって支えられてきました。権力が政治的な力だとすれば、権威はそれを生み出す源泉です。
 氷山に喩えると、海上に見えている部分が権力で、水面下の土台部分が権威。イスラム国家であれぱ、権威はイスラム教であるわけですが、この権威の領域は、タブーであり不可侵なんです。
 ところが、公選首相はタブーを侵犯し、必然的に自らがタブーとなる。結果的に、公選首相は天皇を排除してしまうんです。
 橋下さんは、「天皇制においては天皇が元首」と言っています。しかし、「天皇制」という言葉自体、コミンテルン(国際共産党)が作ったものです。見えない権威である天皇に支えられた日本の国のあり方を「国体」と呼びますが、天皇制
という言葉には、国体を改編可能なシステムとして捉えるといった意昧合いが含まれています。
言うまでもなく日本の国体は改編不能なものです。国体は「国柄」に置き換えることもできますが。国の文化そのものであり、人為的に変えることなどできない。そうした理解が彼には不足していると思います。
聞きかじりの耳学問
 外交面を検証すると、橋下さんは最近、排外主義的なナショナリズムに走る傾向を見せています。これまで彼は、日米同盟を基軸とし、TPPには賛成。沖縄負担の軽減を図り、豪州・韓国との関係強化を掲げ、民主党政調会長の前原誠司さんをコピーして、「現実的保守」路線を取ってきた。名古屋の河村たかし市長が南京事件に関する発言をした際は、「公選の首長は歴史家ではない。歴史的事実について発言するなら、知見も踏まえ、慎重にすべきだ」と慎重な姿勢を取っていました。
 しかし、ここのところの彼は、ナショナリズムを煽る発言こそが、国民の声に応えることだと直感したようです。いわゆる慰安婦問題で、韓国に向けて「論戦したらいい」と言い放ちましたが、そんなことを始めたら収拾がつかなくなりま
す。また、「強制連行があったかどうかの確たる証拠はなかったというのが日本の考え方だ」とも述べていますが、日本政府の考え方、すなわち河野談話では、強制性を認めている。聞きかじりの耳学問で、外交ブレーンがいないのでしょう。
 外交が分からないのはむしろ当然で、これから勉強すればよい。しかし、国政政党の党首になった以上、発言の責任を負わざるを得ない。最近の彼の言動は、今後の自らの発言の幅を狭めてしまっています。国内向けにはそれでも構わない
かもしれませんが、彼の発言は、既に国政政党を率いる者としての海外へのメッセージにもなっていることに、考えが至っていないのではないでしょうか。

▲:ある時は「沖縄人」を装い、またある時は「天皇制死守の保守ヤマトンチュー」を装い、時には「左翼」を装い、過去にはモスクワで要人たちに女体を手配していたクズ・佐藤優の、頭の中の下劣さを如実に示している一文である。
 これほど「日本国民」を侮蔑している文章を堂々と書けるとは、ある意味素晴らしい。
 マドンナがオバマを支持したから、オバマが大統領になった、というようなバカな論を、堂々と繰り広げているのだから、日本の「論壇」のバカさ加減が理解できる。
 このクズ(佐藤優)を育てたのは、岩波書店・外務省・朝日新聞・毎日新聞、そして新潮社も今ではこのクズを使っている。おいおい、河野談話に新潮社はいつから与するようになったのだろう?
 岩波書店以下の、佐藤優の「パトロン」は、結局は三井を筆頭とする日本の財界。(まさか、モスクワで佐藤優の世話になった日本の財界人がたくさんいるってことなのかな?)
 第二次世界大戦に負けてからは、日本の財界はアメリカ・イギリスの金融資本に支配されている。ということで、このクズ(佐藤優)が、国際金融資本の犬と理解すれば、この男の支離滅裂な言動(保守・左翼・オキナワン)にも、その形成理由が理解できるものとなる。


吉本興業のクズ芸人 田村淳

● 週刊文春 2012年11月15日号
売れて天狗になった!? 警官にキレて活動自粛 ロンブー・淳の行く末
「将来は政界進出」をも囁かれている“ロンドンブーツー1号2号”の人気お笑い芸人・田村淳が警察官とトラブルを起こし、芸能活動にも支障を来す事態になっている。
 十月二十六日、淳が自ら率いるバンドのPR活動で、原宿の路上でチケットを売っていたところ「駐車違反」と「道路使用許可」について注意してきた警官と口論になった。
「結果的に淳に違法性はなかったのですが、二人の警官にキレて“俺の仕事を侮辱している”“謝罪の仕方が悪い”などと罵声を浴びせて激怒。このとき淳はチケット販売の様子を動画サイトで流していたのですが、警察とのやりとりまで詳細に流れてしまい騒動になった」(芸能デスク)
 ツイッターのフォロワー数九十万近くを誇り、ネット文化には精通しているはずの淳だったが、今回はいつもと勝手が違った。
「警察に対する態度のあまりの悪さにネット上でも淳をかばう声は少数。“マジギレすることか”などと非難が集中した」(ネットウオッチヤー)
 さすがに淳も31日のツイッターで「警察の方に失礼な態度を取ってしまった事、今思い返しても大人げない行動だったと思います」と反省。MCを務める情報番組「知りたがり!」(フジ系)の出演を自重した。
「『知りたがり!』は打倒「ミヤネ屋』(日テレ系)を目指していますが、未だに二~三%の視聴率で追いつくどころではない。淳も期待外れだったうえに今回の騒動で“化けの皮が剥がれた”と評価は下落。番組を降板させる口実ができて、きりのいいところで淳を切る可能性も出てきています」(テレビ関係者)
 所属する吉本興業は、淳を“ポスト紳助”として期待していただけに、大騒ぎなのかと思いきや、意外にも内部は冷ややかな反応だという。
「淳はかつて安室奈美恵と熱愛関係になった際“俺は安室に惚れられた”とばかりに天狗になり、周囲はドン引きしました。“鼻持ちならない男”のレッテルが張られ、吉本の芸人仲間からもあまりよく思われていない。政治家志向の言動も嫌われるわれる要因。今回の事件は“調子に乗っているから自業自得”とバッシングを歓迎する声すらあります」(芸能関係者)
 三十八歳になっても元祖「チャラ男」は健在なり。


 で、結局どうなったかというと……


● フジ「知りたがり」ついに打ち切り
<スポンサーはカンカン>

「14時台の情報番組は継続と決まりました。ただ、企画強化、キャスト変更で番組は一新する。現在放送中の“知りたがり!”は打ち切りです」(フジテレビ関係者)

 1%台の視聴率という不名誉な記録ばかりが話題になった情報番組「知りたがり!」。何度も打ち切り説が囁かれていたが、3月末で店じまいすることが日刊ゲンダイ本紙の取材で分かった。

 昨年4月、午前中に放送していた同番組をスライドさせる形で始まった。NHKの看板アナだった住吉美紀(39)をメーンキャスターに起用。裏の「情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ)に対抗しようとしたが、フタを開けてみれば開始直後から超低空飛行で視聴率2~4%をウロウロ。「ミヤネ屋」にトリプルスコアの惨敗を喫す日々で、お茶の間の主婦からまったく支持されなかった。

「最大の敗因は企画の悪さ。時間帯の移動時にスタッフを入れ替えて臨んだが、どこかで見たような企画を垂れ流すばかりで、“ならでは”の特徴が出なかった。天気予報にあわせてレオタード姿の住吉があられもないヨガのポーズを披露する『ヨガ天』を目玉にしましたが、“武器”がそれだけでは戦えない(笑い)」(前出のフジ関係者)

 新番組は根付くまでに時間がかかる。通常2、3年は“執行猶予”とされるが、1年で見切られた。

「深夜番組並みの低視聴率にスポンサーの『ジャパネットたかた』は“期待を裏切られた”とおかんむり。いつ降りてもおかしくない状況になったのです。地方の系列局も非難ゴウゴウ。“なんとかしろ”と突き上げていた。そのまま続けても視聴率の回復は望めず、とうとう番組制作を“放棄”。年末年始は特別編成にかこつけて、15時以降の“第2部”を人気ドラマの再放送に替えていました」(広告代理店関係者)

 体を張った住吉は浮かばれない。
日刊ゲンダイ 1月12日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130112-00000006-nkgendai-ent


▲:コリアンに媚びる番組作りで批判されたときに、クズ淳は、「嫌なら見るな」と傲慢にほざいていた。だから……視聴者は、吉本興業のこのクズ芸人が出ていた番組を見ない、結果、視聴率は1パーセントほどで、打ち切られるのは当然のこと。嫌だから見ない。
 もっとも、吉本興業の株をどのテレビ局よりも買い込み、もう吉本とは切れない仲になっている(TBSやテレビ朝日も同じだが)フジテレビは、これからも、吉本興業ごり押しのクズ番組をクズ芸人を使って垂れ流すのだろう。そこには、今度は、花王やロート製薬や、もろもろのコリアン系企業がスポンサーになってくれることだろう。



最近の毎日新聞


<鳩山由紀夫 西田敏行>でグーグルすると、いろいろと興味深い記事が出てくる。




今井紀明と日揮の犠牲者とを「同列に扱うつもり」の、毎日新聞の「狂気」には、毎度のことながら呆れるしかない。のうのうとこんな馬鹿コメントを垂れ流す今井(クソガキ)は、もう、どうでもいいのだけれども、毎日新聞の意図だけは明らかに理解できる。


 で、たまには、毎日新聞の反日報道を「指導」している・アメリカ金融資本の番頭(ジョセフ・ナイ)が、紙面にしっかり登場してきて、日本人を「叱りつけている」。毎日新聞がアメリカ金融資本の犬であることを(朝日新聞以上に忠実な下僕)しっかりと読者に教えてくれている。


加藤登紀子とつるむクズ・中沢新一の写真

 9条婆さん(加藤登紀子)とつるんで巧妙に世渡りを続ける中沢新一。
 この男が大阪北新地で、いつものように女子供を煙に巻く愚論を展開して酔っている(としか思えない)写真が、週刊現代2012年11月10日号に載っていたので、引用しておく。



http://matsuuraatsushi.blogspot.jp/search?q=%E4%B8%AD%E6%B2%A2%E6%96%B0%E4%B8%80

資料 原辰徳


週刊新潮 2012年10月11日号
もう一人の愛人が告白「原辰徳」
ヘソの下は紳士じゃない!
 爽やかな若大将のイメージは跡形もなく砕け散るに違いない。読売巨人軍の原辰徳監督(54)は。1億円不倫恐喝事件々が尾を引き、3年ぶりのリーグ優勝を果たしたものの、今季限りの退任も根強く囁かれている。さらに、実は、不倫相手はその一人だけではなかったことが発覚したのだ。もう一人の愛人が赤裸々に告白する。ヘソの下は紳士じゃない!

 常に紳士たれ――。

 巨人軍創立者で初代オーナー・正力松太郎の遺訓である。原監督はこの教えを常々□にし、選手の言動や服装をとりわけ厳しく指導してきたという。
 しかしながら、自分のことは棚に上げ、最も紳士的でなかったのは、紛れもなく原監督自身だった。
 読売グループの関係者が言う。
「週刊文春で”1億円不倫恐喝事件”が報じられてから、渡辺恒雄会長の声掛りで、社会部記者を中心に調査チームが結成された。原監督に他の女性スキヤンダルはないか、暴力団との繋がりが浮上することはないかということを、危機管理上、調査する必要があった。
選手やOB、職員などから聞き取りをし、裏付け調査を進めてきたのですが……」
 すると、
「監督のあらたな不倫相手が見つかったのです。北日本のある繁華街で、高級クラブのホステスをしていた女性です。恐喝のキッカケになったのは、巨人軍が定宿にしていた兵庫県芦屋市のホテルの女性従業員。それとはまったく別の、もう一人の愛人です。これには球団幹部も頭を抱えていました」
 原監督の清廉潔白なイメージは、真っ赤なウソで塗り固められていたというほかない。
 もう一人の愛人、佐藤愛さん(仮名)は現在、40代。真矢みき似のスレンダーな美人である。
「原さんと初めて会ったのは、7年前の夏でした」
 佐藤さんは重い口を聞いて、そう語り始めた。
「地元のある有力者と巨人のピッチャーだった宮本和知さんが親しくて、私がホステスをしていたお店に2人でよく遊びに来ていました。その夏、有力者の誕生日パーティとゴルフコンペが聞かれたのです。パーティはお店を貸し切りにし、50人くらいでドンチャン騒ぎ。そのなかに、宮本さんに連れてこられた原さんや巨人OBの篠塚和典さんたちがいました」
 彼女はたまたま、ホステスとして原監督の隣に着くことになった。
「原さんはドンペリをガーッとラッパ飲みして、ホステスにも回し飲みさせていた。気に入らないホステスは、”あっち行け”って追い払ってました。テレビで観る印象とは違って、豪快なお酒の飲み方をする人でした」
 瞬く間に、1本10万円のドンペリが数本、空になっていったという。
「近くで見たら格好良いし、やはりオーラがありました。でも、だんだん酔ってくると原さんは、”ホテルの部屋に来ない?”と口説いてきた。私が”今日は女の子の日なのでダメです″と答えると、”じゃ、そこじゃないところでできない?”って。経験ないので無理々と断りましたけど、そういう趣昧なのかと思ってちょっと気持ち悪かった

“都合のいい女”

 その日はあえなく撃沈したものの、しかし、原監督、それでも諦め切れなかった。
 佐藤さんが続ける。
「後日、宮本さんが“原さんから電話がかかってくるから出てね”と連絡してきました。以降、原さんからマメに電話が来るようになった。“今度、そっちに行ったら会いたい”“自分は立場があるから内緒の関係だけど、付き合ってくれないか”と何度も誘われました。時を置かず、原さんがこちらに再び来ることになって、私の気持ちも付き合ってもいいかなと傾いてしまったのです」
 ホテルの部屋以外では会えないと言われていたため、ホステスの仕事を終えたあと、原監督の泊まっている部屋に駆けつけたそうだ。
「ルームサービスで食事を頼んで、お酒を飲んで……、それから、肉体関係を持ちました。原さんはさすが体力があって3回戦4回戦と続けて、なんだかスポーツ感覚でした。部屋を出たのは夜中3時過ぎ。人目が少なくなってからです。クルマ代とかは一度も貰ったことはありません。会うのはいつも同じパターン。2人で旅行したこともなかった。原さんがこちらに来ると、本人か宮本さんから部屋番号を教えられました」
 しかし、1年も経ずして、2人の関係は自然消滅した。
「私からは絶対に電話しないようにと強く言われていました。しばらくすると、原さんから連絡が来なくなって……。所詮、私は都合のいい女だったのです。でも、ホステスを続けていたので、おかしな別れ方をしなければ、またお店に来てくれると思っていた。実際、監督に復帰した06年のシーズン中に一度、お店に来てくれました。“久しぶりだね”と言って、2人の関係はおくびにも出しませんでしたけどね」
 原監督に対し、1億円の恐喝が始まったのは、06年8月。時期的にみると、どうやらそれが原因で、佐藤さんとの危険な火遊びも解消せざるを得なかったようである。
 今後、原監督の身の振り方はどうなるのか。
 スポーツ紙のデスクがこう話す。
「球団上層部は、原監督のクビを挿げ替えたいと考えている。ただ、今年、巨入はぶっちぎりの独走でリーグ優勝。さらに、日本一の最右翼であることも間違いない。原監督はその功労者ですし、来年は甥っ子・菅野智之投手の入団を控えている。ですから、現実的に解任するのは難しい」
 とはいえ、巨人ブランドを失墜させ、お咎めなしというわけにもいかない。
「今年の好成績を花道に、勇退させる方向で艮得するのではないでしょうか。最近、ナベツネさんは記者に向かって落合博満・元中日監督のことばかり褒めている。次期監督として迎えるために秋波を送っていると考えられなくもない。あらたに持ち上がった女性スキャンダルは、原監督にとって致命的です」(同)
 さて、原監督はなんと答えるか。
「その高級クラブに行ったこともありませんし、知り合ったホステスを口説いて関係を持ったなどという事実は一切、ありません」(読売巨人軍広報部)
 まさか、不倫相手が多すぎてお忘れなのではあるまいか。
 ヘソの下の罪で天罰が下るのは、もはや避けられそうにない。

▲:原辰徳と東国原とは、共通の趣味があって話がとても合うかもしれない。

資料 野中広務 岩井俊二


週刊新潮 2012年10月4日号より
日中「冷戦」でも中国熱愛の大物はかく語りき
(中略)
 日本政府による尖閣諸島の国有化に端を発した中国の暴力デモは、日系スーパーや工場への“テロ行為”が世界中に知れ渡ったせいか中国政府もさすがに規制するようになった。だが、今度は日本製品の通関作業をわざと遅らせたり、日本の書籍を書店から撤去させるなど「冷戦」が始まっている。
 こんな理不尽なことをされたら怒るのが当たり前だが、日本人の中には、それでも「わが国が悪い」と言い張る妙な人たちがいるのだ。
 その筆頭ともいえるのが、9月21日にCCTV(中国中央電視台)のニュース番組に登場した野中広務氏(86)だ。ちなみに同局は人民日報と同じく中国共産党の配下にある国営テレビ局である。
〈日本政府の強硬な釣魚島国有化推進が中日関係を悪化させ続けています。しかし、日本社会にも理性的な声は少なくありません〉
 と切り出した男性キャスターが、ここぞとぱかりに紹介したのが野中氏だ。
〈87歳の野中氏は、中日国交正常化40周年記念行事に参加するため、9月26日に約三十数名の議員を率いて北京に行くことを計画していました。(中略)彼は石原都知事が画策した“尖閣購入”というパフォーマンスが、両国で共有してきた共通認識を壊したと非難し、同時に野田政権は危機に対
処する能力が欠如していると批判しました。こうしたことが中国の強烈な不満を招いたことに関して、野中氏は謝意を表明したのです〉
 ここでご本人登場である。
〈こんな不幸な事件が起きたのは、まったく日本の人間として恥ずかしいと、このように思って中国の皆さんに大変申し訳ないというように心からお詫びを申し上げる次第です〉
 恥ずべき破壊行為を繰り広げたのは中国なのに、このうえ何を“お詫び”するのだろうか。CCTVは続ける。
〈彼・(野中氏)は、最近の政治家が往々にして個人の出世だけを考え国家意識と責任感が欠如していると考えています。そのため、慎重に扱うべきデリケートな釣魚島問題もまた選挙に当選するカードとして使われていると言います〉
 そもそも野田政権が尖閣国有化を言い出したのは選挙のためというより、東京都による買収を阻止するためだったはず。だが“野中節”はどんどんズレてゆく。
〈今やっぱりね、自民党も民主党も国のためにどうするか。(中略)そのために周辺国とどのように大切に平和を守っていくか。これが国家を担う政治家の貴任じゃなければならない。それが分からないで皆自分の選挙に勝つために何か点数を上げよう、こればっかり考えている。情けない悲しい思いです、私は〉
 そして最後に、こう締めくくってみせたのだ。
〈あの人たち(日本の政治家)は若い。長い戦争で多くの犠牲者を残し、今なお傷跡が癒えてない中国に対して、歴史を知らない若い人たちは、そういうことを抜きにして一つの対等の国としてやっているんです。それは間違っています〉
 かつて日本は中国を侵略したのだから暴力デモも我慢しろ、としか聞こえない。
(中略)
 作曲家の坂本龍一氏が、突然、反原発の旗手になって世間を驚かせたように、この人の発言にもファンは驚いたに違いない。映画『スワロウテイル』などで若者に圧倒的人気を誇る岩井俊二監督がツイッターに強烈な“呟き”を記したのは9月17日のこと。
〈国があの島を買うという行為がどれくらい挑発的かを相手の立場でもう少し考えるべきだと思う。それと日本はかつて侵略戦争をしかけて負けたのだというのも忘れすぎている。それで相手国ばかり責めたのでは相手だって怒り出すのが道理〉
 中国から一方的に責められ被害を受けたのは日本のはずだが、そんな事実には一言も触れず、書き込みはさらにエスカレート。
〈とにかく日本のメディアは隣国を悪し様に言いすぎ。自分の父や母や祖国を悪く言われたらどんな気がするか子供でもわかる。日本が好きな多くのアジア人が日本を訪れている。それはとてもありかたいことなのだ〉
〈日本は隣国を侵略をしようとして最後はアメリカと戦い負けた。なのに免責された。侵略された国がまだ怒っていても当然で、忘れてしまってる日本の方がどうかしている。というのが僕の歴史認識です〉
 さすがにここまで一方的に中国の肩を持てば、反発を受けるのは当然だった。岩井氏の書き込みはさっそく“炎上”し、反発の大きさにビビってしまったのか、「すでにツイッターの書き込みも消しており、何もお答えできません」(事務所)
(以下略)

▲:コリアンに熱烈に「肩入れ」している毎日新聞が主催者に名を連ねる春の高校選抜野球。
 そのテーマ曲の作詞をしたのが、岩井俊二。岩井は、コリアン勢力の極めて強い仙台の出身。
 岩、というのはコリアンには珍しくない姓の一つ。従って、岩●、という日本人の姓を名乗る(通名で)コリアン系の在日や日本人(国籍上の)は、少なくない。岩本、岩田、岩崎、などなど。岩井俊二がそうしたコリアン系の人間なのかどうかは不明であるけれども、コリアン系だとしたら、この男の言動の源も容易に理解できることになる。
 以下は、ウィキより引用。岩井俊二の項目から。


政治的発言 [編集]

2012年9月18日に自身のTwitter公式アカウントで、中国人による日本人への暴行や日本企業の工場や商店に対する破壊・略奪・放火が頻発した2012年の中国における反日活動に関して、「国(日本政府)があの島(尖閣諸島)を買うことがどれだけ挑発的か考えるべきだ」「侵略された国(中国)がまだ怒っていても当然」、「(日本が)相手国(中国)ばかり責めたのでは相手だって怒り出すのが道理」、 「日本のメディアが中国のことを悪く言い過ぎており、祖国を悪く言われたらどんな気がするかを考えなければならない」と、日本政府の尖閣諸島国有化や日本人の中国に対する態度を非難した。また、中韓で行われている反日教育については「(侵略を)忘れてしまってる日本の方がどうかしている」、「自国(日本)びいきの歴史解釈は受け入れがたい」と日本の歴史認識を批判し韓国の反日教育について擁護した。これに対してインターネット上では反論や異議が相次いだ。
この件は各韓国紙でも報じられ、これを伝える『朝鮮日報』のコメント欄では岩井を賞賛する韓国人の書き込みが相次いだ[2][3][4]。また、中国人民解放軍総政治部が出版する新聞『解放軍報』の「日本政府は悔い改めないと、自ら苦い結果を味わうことになる」と題する記事の中で、「日本の挑発行為を批判する正義の声」として岩井のこの発言が取り上げられた[5]。

週刊現代 2012年9月15日号 竹山隆範 西田敏行



 火病コリアン作家・伊集院静を大切にしている週刊現代・講談社。
 だからなのだろうけれども、『週刊現代』は、いつも、田中好子とその夫(夏目雅子の実兄、夏目は伊集院静の前妻)の「うるわしき夫婦愛」という虚構を垂れ流し続けている。
 この号では、田中の元マネージャーの本を紹介しているけれども、もちろん、醜悪な実像からは程遠いキレイゴトだれけのつまらない本である。


http://www.cyzowoman.com/2012/05/post_5816.html
 キャンディーズのスーちゃんこと田中好子さんが亡くなって1年が経った。テレビでは『田中好子最後の180日~スーちゃんが愛する人へ残したメッセージ~』(フジテレビ系)というドキュメントが放映された。日本橋三越では献花式が行われ、「田中好子展」も開催されている。交友のあった芸能関係者も一周忌を迎えコメントを出した。
 そんな中、あの問題を再燃させたのが今週の「週女」である。あの問題――。そうスーちゃんの夫・小達一雄氏の愛人・隠し子問題だ。
 1年前、スーちゃんが亡くなり告別式で夫の小達氏は人目も憚らず号泣した。映画監督のマネをしてスーちゃん最後の肉声を公表した。その肉声は本当に心がこもっていて、涙を誘う感動的なものであったが、一方の小達氏はかなり芝居がかって見えた。その直後「週女」がスクープしたのが小達氏の愛人・隠し子疑惑だった。
 スーちゃんが闘病生活を送っていた2010年、小達氏は40歳前後の女性と小学生の女児と共にハワイ旅行へ行った。女性とは“親密”な雰囲気であり、さらに女児は小達氏を「パパ」と呼んでいた。告別式での小達氏の立ち振る舞いに疑問を持っていた多くの人間が、この報道で納得した。「あの旦那、胡散臭いと思っていたが、やっぱりね」と。
 それから1年、「週女」は一周忌というタイミングでその続報を報じたのだ。ナイス!!
 それによると、小達氏はスーちゃんと暮らしたマンションを離れ、別の高級マンションで生活しているらしい。そのマンションには例のハワイ旅行女性と、女児の姿が頻繁に目撃されていた。さらに、「週女」は愛人女性がマンションから買い物をする姿や、マンション前で小達氏と親密そうに会話する姿をキャッチしたのである(写真あり)。2人の関係は未だ続いていた、いや“夫婦同然”と進化していた。しかも、である。このマンションはスーちゃんが入院していた病院とは目と鼻の先だという。「週女」の直撃を受けた小達氏は青ざめた表情で取材を無視、車に乗り猛スピードで逃げ去ったという。
 スーちゃんの死後を境に、誰の目からしても小達氏は胡散臭い存在となった。告別式の立ち振る舞い、愛人疑惑、それは一周忌を迎え膨らむ一方であった。
 前出ドキュメントにも小達氏は出演し、スーちゃんと新婚旅行で訪れたハワイの映像を初公開した。その思い出の地に愛人・隠し子を伴って行った小達氏。実業家といいながら、実際の仕事は実妹・夏目雅子の名前を冠した「夏目雅子ひまわり基金」事務局長であるという小達氏。その関連でカツラ開発や、骨髄移植の啓蒙を行っているというが、結局は妹の遺した遺産で食っているという印象は拭えない。
 さらに、妻のスーちゃんが亡くなると、今度は彼女の遺志を継ぐという名目で「田中好子“いつもいっしょだよ”基金」を設立した。今度は妻でも食っていこうとしているらしい。小達氏の仕事は2人の女性に関係したものがメインのようだ。小達家は資産家だとはいうが、小達氏の行状を見ていると、亡くなった有名女優の妹と妻の2人の名前を利用し、その遺産で商売しているとしか思えない。それは愛人・隠し子がいるという疑惑でターボがかかる。
 美談のウラに存在する“世俗的”真実。こうした二面性に世間は興味を持つ。二人の女優が偉大だったからこそ、脇役の“兄”“夫”のウラの顔は興味深い。そして自身は決して主役になれず、だからこそ脇役として彼女たちを利用せざるを得なかった小達氏の存在もまた哀れであった。

 同じ号の後ろのグラビアページには、暴力団の息子で和田アキ子の犬である粗暴な竹山と、コリアン関係の記事によく出てくる西田敏行が並んでいる写真があった、ので、引用しておく。

竹山隆範については、以前にも以下のように取り上げている。


http://matsuuraatsushi.blogspot.jp/search?q=%E7%AB%B9%E5%B1%B1



資料 片山善博


週刊文春 2010年12月16日号から
片山総務相 バツイチ元秘書と「スピード再婚」
 99年から07年までの二期八年、鳥取県の“改革派知事”として鳴らした片山善博総務相(59)は、知事時代、出張に県庁職員を伴わず、永田町や霞が関界隈でも一人で歩く姿がよく目撃されていた。
「それが二期目からだったでしょうか。秘書がついて行くようになったのは」
 複数の県職員がそう感じるようになったという。その秘書こそ、十一月末に片山総務相が籍を入れたという理絵さん(50)だ。
「つい最近、入籍しました」
片山総務相が言葉少なに発表したのは十二月三日のこと。毎日新聞の「結婚報道」を認めてのことだったが、この一報が驚きをもって伝えられたのは、現役閣僚の結婚の珍しさよりも、そのタイミングにあった。
「愛妻家で知られていた片山さんは、昨年七月、弘子夫人を悪性リンパ腫で喪いました。夫人とともに病と闘った片山さんと子どもたちの話は、夏頃までメディアで取り上げられており、いまだ喪失感から抜け切れていないだろうなと思っていた。その矢先の再婚報道ですから、誰もが驚いたはずです」(政治郎記者)
 岡山大安寺高校の同級生だった弘子さんとの間には、四男、二女と六人の子宝に恵まれており、皆、成人している。
 九月の総務相就任以来、片山氏はAPEC出席、地デジ化推進などで忙殺されていた。元知事の国政での活躍を見守っていた鳥取県庁でも、今回のスピード再婚劇は衝撃的なニュースとして駆け巡った。
 鳥取県政記者の話。
「片山さんが知事時代に番記者をしていた人間にとっては、相手が誰なのかは見当がついた。それは秘書だったから、ということもあるが、それ以外にもある」
 理絵さんは、現在、県立病院で課長級の職に就いており、事務的な仕事をしている。ショートカットで小柄な女性だという。
「理絵さんも再婚で、前のご主人は県職員幹部。離婚したのは五年以上前だと思うが、そのご主人も県職員の女性とすでに再婚している。理絵さんは仕事をテキパキこなすタイプで、部下にも厳しく当たることがあったり、知事の秘書時代には、県議に対して、秘書である自分を通してください、ときっちりモノを言うタイプだったと聞きます。仕事の評価は低くないですが、やりづらいと感じた人もいたはず。前の奥さんもそうでしたが、片山さんは学級委員タイプが好みなのでしょう」(同前)
 知事を引退した後も、女房役として振る舞う姿は目撃されており、「片山さんが鳥取大で講義がある時は、空港に迎えに行っていたようだ」
 そんなことが一部の県職員たちの口にのぼるようになっていた。
 何はともあれ、おめでたい話だが、片山総務相には何度電話しても通じず、鳥取に住む片山氏の娘は、
「そっとしておいてください」
 と話すのみ。知事時代のモットーは情報公開だったはず。もう少しオープンにされてもいいのでは?