ページ

2012年12月24日月曜日

なつかしい人に遭った

 2日前に、なつかしい人に遭った。駐車場を歩いていると、近づいてきた車が停まり、運転席のウィンドーが降りた。
 誰であるか、最初解らなかった。
「子供は?」
 と問うと、答えの代わりに後部座席のウィンドーが降りて、中には、5歳くらいの男の子と、チャイルドシートに守られた2歳くらいの男の子(だと思う)が、元気な声を上げていた。
 良かった、と思った。
 昔知っていたひとが、今を幸せに生きていることを知らされて、嬉しかった。

2012年12月15日土曜日

クロッシーが壊れたと思ったら

 クロッシーのデータカード(?)が突然のように電波を受信しなくなる。
 圏外、の表示が出ていたかと思うと、やがて電源も入らなくなる。つまり、スイッチを入れても画面に何も表示されない。
 やれやれ、明日ドコモの店に行って修理を頼まなければならない、と、うんざりした思いにとらわれる。札幌は去年の4倍の雪の量で、市中の道路はどこも最悪の状態。私が利用している国道36号線沿いのドコモの店まで行くのすら、大変なのである。
 ところが、知り合いがクロッシーを手に取り、これはね、と言いながら裏のカヴァーを外し、電池を外してから、もう一度電池をきっちりと入れた。
 すると、カードは正常に動くようになった。
 つまり、
「電池の接触が悪くて動かなくなることがある」
 ということ。ちょっとした刺激で接触不良になるらしい。

 今後は、動かなくなったら、電池を外して接触不良がないかどうか調べてみよう。
 ともかく、ドコモの店まで行かなくて済んだので、嬉しい。



2012年12月12日水曜日

日産販売店のダラシナサ



 実はひと月ほど前に車を買い換えた。エクストレイルを下取りしてもらって、ティアナを買う。
 今日はひと月経ったあとの定期点検ということで、朝のうちに車を販売店に運び、夕方になって取りに行く。検査それ自体は1時間ぐらいで終わるものらしいのだが、日中は取りに行けないのでこんな時間になった。
 月寒の日産ディーラーの店に入り、担当者に会う。
 担当者は検査は終わっていますと言って、展示棟の裏手にある御客様駐車場に行く。
 担当者がエンジンを動かし、さぁどうぞ乗ってお帰り下さい、という段になる。車に乗り込もうとした私は、思い出して言った。
「今朝渡したキーはどこにあるの?」
 インテリジェントキーは、2つ貰っている。一つには家の鍵とガレージの鍵を括り付けているので、私は何も付けていない方のインテリジェントキーをディーラーのこの担当者に渡していた。
 担当者は、「あれ?」と言って、車の中を探す。
 キーが無い。
 担当者は床やボックスその他を探す。その探し方がのんびりしている。
 ところで、今日の札幌のその時の気温はマイナス2度。
 私は禿頭に帽子もかぶらず。
 というのも、直ぐに車に乗ってゆけると思っていたから。
 2,3分、あるいは4、5分探してもキーは無い。エンジンがかかったのは、私がもう一方のインテリジェントキーを持っているから。しかし、もちろん、朝渡したキーを返却してくれなくては困る。
「ここの場所に車を持ってきた人物がキーのありかを知っているんだから聞けばいいじゃないですか」と私。
「ここに車を運んできたのは私です」と担当者。しかし、キーのありかは知らないという。
 こんなやりとりが、寒い外で、数分間続く。
 あまりのこの担当者のダラシナサにうんざりしてきた。
 担当者は私に、「事務所の方で待っていてください」とのんびりとした、反省もしていない口調で喋る。
 アホか。
 どうして検査を終えた車のキーを事務所に置いておかないのだろう。盗まれる危険性だってあるというのに。
 にっこり笑ってこの車を引き取り、そのまま私は一刻も早く、家人の入院している病院に行きたかった。ところが、寒い外で、このだらしない日産のディーラーがのんびりとキーを見つけ出すのを待っている、待たされている。

 結局、他の社員が懐中電灯を手にやってきて調べ、床に落ちているインテリジェントキーを見つけた。
 私の担当者は、恐らく、安易にキーをシートの上に置いて、しかも自分でエンジンをかけるために坐った時に尻で床に落とし、尻で落としたことにも気づかず、あちこち無駄に探して時間を浪費したうえに、キーを見つけることができなかった。

 こんなダラシナイ日産の担当者のために、不愉快な一日を過ごしてしまった。


2012年12月11日火曜日

資料 上野千鶴子


男子中学生は「熟女にやらせて、と頼めばいい」 上野千鶴子さんが朝日で仰天「人生相談」
2012/12/ 8 17:38 JCAST
   社会学者の上野千鶴子さん(64)が朝日新聞の人生相談で、男子中学生の性処理問題について触れ「熟女にやらせて、と頼めばいい」などと回答し、読者を仰天させている。
   自分も若ければ、男子中学生の「筆おろし」をしたいそうで、「正気なのか?」「淫行をお勧めしてる?」などという意見が「ツイッター」で一気に広まった。
筆下ろし「わたしだってもっと若ければ・・・・・」
   上野さんが回答した人生相談は、朝日新聞の2012年12月8日付け「be」に掲載された「悩みのるつぼ」。質問者は15歳の男子中学生で、性欲が強すぎて受験勉強に身が入らない、というもの。自分で性欲の処理はしているが、カワイイ女の子を見るとムラムラしてしまう。本物の女の子の体に触れたい衝動が抑えきれずに、夜道で女性を襲ってしまわないか心配だ、と悩んでいる。
   上野さんは回答で、男性というものは性欲に振り回される生き物だから同情に堪えない。でもいまは、性欲がピークなはずの男子高校生は、女性と付き合うのは面倒と言っている、とした上で、
「まず覚えていてほしいのは、異性とつきあうのはめんどくさいってこと。友達になるだけでめんどくさいのに、パンツまで脱いでもらう関係になるのはもっとめんどくさいです」
と説明し、この「めんどくさい」ことを避けてセックスする方法がある、と伝授。
「経験豊富な熟女に、土下座してでもよいから、やらせてください、とお願いしてみてください」
   上野さんの友人はこうすることによって、10回に1回はOKをもらったのだそうだ。昔は青年たちの「筆下ろし」をしてくれる、年上の女性たちがいて、青年たちはお世話になっていた。
「わたしだってもっと若ければ・・・・・」
と結んでいる。十分に経験を積んだら、今度は本当に好きな女の子にお願いしましょう、とアドバイスしている。
10回土下座すれば1回はOKがもらえる?
   この回答にネットが騒然となり、「ツイッター」ではこの話題が一気に拡散。ネットでは刺激的で新鮮な内容だから好感が持てる、という感想もあるのだが、
「私も若ければ・・・って、男子中学生がトラウマになるのではないか?」
「そもそも男子中学生に語る内容ではないだろ」
「PTAとか黙っていないんじゃないの?そもそも児童福祉法とか、淫行条例とかに引っかかってしまうだろ」
などといった意見が出ている。
   12年12月8日放送の東京MXテレビ番組「5時に夢中サタデー!」でもこの話題が取り上げられ、お笑い芸人の玉袋筋太郎さん(45)が、熟女に10回お願いすれば1回はOKがもらえることが分かった、とし、番組内で何度も土下座を繰り返していた。

資料 中村勘三郎


http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20120621/Postseven_122557.html
食道がん公表の中村勘三郎 桑田佳祐の執刀医にかかり手術へ
2012年6月21日 16時00分


 6月18日、初期の食道がんであることを公表し、年内いっぱいは治療に専念することを発表した歌舞伎俳優の中村勘三郎(57才)。
「勘三郎さんは6月上旬に入院したそうです。病室は1泊数万円のセレブな個室。一般病棟に比べて、ベッドも広い。おしゃれな絨毯も敷かれていて、癒しの雰囲気があって、治療には最適の場所です」(医療関係者)
 食道がん治療で思い出されるのが、サザンオールスターズ・桑田佳祐(56才)だ。2010年8月に手術を成功させ、その年の紅白歌合戦に出場、いまでは全国各地でライブを行うまでに回復している。
「実は勘三郎さんが入院している病院は、桑田さんが入院していた病院と同じなんです。しかも、担当医まで同じ先生だそうです」(前出・医療関係者)
 この医師はどんな人物なのか。
「40代半ばとまだ若いんですが、手術の経験が豊富な名医ですね。もともと、別の病院にいたんですが、才能を買われて引っ張られたんです。患者さんのことを第一に考えてくれる優しい先生としても評判です」(別の医療関係者)
 桑田の命を救ったゴッドハンドが、今度は勘三郎を救おうとしているのだ。
※女性セブン2012年7月5日号

華原朋美 第3


華原朋美5年半ぶり熱唱に喝采 進化した歌声の裏には「壮絶な活動休止期間」
2012/12/ 6 17:23 JCAST
  芸能活動を休止していた歌手の華原朋美さん(38)が2012125日、音楽番組「FNS歌謡祭」(フジテレビ系)に登場した。実に5年半ぶりの復帰となり、長いブランクを心配する人も多かったが、終わってみれば全く衰えていない歌声に視聴者から賞賛の声が上がった。
   翌日には情報番組で特集が組まれ、復帰の舞台裏が放送された。そこで明かされた活動休止中の華原さんの生活は、「衝撃的」「壮絶」と言えるものだった。
Yahoo!ニュースのコメント欄にも賞賛の声多数
   華原さんはバイオリニスト・宮本笑里さんの演奏で、1996年発売の代表曲「I'm proud」を歌った。ブランクを感じさせない声量に伸びやかな高音で、「ブリッコキャラ」と評されることもあったかつての華原さんとは一味違う大人の女性らしい歌声を堂々と披露した。歌い終わると、客席に向かって涙ながらに「ありがとうございます」と頭を下げた。
   長い休止期間の後、しかも生歌ということで、ツイッターでは華原さんの登場前に「大丈夫かなー」「晒し者みたいになったら嫌だなぁ」など、心配の声が多く上がっていた。しかし歌い終わると、「凄い。歌唱力が全く衰えてない」「ブランクを感じさせない歌声に感動」「歌姫が帰ってきたのだね」など、歌声に圧倒されたというツイートが多く投稿された。
   華原さんの熱唱ぶりを複数のネットメディアがすぐにニュースにし、Yahoo!ニュースなどに掲載された。Yahoo!ニュースのコメント欄は手厳しいコメントが多いことで知られているが、華原さんの記事に対しては「昔の痛々しい声やなくいい声が出てた ホンマによかった」「劣化どころか前より上手くなってる」「歌い終わってからの涙にはこっちもジーンときた…」など、温かいコメントが溢れている。
   華原さんの兄で経営者の下河原忠道さんは、放送前にツイッターで「いよいよだな!たくさんの人がおまえを応援してくれた。信じてくれた。この5年半の思いを、そして感謝の気持ちを詩にぶつけてこい!もう独りじゃないぞ!」、放送後には「みなさん。本当にありがとう。今夜は最高です」と投稿している。下河原さんあてにも、「もう感無量です!!本当に本当に生きててよかった!」「凄く大人になっていて、歌が上手くなったというより人間として凄く大きくなったのが歌に反映されてた感じがしました!」「お兄様、そして朋ちゃんfamilyの皆さん、この日まで支えて下さってありがとうございます」などファンからの熱いコメントが寄せられた。
「ドアノブなくて外に出られない」閉鎖病棟での生活激白
   翌日6日には、フジテレビ系の情報番組「ノンストップ!」と「知りたがり!」で華原さんの復帰舞台裏が放送された。
   華原さんは1995年、小室哲哉さんのプロデュースでデビュー。日本有線大賞や日本レコード大賞など音楽賞を次々と受賞し、一気にトップまで上り詰めた。
   しかし24歳の時、4年間交際した小室さんと破局、精神が不安定になり病院に通い始める。991月に自宅でのガス中毒で病院に搬送され5か月後に復帰したが、その後もドタキャンや、復帰しては休みを繰り返し、ついに20076月、所属事務所のプロダクション尾木から解雇されてしまった。
   09年に精神安定剤の大量服用で緊急搬送、10年にはタクシー乗車中に意識もうろうとなり搬送されるなどの問題から、見かねた家族が10年夏に閉鎖病棟に強制入院させた。番組では華原さんが、「いろんな幻覚が見えてしまって大変」「テレビは見られないし、誰とも会話できない。ドアの内側にノブがないから外にも出られない」「ノートとペンを渡され、なぜ薬物に依存してしまったのかなど宿題を出される。そんなのわからないと反抗すると腕を拘束されてしまう。もう戻りたくない」と当時の生活を赤裸々に語った。
   10年中に退院した華原さんは父の住むフィリピンでボランティア活動などを行った。次第に従来の自分を取り戻す中で「もう一度歌手として復帰したい」という気持ちが芽生え、帰国した。日本では兄が経営する高齢者住宅で月数回手伝いをしながら、たばこもやめてボイストレーニングを積んだ。
   そして12年夏、プロダクション尾木の尾木徹社長に「復帰したい、やり直したい」という直筆の手紙と、カラオケボックスで録音した自身の歌声のCDを送った。尾木社長は「心から反省している」「歌での復帰を熱望している」「家族への思いがある」という理由で華原さんを受け入れた。今後の活動についてはまだ何も決まっていないが、歌中心での活動を考えているという。
   「ノンストップ!」では、MCの設楽統さんが「壮絶ですね…」と驚きを隠せない様子だった。お笑いコンビ「たんぽぽ」の白鳥久美子さんは「朋ちゃん世代」だと言い、復帰を本当に喜んでいた。また「知りたがり!」では出演者が口々に「当時より上手い!」と絶賛していた。

朋ちゃん7年ぶりファンの前で歌います
 5日にフジテレビ系で放送された「FNS歌謡祭2012」で5年半ぶりに芸能活動を再開した歌手華原朋美(38)が、24日に東京・代々木第1体育館で開催される音楽イベント「MUSIC FOR ALL,ALL FOR ONE」に出演することが10日、分かった。華原がファンの前で歌うのは約7年ぶりで「みなさんの前で歌える日が来るなんて夢にも思いませんでした。生涯忘れられないクリスマスになります」と喜んでいる。

 華原の変わらぬ歌声が大きな反響を呼んでいる。華原は自身最大のヒット曲「I’m proud」を宮本笑里のバイオリン演奏で堂々と歌いきった。伸びやかな高音は活動休止前以上で、放送直後からSNSサイトなどには復帰を祝う声や歌唱直後に見せた涙にもらい泣きしたといった声が多数寄せられた。

 同番組は18・3%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)の高視聴率を獲得。華原の出演場面は最高19・9%を記録するなど高い注目を集めた。同シーンはユーチューブでも合計200万回以上再生されている。

 さらに、同曲のCDや同曲を収録したアルバム「LOVE BRACE」が品切れになる店舗が出たほか、大手配信サイトではランキング圏外から一気にベスト10入り。所属事務所にも歌番組やイベント出演のオファーが相次いでいる。華原も急増したファンレターやネット上の温かいコメントに号泣したという。

 同イベントは大手配信サイトが音楽で日本を盛り上げていこうと22日から3日間開催するもので、華原は最終日24日にきゃりーぱみゅぱみゅ、CNBLUEらとともに出演、華原は2曲披露する予定という。

 [2012年12月11日7時10分 日刊スポーツ紙面から]


華原朋美が改心復帰、薬物解雇から5年半
 歌手華原朋美(38)が芸能活動を再開することが23日、分かった。睡眠薬などの薬物依存を克服できず、たび重なる仕事のキャンセルや奇行を理由に所属事務所を解雇されてから5年半。反省と「自分には歌しかない」という強い思いで同事務所と再び契約を結ぶことになった。12月5日放送のフジテレビ系音楽番組「2012 FNS歌謡祭」(午後7時)で歌声を披露する。

 華原はこの日、07年6月に解雇され、再び契約を結ぶことになった、プロダクション尾木を通じて直筆のメッセージを発表した。

 「随分長い間反省し悩みました」

 冒頭から復帰への葛藤をつづった。10年秋ごろから滞在していたフィリピンからは昨年末に帰国し、芸能界復帰に向けて本格的なレッスンを受けていた。その様子は建設会社社長の兄、下河原忠道氏のブログでたびたび伝えられていた。ブログにはファンから復帰を待ち望むコメントが多数寄せられ、華原も心を動かされていたという。

 華原は95年9月に当時の恋人、小室哲哉(53)プロデュースでデビューし、「I BELIEVE」「I’m proud」などヒット曲を連発した。ブレークしきれなかったアイドルが一躍人気歌手になり、一時代を築いた。

 しかし、小室との破局をきっかけに精神状態が不安定になり、99年1月には自宅でガス中毒で倒れ救急搬送された。その後も幼なじみや年上の恋人など新たな交際が発覚するも長続きせず、そのたびに睡眠薬などの薬物に頼り、病院に搬送される騒動を起こした。仕事のドタキャンや連絡が取れない状態に。所属事務所も解雇され、事実上の引退状態になっていた。当時、同事務所の尾木徹社長は「本当に残念。断腸の思いです」と語っていた。

 だが、関係者によると、華原の才能を認める尾木社長は、その後も相談に乗るなど精神的に不安定な華原の支えになっていたという。華原は昨秋に復帰を決意し、今年に入って社長と面会。最近になって、カラオケ店で録音した歌声を聴かせた。歌声を社長と聴いた関係者は「歌ったのは自分のヒット曲。当時のキーのまま歌っているし、ハイトーンボイスは健在。前よりもうまくなっている印象」と話した。

 また関係者は、華原の精神面についても「落ち着きを取り戻している」と証言した。そして、華原がさまざまな体験を通し、人間的に成長したと感じた尾木社長は再び受け入れることを決意。この日は「5年間必死に努力するひたむきな姿に胸を打たれ、もう1度だけチャンスを与えたいと、何度も話し合いを重ね、このたび復帰を決めました」とコメントした。

 復帰につき、「FNS歌謡祭」以降の活動予定は未定だが、同番組ではかつてのヒット曲を披露するとみられる。「今までお世話になったすべての方々に恩返しのつもりで精いっぱい頑張るつもりです。最後のチャンスだとも思っています」。華原は不退転の決意でステージに立つ。

 ◆華原朋美(かはら・ともみ)本名・下河原朋美。1974年(昭49)8月17日、東京都生まれ。94年ごろから遠峯ありさなどの芸名で活動。95年4月、華原朋美に改名して同年9月に小室哲哉プロデュース「keep yourself alive」で歌手デビュー。同年日本レコード大賞新人賞受賞。96年に発売したアルバム「LOVE BRACE」は300万枚を超えるセールス。趣味は乗馬で高校時代に国体4位。160センチ、血液型A。

<華原朋美の歩み>

 ▼94年4月 遠峯ありさの芸名でグラビアなどに登場。

 ▼95年4月 華原朋美に改名。

 ▼同年6月 小室哲哉との熱愛発覚。

 ▼同年9月 小室プロデュース「keep yourself alive」で歌手デビュー。

 ▼98年12月 紅白歌合戦出演後、休養。

 ▼99年1月 親公認の幼なじみの新恋人が発覚。

 ▼同月 自宅でガス中毒で倒れ救急搬送。一時は意識不明で自殺未遂説も流れた。華原は「フライパンを温めるため火をつけようとしたらガスの臭いで具合が悪くなった」と説明。

 ▼同年5月 復帰会見で小室との破局を明かす。事務所も移籍。

 ▼同月 自宅マンションロビーで貧血のため倒れ救急搬送。

 ▼同年6月 復帰会見で年上の新恋人の存在明かす。

 ▼00年1月 年内休養が発覚。5カ月間カナダで静養しながら依存症克服のためカウンセリングを受ける。

 ▼同年8月 日本テレビ系「進ぬ!電波少年」で、7カ月に及ぶ全米ヒッチハイク企画に挑戦。

 ▼01年2月 都内で凱旋(がいせん)ライブ、全米デビュー。

 ▼同年8月 初の全国ツアー。

 ▼02年12月 4年ぶりにNHK紅白歌合戦に出演。

 ▼05年8月 ミュージカル「赤毛のアン」に初主演。

 ▼06年12月 ミュージカル「ガールフレンズ」に主演も、体調不良で途中降板。

 ▼07年5月 伊勢神宮でのイベントで復帰。

 ▼同年6月 所属事務所が解雇発表。

 ▼同年9月 公式ブログ再開も約10日で閉鎖。

 ▼09年1月 JR錦糸町駅からタクシーに乗車も精神安定剤による酩酊(めいてい)状態で救急搬送。

 ▼10年8月 タクシー乗車中に意識がもうろうとなり、救急搬送。

 ▼11年10月 兄のブログで芸能界復帰の意向を発表。

 [2012年11月24日8時3分 日刊スポーツ紙面から]



2012年12月7日金曜日

吉本興業のクズ芸人 藤森慎吾




 河本準一・親族の生活保護受給を全力で擁護していた藤森慎吾の話題。


● 文春「チャラ男の女性醜聞もみ消した」 吉本とフライデーは全面否定
2012/12/ 6 20:47 JCAST
  お笑いコンビ「オリエンタルラジオ」の藤森慎吾さん(29)について、写真誌「フライデー」が吉本興業の依頼を受けて女性スキャンダルをもみ消したなどと週刊文春が報じた。フライデー編集部や吉本は、この疑惑を全面否定している。
   「チャラ男」としていつもは陽気な藤森慎吾さんが、20121121日のイベントで34キロもやせたと告白して話題になった。それは、TBSの田中みな実アナ(26)とのツーショット写真をフライデーされ、騒がれたからと説明していた。
「醜聞を報じない代わりにバーター交わした」
   ところが、週刊文春の126日発売号は、慎吾さんが、別の深刻な女性スキャンダルの発覚におびえていたからではないか、と指摘した。
   その特集記事によると、慎吾さんは、タレントの佐々木希似という20代のモデル女性と6月に、大阪のクラブで知り合い、1週間後に66の合コンにまで発展した。そして、この女性の証言によると、酔った慎吾さんが女性を誘い、ホテルの部屋で避妊せずに性行為をした。女性はその気はなかったものの、抵抗するのも疲れたのでと応じたという。
   みな実アナとの交際は5月に報じられており、事実なら、浮気していたことになる。
   その後に妊娠が発覚し、女性側は10月初旬、慎吾さん側と2度交渉した。その結果、慎吾さん側は、中絶手術費と慰謝料で計350万円を女性に支払った。2度目の交渉では、女性は、証拠を残そうとフライデー編集部に取材を依頼し、編集部も張り込み撮影やICレコーダー録音を行った。しかし、文春の記事では、芸能関係者2人の証言として、慎吾さん直撃取材を知った吉本興業が、もみ消し工作に走り、フライデーも、みな実アナとのツーショットを撮らせるというバーターに応じて、女性スキャンダルを報じなかったとしている。フライデーがツーショットを報じたのは、112日だった。
   もみ消しやバーターがメディア側から報じられるのは、極めて異例だ。もし事実なら、文春が言うようにメディアの信頼が揺らぐ事態だが、どこまで本当なのか。
フライデーは、醜聞の裏が取れなかったと説明
   講談社のフライデー編集部では、取材に対し、吉本とバーターがあったとの文春報道について、「まったく事実無根です」と強く否定した。
「島田紳助さんの週刊現代記事を巡って、吉本さんと裁判で係争中ですから、バーターなどはあるわけがありませんよ。文春に対しては、抗議するか記事中で反論するかしたいと考えています」
   モデル女性に取材したことは認めたうえで、掲載しなかった理由をこう説明する。
「藤森慎吾さんが本当に妊娠させたのかどうか、裏が取れなかったからです。まかり間違えば、恐喝など犯罪の片棒を担ぐことになりかねないと考えました。載せる載せないの判断をするのは、こちらの自由です」
   TBS田中みな実アナとのツーショットについては、「吉本さんとは関係なく、独力で動いてキャッチしたものです」と言っている。
   一方、よしもとクリエイティブ・エージェンシーでは、もみ消し工作について、「まったくありえないことです。週刊文春編集部には厳重に抗議します」と全否定した。一方、藤森慎吾さんの女性スキャンダルについては、「記事の内容は大部分が虚偽で構成されており、このような報道がなされていることは極めて遺憾であります」とした。しかし、女性と関係があったのかについては、明言しなかった。
   ある関係者は、慎吾さんが女性と関係したのは事実だと明かす。
「女性が誘ってきたので、慎吾さんが1回だけホテルに連れ込んだと聞いています。女性の言う妊娠期間が、関係した時期と微妙にズレがありました。ただ、認識が違った可能性がありますので、女性に350万円を支払ったということでした」
   フライデーがみな実アナとのツーショットをその後に報じたことについては、「慎吾さんが交際中のみな実アナのことを考え、必死にこの女性との関係を消そうとしていることにフライデーが気づき、みな実アナの自宅マンション前で3日間も張り込んでつかんだと聞いています」。
   なお、週刊文春編集部では、もみ消しやバーターが本当にあったかなどについて、「記事に書いたことがすべてです」と取材にコメントしている。



http://www.j-cast.com/2012/12/09157384.html?p=1
サンジャポ、「チャラ男」疑惑報道を完全スルー ネット上「太田、見損なった」とブーイング
2012/12/ 9 17:18 JCAST
   「女性スキャンダルをもみ消した」と週刊誌で報じられた(所属事務所は全面否認)オリエンタルラジオの藤森慎吾さん(29)。その藤森さんとの交際をテレビ番組内で認めたTBSアナ・田中みな実さん(26)が2012129日、同局の「サンデー・ジャポン」(サンジャポ)に出演した。
   恋人のスキャンダルに関する田中アナのコメント目当てにチャンネルを合わせた視聴者も多かったようだが、爆笑問題ら共演者すべてがこの問題を完全スルー。ネット上では「(爆笑問題の)太田もチキン野郎だったのか」といった失望のブーイングが相次いでいる。
番組始まる前からネットで発言に注目
   藤森さんの女性スキャンダルを報道したのは週刊文春の126日発売号。記事の内容を簡単に振り返ると、藤森さんは126月、20代のモデル女性と知り合いホテルで性行為をし、女性はその後妊娠する。これをめぐって女性は藤森さんと金銭交渉を重ね、藤森さんは10月に中絶費と慰謝料として計350万円を支払った。
   女性はその際、交渉の証拠を残そうと写真誌「フライデー」に取材を依頼し、フライデー側は写真撮影や録音も行った。フライデーは藤森さんに直撃取材を試み、それを知った所属事務所の吉本興業は醜聞をもみ消すためのバーターとして、藤森さんとの恋仲が噂されていた田中アナとの2ショット写真をフライデー側に撮らせたという。
   この記事が掲載された週刊文春発売から2日後の128日、藤森さんは著書「藤森慎吾 東京のチャラうぃ↑店」の発売を記念して「サイン本お渡し会&握手会」を渋谷区内で開いたが、握手希望の列は予定時間(45分間)の15分前に途切れて終了。スポーツ紙記者らが詰め掛けたものの、取材対応は一切なかった。
   文春報道は果たして本当なのか? 文春記事によれば、藤森さんと交際中の田中アナは、中絶醜聞もみ消しの「見返り」として、フライデーの2ショット写真を撮られた被害者でもある。藤森さんが記事に対して沈黙している以上、田中アナがコーナーを持ってレギュラー出演する「サンジャポ」での発言に注目が集まるのは当然の流れだった。
「サンジャポで出演者がどう発言するか気になるぜ」
「おそらく完全スルーだろう」
「サンジャポも本当にヤバイ身内のスキャンダルには触れようとしないからなぁ」
   ネット上には番組開始の午前10時の1時間ほど前からこうした書き込みが増え始め、中でも爆笑問題の太田光さんの空気を読まない発言への期待から、「太田が藤森のこと、(田中アナに)突っ込むか見もの」といったコメントが多かった。

田中みな実アナも出演者も、「醜聞」一切触れず
   ところが…、番組前半の1週間の出来事を振り返るコーナーでは、体操の五輪メダリストの池谷幸雄さん(42)が女性作家の西麻布よしこさん(40)を妊娠させたという「女性自身」誌の報道は取り上げたのに、週刊文春の藤森さんの中絶もみ消し疑惑報道はまったく扱わない。
   さらに午前11時前後からの田中アナが登場するグルメコーナーでも、藤森さんの話題はゼロ。毒舌で鳴らす太田光さんやテリー伊藤さんはじめ、出演者から田中アナへの突っ込みは一言もなかった。画面上からはこころなしか、スタジオ内に漂う緊張感のようなものも伺えた。先週までは、2人の関係を番組内でネタにすることは「定番」だった。
   ネットの掲示板などには番組終了後、次のような内容のコメントが寄せられた。
「片方の当事者がいながら完全スルーなんて…」
「吉本の力には誰も逆らえない」
「太田もチキン野郎だな。結局自分より弱い者ばかりイジル人だったんですねw
「サンジャポは、こういう時こそ本領発揮して独占インタビューだろうが! もう存在価値も無くなったわ」
「池谷の妊娠には触れて藤森の堕胎に触れないとかwwwズルイよなぁwww
   日刊スポーツの電子版も早速、「みな実アナ、藤森に触れず 突っ込みもなし」と報じていた。
   なお、フライデー編集部とよしもとクリエイティブ・エージェンシーは、J-CASTニュース記事「文春『チャラ男の女性醜聞もみ消した』 吉本とフライデーは全面否定」(126日配信)で、疑惑を全面的に否定している。




http://zarutoro.livedoor.biz/archives/51759995.html
2012052801:00
オリラジ「河本は詐欺ではない」紀藤弁護士「詐欺にもあたりうる」
芸人の河本準一さんが数千万円の収入(推定)を得、数百万円の腕時計を購入したり飲み歩いたりする一方で、母親に生活保護を続けさせていた問題で、河本さんと同じ吉本に所属するオリエンタルラジオの藤森さんが「謝罪はしたけど詐欺ではない」とTwitterで発言。
一方、悪徳商法の問題などで著名な紀藤弁護士は「詐欺にもあたりうる」という見解。

 藤森慎吾@chara317megane
芸人全般に対する侮辱ですかー?謝罪はしたけど詐欺ではないでしょ。自分の発言に責任を持った方がうぃーねー!RT @mikuru21 立派な詐欺なのによくこういうこと言えるね芸人って・・ RT @chara317megane @Junkoumon 笑わせてくれればいいです。
2012527日 返信リツイートお気に入りに登録

 紀藤正樹 @Masaki_Kito@masaki_kito
但し事件は単なるモラルの問題ではなく詐欺にもあたりうる問題。だから会見では過失までは認めるが認識は否定するほかない>@keroyon298 河本君の問題は、モラルの問題。生活保護の問題と、同列に扱うべき問題ではない! #河本準一
2012527日 返信リツイートお気に入りに登録

少なくとも生活保護を受給する本人が、資産や収入を偽れば詐欺罪。
子が親を扶養するのも義務。
生活保護を受給する目的で離婚したり世帯を分けるのはグレーなのかな。


2012年12月6日木曜日

華原朋美 第2


 夕方の地元ローカル番組を録画していることが多い。偶然、昨日のフジテレビの「歌謡祭」の模様を伝えていた。
 出演している歌手にも歌にも殆ど興味が持てないのは、つまり、私が54歳で、人生を半分降りているから、というのが大きな原因なのだろう。54歳になって聴けるような歌は、少なくともこのつまらない歌番組の中には無い。子供ソング、ガキソングのオンパレード。ヤクザが仕切る芸能事務所で、歌のへたくそな阿呆たちが「ゴリ押し」で利権維持に努めている姿、だらけ。
 酒井法子(覚醒剤)関連の木梨憲武なんかも出ていた。この「歌謡祭」を見ていると、日本の低レベルの「ソングワールド」の醜悪さに吐き気がしてくる。そうした「悪態を付きたくなるようなバカ番組」と思ってしまうのは、繰り返すけれども、私が初老だからということが大きな原因なのだろう。
 華原朋美のこのI'm Proudという歌もつまらない。宮本笑里も、こんなつまらない歌の伴奏に駆り出されているけれども、もちろんその見返りはきっとどこかに用意されているのだろう。
 とはいえ、小室哲哉が出ているこの「歌謡祭」(w)に華原朋美も出て、昔の恋人の顔を・姿を久しぶりに眺めたのであろう。
 華原朋美は何を思ったのだろうか。

 不思議なものである。
 カリウム剤を静脈投与すれば、人間はあっというまに死ぬ。青酸カリなら即死する。窒息なら3分で、交通事故や溺死、縊死、凍死……人間は簡単に死んでしまう。ところがその人間が、特定の人間がそばにいてくさえしたなら(生きて)、別の特定の人はこの人生をやっていくことができる、生きてゆくことができる。
 ジャンヌがアパルトマンの5階から身を翻したのは・死んだのは、彼女の特定のヒト(モディリアーニ)が死んでしまったからである。
 ちあきなおみがもう二度と世間に出て来ないのは、彼女の愛する夫が死んでしまったからである。

 華原朋美も、そして中森明菜も、死にこそはしなかったが、絶望の結果、クスリ、酒、他の男(セックス?)に「身を翻した」。クスリや酒やセックスで人は死なない(滅多に)が、しかしそれもある種の「自殺」であることに変わりない。
 ジャンヌは死に、ちあきなおみは消え、中森明菜の姿も見ない。
 それでも、こうして華原朋美は生き延びて、小室哲哉と同じ番組にまで出ることができるようになった。



小室哲哉といえば、ケイコのその後の様態はどうなっているのだろう?



作成途中

http://kazemachitusin.seesaa.net/article/303810404.html
2012年11月25日
華原朋美は父親とフィリピンにいた!
華原朋美(かはらともみ)さんの父親は
フィリピンで不動産会社を経営しているそうです。


今回、FNS歌謡祭で華原朋美さんの仕事復帰と
小室哲哉(こむろてつや)さんとの共演が
決まったのですが、
仕事に復帰する前、華原朋美さんは
何をしていたのかというと、
尊敬する父がフィリピンで不動産会社を経営していることもあり、
マニラやカンボジアの施設で介護の仕事をしていたということです。


最近ひきこもりの男の子の元に通い、世話をしています。
その子はこれまで誰とも話さなかったんですが、
私とは仲良くなれたんですよ!
通じ合うものがあるみたいなんです。
と華原朋美さんもコメントしています。


浦安市鉄鋼通りの浦安鐵鋼団地には、
年商30億円の(株)京江シャーリングがあり、
JFEスチール(株)から購入したコイル状の原材料をさらに加工して、
冷延鋼板、電気メッキ鋼板、溶融メッキ鋼板にして販売している会社だそうです。
この会社の会長の下河原金道(しもがわらかねみち)がともちゃんの父親だそうです。


華原朋美の本名は、下河原朋美(しもがわらともみ)で、
現社長の下河原英道は兄(長男)にあたります。
次男の下河原忠道(しもがわらただみち)も父の会社の営業をしていたが、
単身渡米して2年制大学オレンジコーストカレッジ(OCC)で
米国式スチールフレーミング工法の技術を学び、
帰国後スチールパネル工法の開発販売の、
(株)シルバーウッド代表取締役社長となっています。


すごい家族だったんですね。
前事務所と再契約できたともちゃんの
今後の活躍に期待したいですね。





http://netallica.yahoo.co.jp/news/20121206-00000003-modelp
華原朋美、涙の復活 ファンの反応は? 5年半ぶりの「I'm proud
2012/12/6 6:13

アーティスト活動を休止していた華原朋美(38)が5日、フジテレビ系TV番組「2012 FNS歌謡祭」に出演し、2007年以来約5年半ぶりに復活を果たした。

同番組では、小室哲哉プロデュース楽曲として1996年にリリースし、華原朋美最大のヒットとなった3rdシングル「I'm proud」をバイオリニストの宮本笑里とのコラボで披露。華原のふっきれたような華やかな笑顔が印象的なステージとなった。

◆「I'm proud」のハイトーンは健在

Lonely くじけそうな…”のイントロからその圧倒的な存在感と歌唱力を発揮。後半大サビの高音パート“声にならなくても想いが時には伝わらなくても…”をハイトーンで歌い切り、健在ぶりを見せつけた。

◆歌姫の復活

この日の衣装は、胸元にビジューをあしらったホワイトのマキシドレスにビジューネイル、アクセはシンプルに左手だけにパールブレス。ヘアは表情を見えやすくするためにおでこを出したサイドまとめ。メイクはトレンドのブラウンの薄太眉とチークで明るい表情を作った。

全体的に控えめなスタイリングで清楚なビジュアルイメージであったが、逆に「I'm proud」という楽曲が持つ迫力と説得力を増幅させ、まさに歌姫の復活にふさわしいスタイリングと感動的な絵作りに成功していた。

◆ラストでは涙も

楽曲を歌い終えると「ありがとうございます」と一礼し、溢れる涙をぬぐった。歌唱中は笑顔であったが、長い時間をかけて苦労した末の復帰に様々な想いがよぎったのか、ラストは感極まり涙を見せた。

◆ネット上でも感動の涙の投稿が殺到

大手SNSでは、同番組の放送や録画で見たという視聴者たちから感動の声が多数投稿された。

「朋ちゃん、お帰りなさい!」「録画したの何度見ても泣けてきて」「素敵でした…よかった。本当に良かったです」「私の青春の朋ちゃん…復帰出来てまた歌う姿見れて心からおめでとう!」「長い間色んな思いがあったんだろうなぁって。ずっと頑張った結果が出て、自信に満ちあふれてましたよね」「朋ちゃんの歌う姿に涙しました!」「この瞬間を待ってました」「頑張れ~頑張れ~と言いながら聴いていました」「最後泣くところでわたしも貰い泣きしました」「ともちゃんが私の青春そのものだった」「歌聞きながら涙でちゃいました」「歌い終わってから、泣いてしまった所で、もらい泣きしました」

■華原朋美プロフィール

生年月日:1974817
出身:東京都江東区生まれ、千葉県浦安市育ち
身長:156cm

小室哲哉プロデュースで199598日にシングル「keep yourself alive」でデビュー。デビューから小室と恋愛関係にあることを公にするプロモーション戦略を取った。華原朋美は芸名で、小室哲哉のイニシャルのT.Kから命名されたと言われている。

96年にリリースした2ndI BELIEVE」、3rdシングルの「I'm proud」が連続ミリオンセールスとなり、「I'm proud」は華原の最大のヒット曲となった。同年6月に発売したファーストアルバム「LOVE BRACE」は最終出荷ベースで300万枚を超えた。ファーストアルバムの歴代最高初動売上記録も更新し、一世を風靡した。

I'm proud」について小室は「1st2ndは(華原も)手探りでやっていたが、とてつもない速さで自分をどう表現するかという力を身に着け、難しい楽曲を歌うことができるようになった」とコメントしている。

9812月に小室との破局が報道される。同年10月に発売したシングル「daily news」が小室プロデュース最後の楽曲となった。

20076月以降は芸能活動を長期休業。本年1123日に旧所属事務所のプロダクション尾木との正式契約で芸能活動を再開することが発表された。(モデルプレス)







2012年12月2日日曜日

華原朋美



週刊新潮 2012年12月6日号

「華原朋美」突然の復帰で「安室」と「小室」の不快感
 のりピーの復帰会見の前日、このお騒がせ歌手も唐突に復帰を発表した。華原朋美(38)。だが、身を滅ぼした奇行と薬物依存が治るのか、と疑う声が専らで、かつての恋人とライバルも不快感を示していた。
 芸能ジャーナリストの石山裕氏は、いみじくも、「ボクサーが一度ダウンしフラフラになりながらもファイティングポーズをとって再開きれた試合のよう」と喩えるが、華原朋美が5年半前、所属するプロダクタョン尾木をクビになった経緯、すなわち極度の薬物依存と奇行の数々を思えば、言い得て妙である。彼女の知人のひとりが言う。
「タバコは一晩で3箱も4箱も吸うし、睡眠薬や精神安定剤を常備して、ビールと一緒にジャプジャプ飲む。ラリちゃうし、警察の厄介にもなりますよ。それに深夜にバンバン電話してきて、朝起きたら着信が30件近くあって、呂律が回らない声で留守電が何件も入っていた、なんてことが何度もあったんです」
そんな彼女が復帰できたのは、芸能関係者によれば、「尾木プロの幹部は“あいつは甘やかすと酒か男で必ず失敗する。一度痛い目に遭ったほうがいい”と言っていたから、いずれ復帰すると思っていました。華原に薬を教えたと思われる男性と別れて時間が経ち、復帰させてもよいと判断されたようです」
 で、この5年半は、
「お兄さんが経営する鎌ヶ谷の高齢者専用賃貸住宅を何度か訪れて歌を歌ったり、介護活動をしたり、ボランティアをすると、父親がいるフィリピンに行ったりしました。ただ、フィリピンで何をしていたのか具体的な話は伝わらず、実態があったのかどうか。介護の仕事をすると言って執行猶予を得たのりピーを見で、介護は社会の理解を得やすいと思ったようです」(同)
再発リスクが高い
 だが、あれほどの薬物依存を断ち切れるのか。
「薬物依存は最低1年、薬から離れ、薬を抜いた後はグループ治療などに週1、2回行く必要があり、目立つのを怖れてグループ治療を拒む芸能人は、再発リスクか高い。睡眠薬など手に入りやすい薬物なのも再発に繋がりやすいです」(精神科医の和田秀樹氏)
 ともあれブ12月5日のFNS歌謡祭で復帰する華原だが、それを不快に感じているのが、かつてのライバル安室奈美恵だそうで、
「安室は、今年がデビュー20周年で、近年は決して歌わなかった小室哲哉の曲を少しずつ歌ったりもしています。その尻馬に乗るように、かつて小室がプロデュースした華原が活動するというので、不快に思っているのは間違いない」
 と、芸能記者。一方、
「小室もプライベートで嫌な思い出がある華原復帰を不快に思っていると言われます。が、再起を狙ってエイベックスに移籍した彼は今、作った楽曲が全然売れない。華原が復帰すれば自分の宣伝にもなり、内心は歓迎しているはず」(同)
だが、奇行と薬物依存の過去を考えれば、
「華原にはスポンサーがつかず、ドラマもCMも番組レギュラーも無理」
 と芸能デスク。どうせ活躍できないのなら、復帰を不快に思う必要もない、か。



● 週刊文春 2012年12月6日号
5年ぶり復帰で小室と競演
華原朋美「クスリ断ち」「男断ち」の誓い
 〈私には歌うことしか出来せん。(略)最後のチャンスだとも思っています〉
 そう思いを直筆FAXに綴ったのは、五年ぶりに復帰を果たすことになった歌手の華原朋美(38)だ。
「長らく精神的に不安定だった朋ちゃんですが、家族の支えもあって、体調が回復。昨年は父のいるフィリピンでボランティア活動をしたり、教会の説教などを聞いて過ごすうちに仕事が出来るまでに回復したそうです」(女性誌記者)
 九〇年代後半に恋人でプロデューサーでもあった小室哲哉(54)と破局してからは、波乱の人生を歩んできた朋ちゃん。自宅でガス中毒になったり、仕事をドタキャンしたり、睡眠薬などの薬物に依存し、病院に運ばれる騒ぎを起こしたり……。○七年にはついに所属事務所を解雇になり、事実上、引退している状態だった。
「解雇以降も華原は復帰を熱望していて、何度も事務所に『復帰させてくれ』と掛け合っていたそうです。でも“前科”があるだけに事務所がなかなかうんとは言わなかった」(スポーツ紙記者)
 そんな彼女を支えたのが、家族だった。
「華原は薬物の乱用が原因でひどい睡眠障害でしたが、薬に頼らないよう、兄や母親が眠れない彼女に付き合い、時には朝までカラオケボックスで過ごす時もあったとか」(芸能記者)
 復帰の決め手になったのは、彼女が書いた“ラブレター”だった。
「華原は治療中もフィリピンに滞在している時も、自分の近況や復帰への思いを書いた手紙を事務所の社長に送り続けたんです。その熱意に押し切られる形で、“クスリ”と“男”を断つことを条件に復帰の話が決まったのです」(芸能プロ関係者)
 クスリはわかるが、なぜ“男”もNGなのか。
「華原草原がダメになる時はいつも男が原因だったからですよ。相手にのめり込むあまり、自分も周りも見えなくなってしまう。小室の次に交際したX氏からは骨が折れるほどのひどい暴力を受けていたのに、彼のマンションに入り浸り、半同棲状態でした」(同前)
 後に元モーニング娘。の加護亜依の夫となる飲食店運営会社役員のX氏。華原はスポーツ紙のインタビューで「X氏のDVから逃れるために睡眠薬や精神安定剤に走った」と述べている。
「彼と喧嘩するたびに仕事を休んでいた。さすがに今は、本人も男でダメになることを自覚していて『恋愛は当分したくない。仕事に集中する』と、事務所と約束したそうです」(同前)
“独り身宣言”をした朋ちゃんの復帰第一弾は、十二月五日の「FNS歌謡祭」(フジ系)になる。
「華原の所属事務所は高橋みなみや小嶋陽菜などAKB48のメンパーが多く所属している。華原はそのバーターとして出演できたそうです」(別の芸能記者)
 奇しくも小室もこの番組に出演するため、元彼との競演を果たすことになる。朋ちゃんは、破局後も、KEIKO(40)と結婚した小室への未練を匂わせたり、○八年に小室が逮捕された時には、心配で眠れなくなったというが……。
「流石にもう吹っ切れてる様子です。事務所が事前に競演の話を確認したら『まだ話題になるんですか?』なんて、あっけらかんとしていたそうですよ」(前出・芸能プロ関係者)
 元彼の前で華原はどんな歌声を響かせるのだろうか。



▲:華原朋美の歌は……歌には、全く興味がないのである。小室哲也は自分の恋人をスターにしたと言われている。けれども、残念ながら、当時小室が華原に作ってやった歌で、今も価値ある・聴くに値するようなものは皆無、だと思う。


PS 代表作の一つ、I'm proud のYoutubeを以下に貼るけれども、全くつまらない歌だと思う。


(PS Youtubeのビデオクリップは、その後、著作権侵害とかで削除されていた。2014・5記)



 華原朋美に興味を持ったのは、小室と別れた時の彼女の姿を見たからである。

 特に、白い馬にまたがって・乗馬服と帽子で芸能記者の前に登場してインタビューに応えた華原の姿は忘れられない。もう、心も身体もボロボロ、といった状態だった。こんな状態でも容赦なく追ってくる芸能記者に応対しなければならないとは……。といっても、その芸能記者がいるおかげで、ああした華原の姿を見ることができたのだけれども。

 中森明菜が近藤真彦と別れた(別れさせられた?)ときの「記者会見」でも、ボロボロの姿を見せていた。

 ちあきなおみは亭主が死んだとき、「私も一緒に御棺に入れて!」と泣き叫んだという。その後、彼女は芸能界から姿を消し、亡夫の毎月の月命日に墓参りに出かけるだけの生活を送っているという。ひょっとしたら、ちあきなおみは後生を信じていて、死んだのちにはまた再び夫と逢えると思っているのかもしれない。

 ちあきなおみよりも「凄い」のは、モディリアーニの妻・ジャンヌだろう。

 ジャンヌは、結核でモディリアーニが死ぬと(実際は結核プラス放蕩)、二人目の子供がお腹の中にいるにもかかわらず(妊娠数カ月だった)、何のためらいもなくアパルトマンの5階(6階?)から投身自殺をしてしまった。モディリアーニ無しで生きてゆくことなど不可能だったのだろう。


作成途中

2012年12月1日土曜日

町山智浩 『教科書に載っていないUSA語録』

 町山智浩は、『週刊現代』に連載を持っていた時から面白い文章を書く人だと思っていた。
 以前のブログ記事でも紹介したけれども、スピリチュアルイノシシ・江原啓之(コリアン系なのかもしれない)を批判した件で(?)、講談社関係から追放された(?)のが町山智浩である。

 『週刊現代』の連載の最後で書いていたように、町山の父親はコリアンである。母親は日本人のようだけれども、コリアン系日本人の可能性もある。
 ともかく、町山智浩の父親はコリアン。
 そこを「押さえて」彼の文章を読むと、いろいろなことが理解できる。
 もっとも、町山はコリアン系日本人のコリアン自賛や拉致事件正当化には批判的であり、崔洋一のようなコリアンメンタルの屑とは全く異なる。
 町山智浩の文章は読むに値するけれども……かなり緩いオチや、緩いギャグにはときどき閉口させられる。アメリカ暮らしが長くなり、日本語の「キレ」が殆どなくなっているのだろう、前立腺の問題ではない。

 さて、この本。
 町山がコリアン系日本人であることを押さえて読むと、メキシコ・カンクンのナイトバーでKPOPがはやっていた、という文章や、ウディ・アレンがミア・ファローの養女だったコリアン系女性と性的関係を続けていたとかいう文章を、別の角度から読むことができる。また、ニコラス・ケイジの話題が出たときに、日系と偽って彼と結婚したコリアン系女性の話を町山がしないのも理由があることなのか、などと勘繰ってしまうのも自由である。


作成途中
 

資料 松山千春


 松山暴力団千春と共に衆院選挙に打って出ると表明した元NHK職員・鈴木貴子。

 松山暴力団千春が後ろにいれば、選挙区内の暴力団やフロント企業社員らもこぞって応援してくれることだろう。
 松山千春の父親は、足寄で旧社会党系の機関紙を発行していたと記憶する。ウィキにはこうある。

● ウィキより引用

父・明は、1954年に足寄町でたった一人で旬刊紙『とかち新聞』を創刊し主筆を務めた人物(なお同紙は1984年に休刊した)。しかし経営(=家計)は苦しく、特に1965年には当時の足寄町長の不正を紙面で取り上げたことで裁判沙汰となり、町長からの圧力で購読者数が大きく減少し、松山も納豆売りをして生活費を稼がねばならないところまで追い込まれた(なおこの裁判は1969年にとかち新聞側の勝訴で終わっている)[3]。松山は足寄高校では卒業時に首席となるなど成績は優秀で、担任からは大学進学を勧められていたが、このような苦しい家計を踏まえ「早く働いて父を助けたい」との考えから大学進学を断念している[4]。

 この『とかち新聞』が、どのような政治的偏向を持ったものなのかは、ウィキにも記されていない。

 旧社会党寄りの新聞だったとしたら、どのような論調のものだったかは容易に想像できる、たとえば旧社会党がやっていた北朝鮮礼賛とか、在日コリアンの権利云々とかいったものが紙面を埋めていたのだろう。
 しかし、新聞を発行していた父親が、今の息子の「暴力団擁護」の行動をもし目にしたなら、どう思うだろうか?
 とりあえず、「娘の涙」ではなく、「暴力団関係の醜聞露見」を嫌って松山暴力団千春は選挙に出ることを見送ったのだろうが、こんな男に「応援」してもらっている鈴木宗男の娘は、恥ずかしくはないのだろうか。
 政党名を
「暴力団の大地」
 に変更すれば有権者にも理解しやすいだろうに。

 上写真はここからの引用。
http://9321.teacup.com/sinpo/bbs
 そういえば、和田アキ子(金福子?)も松山暴力団千春をいつも持ちあげているようである。



http://gendai.net/articles/view/geino/137778

松山千春 政治も芸能もアウト!?
【芸能】     
2012年7月26日 掲載
衆院選出馬で蒸し返される黒い交際
 政治家どころか、芸能界でも居場所を失いかねない。次期衆院選で、北海道9区からの出馬が取り沙汰されている松山千春(56)。本人もラジオ番組で「いつまでも評論家ではいられない」と話している。意気込みは十分だが、周囲はヒヤヒヤだ。
 同区は鳩山元首相の地元で、スピードスケートの堀井学道議(40)も自民党から出馬を決めた。そこに千春も参戦となれば、全国でも一、二を争う激戦区となりそうだ。マスコミも注目する。テレビや新聞が連日のように取り上げる公算は大きい。そこで問題になってきそうなのが、千春の交友関係。暴力団との関わりである。
「千春は、これまでに何度か暴力団との関係を報じられています。2007年に会津小鉄会が京都の事務所で開いた会合に出席し歌を披露、10年にも稲川会3代目会長の葬儀(05年)に参列したとの報道があった。正式に出馬すれば、こうした過去の問題が蒸し返されるのは間違いない。もしかしたら、新事実まで飛び出すかもしれない。候補者を知る上で必要な情報となれば、この手のネガティブキャンペーンは止まらなくなる。地元では、真偽が定かではない怪文書も大量にまかれるでしょう。そのデメリットは計り知れません」(関係者)
 これまでも千春は、暴力団との関係を認めている。ただ、芸能人であればやり過ごせることも、“公人”となればできなくなる。連日のようにマイクを向けられるだろうし、真摯に受け答えせざるを得ない。それでも当選すればいいが、落ちれば目も当てられない。黒い交際のイメージだけが残り、芸能活動もピンチになる。
 新党大地・真民主の鈴木宗男代表はテレビ番組で、「元首相と戦うのは松山氏にとっても望むところだろう」と話していたが、その代償は大きそうだ。